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バイトが終わった後、僕は外の駐車場で携帯をいじっていた。ほどなくして、肩を落とした松下くんが店から出てきた。
「あれ、テルさん、どうしたんですか?」
「あっ、松下くん、あの、今から時間ある?よかったら飲みに行かない?」
すると松下くんは少し驚いた顔をして、珍しいですね、と言った。松下くんと一緒に一年間働いてきたが、飲みに行ったことは一度もなかった。松下くんにはどうしても聞きたいことがあったし、いい機会だと思ったのだ。松下くんは少し考えて、
「俺今日は飲みっていうより、ダーツの気分なんです。ダーツ行きませんか。」
ダーツに行ったことはないが、僕は快諾した。ダーツはどこで出来るのか尋ねると、どうやらネットカフェでできるらしい。知らなかった。
近くのネットカフェに行く途中、今日の仕事について少しだけ話した。僕が皿を割った後、リーダーは終始不機嫌だったらしい。松下くん自身も、レジでお客さんが待っている時に早く行けと怒鳴られたらしい。僕は少しだけ責任を感じて、松下くんに謝った。
「テルさんが謝ることないですよ。皿を割ることくらい、誰にだってあるんですから。それより、リーダーの方がやりすぎです。あんなに怒鳴り散らかして、お客さんが怖がってました。今日来たお客さん、きっと二度と来ないでしょうね。そういうところが、リーダーは見えてないですよね。」
優しく笑いかける松下くんを見て、僕は少し嬉しくなった。
話しているとあっという間にネットカフェに着いた。僕は初めての利用だったので、会員登録が必要だった。アプリを入れなくてはならず手間取っていると店員さんが丁寧に教えてくれて、無事に登録することができた。
細かく仕切られた個人スペースの群れを通り過ぎて、奥にある遊戯スペースに入ると、芝生みたいな緑色のビリヤード台が4台あり、さらに向こうにはダーツボードが壁一面に並んでいた。
ここです、と松下くんが案内してくれて、僕はソファに座った。目の前にはグラスと投げる矢があり、三メートル先にダーツボードが直立している。的がチカチカ光って、回転しているように見えた。僕はずらりと整列するダーツボードを眺めて、クリスマスみたいだと思った。
「はじめましょうか。」
振り向くと、ドリンクが入ったグラスを両手に持った松下くんが立っていた。僕の分まで注いできたくれたらしい。
初めてのダーツは、非常に楽しいものだった。
松下くんは初心者の僕でも楽しめるように、パーティー系のゲームを選んでくれた。僕のダーツはとても下手くそで、⒉本に1本は的に刺ささらず落ちた。だがネットカフェのダーツボードは初心者向けに優しく作られているのか、的に刺さらなくても的中判定することがしばしばあった。矢が弾かれているにも関わらず、ダーツボードがピカピカ光って盛り上がる様子は実に滑稽で、その度に松下くんと僕は顔を見合わせて笑った。
ダーツが楽しすぎて、すぐに聞こうと思っていたナオさんの宝くじの件を僕はすっかり忘れていた。2時間ほど遊んで、一息ついた時ようやく尋ねることができた。
僕はナオさんから聞いたことを、松下くんにも話した。宝くじで百万円を当てた人が僕たちのバイト先にいること、ナオさんは来週この街から出て行ってしまうこと。
そして、この話をリーダーに、半分カマをかけるようなカタチで話したら、妙な反応をしたことも話した。
松下くんは僕の話を黙って聞いていた。僕が話し終わると、唸り声をあげて、考え込んだ。すると、
「僕もその噂、実は聞いたことあります。そして、リーダーが怪しいということも、なんとなく納得がいきます。」
有益な情報を得られそうな導入に胸が膨らんだ。
「だって、おかしいですよね。半年前に辞めたナオさんが、バイトメンバーの中の誰かが百万円手に入れたという情報を、現メンバーのテルさんよりも早く知るわけがない。」
名探偵のような口調である。その言い方をする理由は、何か確信めいたものがあるからだろう。
「実は、ここだけの話なんですが、リーダーとナオさんは、昔、恋人の仲だったらしいです。」
僕は呼吸を止めた。体のどこかで、亀裂が入ったような痛みを感じる。
知らなかった。
ナオさんとは働いている当時何度も飲みに行ったのに、そんな話は一度も無かった。彼氏がいるのかどうか、僕が聞けなかったこともあるが、そのような素振りは一切見せていなかった。
「そう、なんだ。」
そう言うのが精一杯だった。
僕は松下くんにお礼を言って、ネットカフェから切り上げることにした。ナオさん以外の誰かと2人で遊ぶ経験があまり無かったので、こういうときお勘定についてどう切り出していいか分からなかった。僕は決して松下くんを屈服させたいわけではないが、先日のナオさんを見習って奢ってあげることにした。
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