最終話
フランツとトルーデが離れ離れになって一年。 フランツが王都に帰ってきました。
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1年間、新基地建設に携わり、魔道技術士の資格を得てフランツは王都に帰ってきた。
元の建設資材の商会に復帰し、建設魔道技術士として新たに勤務することとなった。他の現場から声が掛かれば助っ人にも行く。
今はまだまだ未熟だが、しばらく経ったら独立して商会を立ち上げる予定。
フランツは、ヴィリーの妻ミラの実家に形だけ養子にしてもらい、貴族籍を得、それからトルーデと結婚した。
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トルーデとフランツは結婚の届出を教会に出して、ケストナー家の家族親族とフランツの友人知人だけのこじんまりとした結婚パーティーを開いた。
人数がそう多くないからか、新郎新婦と皆が話をし、笑い合い、気安い、非常に楽しく素晴らしく皆の心に残るパーティーとなった。
白いシルクのドレスはシンプルで決して大仰でなく動きやすいデザイン。
二の腕と肩から首にかけての立派な筋肉をレースで隠す案もあった。
が、新郎フランツによる「?なんで?美しいものを隠す必要なんて無いのに」
の一言によって ノースリーブでデコルテも品よく見せる白いドレスに決まった。
フランツのその言葉を聞いたトルーデが、無言でフランツに抱きつき肩口に頭をグリグリしてしばらく離れなかった様子を見て
周囲の者たちがほっこりした空気に包まれたのは言うまでもない。
令嬢らしからぬお嬢様の筋肉が肯定されて嬉しかったのは、本人だけではなかった。
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トルーデの美しく長い金髪はふんわり巻いておろしてある。そこに被せられた可憐な花冠。
淡い色のさまざまな花で作られたブーケを持ったトルーデは、どこの女神かと思うほど美しく光輝いている。
フランツは、エプシュタインから贈られた婚礼用のスーツを着用していた。髪はかっちりと固められ、いつもとは別人のようだ。
フランツの胸元には、トルーデの持つブーケとお揃いの花のブートニア。
愛し合う二人は常に相手を見つめ合い、隙あらばキスを交わし、そして声をあげて笑い合った。
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「さて 皆の前でひとこと挨拶と、誓いの言葉をどうぞ。お二人さん」
ヴィリーが促す。皆のおしゃべりが止まる。にこにこしながら二人に注目する。
手を取り合い、二人が立ち上がる。
トルーデから口を開く。
「皆さん…本当にありがとうございます ────…愛する人と結婚出来るのは、皆のおかげです。本当にありがとう…」
そう言い、フランツに向き直る。
「そしてフランツ……フランツ・ヴェルテ、あなたを一生愛することを、ここに誓います」
握る手に、グッと力が込められた。
次はフランツ。
愛妻の力強い言葉を受けて、誓いを繋げる。
「 ────皆さん、ほんとうにありがとうございます」
そしてトルーデに向き直って
「トルーデ・ケストナー、私は一生あなたを愛することを誓います。
あなたを、世界中の誰よりも幸せにすることを誓います。
そして ────……あなたより先に死なないことを、皆の前で誓います」
その約束を守れるかどうかは神のみぞ知るところ。
しかし「そうしたい」という意思こそが大事なのだ、とフランツは強く思っていた。
『自分は愛するトルーデより先に逝かない、先に死なない』宣言である。
父のオットーは、その言葉を聞いて息を呑んで娘の夫を見やった。それは兄のヴィリーも同様だった。
そう出来るかもしれないし出来ないかもしれない。
そんなことは、ここにいる大人たちは皆分かっていた。
でも、それでいい。
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トルーデの母・カトリンは、病気で、トルーデが10歳になる前に天国へと旅立っていった。
フランツの両親と弟妹は、病気ではなく戦争で命を奪われた。
先の戦争で亡くなった人達の中には、愛する者より先に死ななければならなかった者も多いだろう。
いつだって、人の命はあっさりと失われる。
だがそれでも。
人間には、望む力がある。
世界はいつも理不尽だが、ちっぽけな人間には、意思の力が備えられているのだ。
トルーデの頬に、ひとすじ涙がすうっと流れ
「…約束だぞ?絶対だぞ…?」と、泣いたまま笑った。
「ああ、約束だ」
新郎フランツが、その涙を指で拭おうとする。
「あー もう、お嬢様ったら…お化粧が崩れちゃうから泣いちゃダメです!」
オルガとハンナがハンカチを持って駆け寄ってくる。
父のオットーと、執事のエトムントと、しばらく前に引退した「爺」の3人は既にボロボロと大泣きしていた。
テーブルの上には、トルーデの母カトリンの小さな肖像画が立てて置かれていた。
大人の手のひらを広げたくらいの大きさの油絵は、カトリンの死後にオットーが絵師に発注したものだ。
