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「君が、宝くじで百万円当選した男だね」


とリーダーに送信して、家を出た。今日は雨の予報だったが、天気がいい。青空も顔をのぞかせている。

 家から徒歩10分のところに、小高い丘がある。丘の上まで長い階段が続いていて、階段を登ると広い公園がある。僕はいつも通り呼吸を止めて階段を登った。途中で一度休憩を挟み最後まで登り切ると、噴水の側で待っているナオさんの姿が見えた。僕が手を振ると、ナオさんも手を振りかえしてくれた。


「ナオさんすみません、お待たせしました。」


 息を切らしながら上辺の謝罪を軽く入れると、ナオさんはいいよ、とひらひらと手を振った。


「テル、ついさっき思いついたんだが、ちょっとしたゲームをしないか。この噴水、なぜか不定期で水が噴き出すんだ。」


ナオさんは公園の真ん中にある、ため池がない平らな噴水を指差して言った。


「交代で吹き出し口の上を歩いて、先に濡れた方が負け!」


僕は唖然として、噴水とナオさんを交互に見た。しかし僕に拒否権はなく、ゲームは早速始まった。先行はナオさんで、噴射口の上をゆっくり歩いて一周して僕の方へ戻ってきた。


「おお、緊張した!股のあたりがヒュッてなるよ!」


 ナオさんは無邪気に笑う。

 仕方なく僕も噴水の上を歩き始めた。しかし、いざ歩き始めるとスリルがあるものである。ジェットコースターに乗っているような感覚を覚えながら、なんとか噴射口を一周し、ナオさんの1メートル手前までたどり着いた瞬間だった。噴水が勢いよく吹き出して、視界を奪った。足元から一気に全身が重くなっていくのが分かる。僕は思わず息を止めた。水のカーテンの向こう側で、ナヲさんがカラカラと笑っているのが分かった。

 間もなく噴水は水の噴射をやめた。まるで僕だけを狙ったような短い時間だった。

 しばらく僕は何も言えず、呆然と立ち尽くしていた。腕を脱力させて、服が体に引っ付かないように浮かせた。

 ナオさんはずっと笑っていた。今日のナオさんは髪をポニーテールにして後ろでまとめていて、笑うたびに金色のイヤリングが太陽に反射してチラチラ光った。白いワンピースはだだっ広い公園に映えていて、僕は少し見惚れた。僕は、ナオさんのことが好きなんだと確信せざるを得なかった。

 百万円を当てた男が誰なのか、ナオさんに言うつもりだった。リーダーが百万円を当てたとみてほぼ間違いない。だから彼から、お酒を頂いてください。公園に来る前はそう言うつもりだった。しかし今、どうしても先に、確かめたいことがあった。まだどこかに希望があると思っていたのかもしれない。


「ナオさんとリーダーは恋人同士だったと聞きました。本当ですか。」


 ナオさんの笑い声がピタリとやんだ。全身から滴る水滴の音が地面を伝って足から聞こえた。


「そうだけど、それが何?」


 ナオさんから笑顔は消えていた。下腹部からドス黒い感情が湧き上がってくるのを感じた。言いたいことがたくさんあった。百万円の在り処など、もうどうでもよくなっていた。


「僕じゃダメですか。」


ナオさんは間髪入れずに、


「ウソ、冗談でしょ?」


と言った。冗談ではありません、と僕は言う。その言葉を聞くと、ナオさんは大きくため息をついた。


「あなた今何歳?」


 40と答えた。


わかっている。僕はおじさんだ。でも、最近は歳の差カップルも珍しくない。


「相当年上だからって安心してたけど、ダメだったみたい。」


 ナオさんは天を仰いだ。そして、カバンを漁り出して、携帯を取り出した。その時、カバンの中に、札束が入っているのが見えた。帯でまとめられている。百万円だ。


「私、佐山くんが好きなの。」


 佐山くん。リーダーのことだ。


 ぶるぶると右ポケットが振動した。画面を覗くと、リーダーから返信がきていた。


「宝くじ?なんのことですか?それより、直樹に会ったら伝えてください。俺に二度と関わるなと。」


訳がわからない。僕は眠りたくなった。タオルで体を拭いて、着替えて、温かい布団で眠りたい。僕は呼吸を止めていた。動けない。


「私は諦めないよ。佐山くんのこと。百万円じゃ、彼を買うことはできなかった。失敗ね。あなたの気持ちも含めて。」


ナオさんは確かにそう言った。僕に背を向けて遠ざかっていく。

追おうとした。

足は動かない。

ナオさんを目だけで追う。

ふわりとなびく白いワンピースが、子供のころ共に公園で遊んだ母親の姿にそっくりだった。


その時、ふと、僕はなぜ階段を上る時呼吸を止める癖があるのかを思い出した。

僕の子供の頃の夢は宇宙飛行士だった。

宇宙飛行士は、宇宙に行かなくてはならない。宇宙は酸素がないから、呼吸を止める練習が必要なのだと、母親に言われた。

僕はそれ以来、呼吸を止める練習をした。

その癖が今も残っているのだ。

ナオさんは公園から消えて、僕1人になった。丘の上で1人で立っていると、まるで、この世界で、この宇宙で、僕だけが存在しているかのように思えて、明日からでも宇宙飛行士を目指せるような気がした。


コメディにするつもりで書き始めたんですけどね。

不気味な話になっちゃいました。

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