新しい額縁に入れられたその肖像画のかたわらには
シャンパンの入ったグラスと花束とケーキ。
カトリンが絵の中で、祝福するかのように微笑んでいた。
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トルーデは結婚して3年後、軍を退官した。軍人を辞め、フランツが立ち上げた商会の女主人になる道を選んだ。
ヴェルテ商会は、本業の建設魔道技術士の仕事のほかに、土を改良して作った野菜や穀物も大ヒットした。
商会は建設のみならず農業分野のほうにも注力していく。
「農は国の礎」が口癖の若き商会長は、妻と共に商会を堅実に運営した。
やがて二人は子供を授かり、十月十日ののちに、丸々とした赤ん坊が生まれた。
男の子だ。
「トルーデ…」
ゼエゼエと息の上がった妻の頰に手を当て、汗で濡れたひたいにキスをする。
「わたしたちの…息子よ…あなたに似た髪色の」
そう言ってにっこり笑う。ぐったりしながらも、その顔は喜びに満ちていた。
「うん…うん」
なんと言っていいか分からないでいたら
助産師様が、トルーデに抱かれていた赤ん坊をいったん抱き上げて、こちらに抱かせてくれる。
「はい お父さん」
赤ん坊はあったかくて、小さくて柔らかくて…ずしりと重さがあった。心地よい重さだ。元気に大声で泣いていた。
フランツは胸がいっぱいになった。じわぁ…と泣けてきた。
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前世で死んでこっちの世界に生まれ変わり、戦争が始まり、家族の中で自分だけ生き残って、結婚したと思ったら今度は戦争に従軍させられ…
でもその戦争で君に出会えた。トルーデ。俺の愛するひと。
そして可愛い息子まで産んでくれた。 家族が増えた幸せを噛みしめながら、フランツは今までの来し方を思った。
人間はいつか死ぬ。だからこそ生は愛おしい。限られた時を生きる。
それしか、人間には出来ないんだ。
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俺は、一生君に恋をし続ける。
フランツは、心の中でそっと妻に誓った。
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古来より
その森に近付くと災いを招くという言い伝えがあった。
近付いてはならぬ。薪のために森の樹木を切り払ってはならぬ。どんなに美味そうに見えても成っている実を取ってはならぬ。小川の水を飲んではならぬ。…
まことしやかに流布されたそれらの禁忌事項。
実は引退した帝国のある人嫌いの魔術師が森の奥に隠棲する庵を結び、大嫌いな「ヒト」を遠ざけるために広めたものだった。
入り口にある湧き水に細工をしておき、それを飲んだ旅人が腹を壊し
うまい具合に噂が拡散されたのもあってその森に近付く人間はいなくなった。
その魔術師も没してから永い時間が経った。
帝国の古参の魔術師でさえ、この異端の魔術師のことを知る者は少ない。
書庫の隅にあった、この魔術師について書かれた書を読んだウベルが
ぼやかして書いてあったこの森のことを読み解いた。
その魔術師には、彼を慕う変わり者の弟子がいた。書は弟子が残した記録だった。
◇
ウベルは、意識を失った息子エデルを抱きかかえ この森まで転移してきた。
(尊敬する先達よ
我々がここに足を踏み入れることをお許し下さい ────…)
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森の奥にある洞窟。森の周辺は農地にもならないような痩せた土地で付近には大昔に開拓者が出ていった寂れた廃墟の村しかない。街道からも遠く離れている。
おそらくこの洞窟を知る者はいないだろう。
頭を低く下げないと入っていけないような狭い入り口。
そこからさらに奥へと進んでいくと、そこに不思議な2人がいた。
────いいや、【いた】というのは正しくないかもしれない。
その2人は生きているの死んでいるのかさえ分からなかった。
◇
透明で固い何かの中に男2人が固められていた。
巨大な水晶のような、ガラスのような。
年嵩の男のほうが、若いほうの男を両手で支えて軽く抱きしめるように立っている。
2人とも目を瞑っている。その口元には笑みが浮かんでいた。
永い永い時間が過ぎて、いつか誰かがこれを発見する時が来るのかもしれない。
だが、その者はここにいるウベルとエデルの物語までは知ることはないだろう。
- 了 -
このお話はこれで完結です。拙作を読んでいただいた方に心より感謝いたします。本当にありがとうございました。
「小説になろう」様のサイトの皆様の作品を読む専門だった自分が、初めて完結させた作品です。
矛盾点や整合性の取れない箇所などが無いように何度も何度も書き直し、投稿後にも直しを入れました。
しかしそれでも穴だらけ、矛盾だらけという自覚は、作者にもございます。
物語の輪は、閉じねばならぬと書き続けてきました。登場人物達が動き出すのを待っていた時期もあります。
私に、書く喜びを思い出させてくれた「小説家になろう」様、読んで下さった方々、改めてありがとうございます。




