40 .君にだけ話す話
久々に名前が出る人物です。
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イレーネ=フランツの元妻
フランツが意識を取り戻してから1ヶ月が経った。ターソ魔道士からも薬師からもまだ「回復まではなるべく安静で」とのお達ししか出ていない。
「ま、無理はせんで下さいよ……フランツ様になにかあったら、ワシら あのお嬢様から恨まれて無職にされるかもしれません」
意地悪く面白そうに笑って言う魔道士の言葉に「ハハハ…」と頭を掻く。
そのトルーデは、仕事から帰ると毎日フランツの療養部屋に来て、夕食を2人で一緒に摂り、朝ふたたび部屋にやってきてフランツに朝の挨拶とおはようのキスをしてから出勤していく。
「行ってくるよ」
フランツの額に、素早くキスを落とすトルーデ。
その後、満足げな笑みを浮かべる。相変わらず周囲にキラキラが舞っている。背景に薔薇も見えるような気もする。彼女の身体からふわっと香りたつ良い匂いにクラっとしそうになる。
「…あ、ああ……気をつけて」
(最初は恥ずかしかったし戸惑ったし無論まだかなりドキドキはするけれど、一応は慣れた、かな…)
慣れる慣れない以前にフランツに拒否権は存在しなかった。
数週間続くこの朝の「行ってきますキス」、
はたから見たら新婚夫婦のような生活に見えなくもない……?
「エト、今日もフランツを頼む。庭ぐらいならいいが無理させないように」
「かしこまりました」
後ろで一つに結った艶やかな長い金髪を左右に揺らしながら出ていく軍服姿のトルーデの背中を見送り、フランツは思う。
(トルーデ、俺に過保護すぎじゃない?)
とは思うものの、フランツはまだまだ回復には程遠いのも事実。
◆
あれから、夜に夢を見なくなった。
だるさは相変わらずで、全身がズシンと重い。
食欲は完全には戻らず、青汁的なドリンクと軽食の日々。それと薬師が処方する苦い臭い薬草入り栄養剤。
筋力も落ちている。少しずつでもトレーニングをしたいのだが
執事のエトムントからも「今はお身体の回復が第一です。鍛錬は、体重が戻ってからになさいませ」
と、言われてしまった。
そんなある日。
その日はトルーデも休日だった。フランツはベッドに入ったまま上半身だけ起こして、雑談をしながら、2人で果物を食べていた。
「美味いな!コレ」
「だろう?」
領地から送られてきたという、その旬の果物はみずみずしく、食欲の薄れたフランツの喉も通りやすかった。
天気も良く部屋には午後のやわらかな日差しが入り、カーテンがそよ風に軽く揺れていた。
フランツは、果物のフォークをカチャンと皿に置いた。
「なあトルーデ」
「ん?」
「実はさ…俺、『あっち』で、会ったんだ」
トルーデも食べる手が止まる。
「死んだ妹と弟に」
「!…」
(例の空襲で亡くなったという故郷のご家族か…)
「 ────…それこそ『夢』だったのかもしれない。幻影だったのかもしれない、願望だったのかもしれない。自己満足だったのかもしれない、妄想だったのかもしれない………何度も何度も考えたよ…でも」
震えるフランツの手を、トルーデが両手でそっとつつみこむ。
「…でも 確かに会ったんだ。ずっと会いたかったあいつらに」
フランツの頬に涙が流れる。
「 ────フランツ。それはきっと幻影なんかじゃない」
トルーデは握る手にグッと力を込めて、そう断言した。
【夢魔の次元】で起こったことについては、犯人のエデル・カウフマン以外のことは捜査局の聞き取りでもフランツは言わなかった。事件には直接関係が無いからだ。
そうしてフランツは自分ひとりの心の中だけに留め、『こっち』に戻ってきてから何度も何度も思い返していた。あの時のきょうだいとの邂逅について。幼いエデルのことも。
「話してくれて…ありがとう」
トルーデが、声を詰まらせながら言う。フランツは下を向いたまま言葉を絞り出す。
「……あの時 ────俺が、俺が、隣街になんて行っていなかったらっ…!俺がもし、もしそばにいたら…父さんも母さんも、あいつらも助けられたかもって…なんで…なんで…俺は あれから…ずっと…」
(………、俺はまた同じような繰り言を…『あっち』でリヒャルトにも言われたっけ…全ては宿命だったのだと)
「そっか……フランツは、ずっとそういう思いを抱えてきたんだね… ────
あの空襲でご家族を亡くしてから、ずっと。……苦しかっただろう…?長いあいだ…」
「っ…」
(受け止めてくれた)
「フランツは悔いて、自分を責めていた…?ずっと」
「 ────…そうかもしれない…」
(あの空襲の後、周りもみな、家族を亡くした人だらけ…イレーネも母親を失い、俺がしっかりしなきゃっていつも思ってた気がする…
『みんな大変なんだから』って思って、自分のしんどさとか辛い気持ちに蓋をしていた。生活を立て直すのとイレーネとの新しい生活を作り上げるのにも必死で……それどころじゃなかったのもある…
そして徴兵されて ────、自分の心にぽっかりと開いた穴を正面から見る余裕なんか無かったな。
なぜ自分だけ生き残ったのか、なぜ俺の家族は死ななきゃならなかったのか…いくら考えても考えても救われることはなかった。誰にも言えず、自分の中だけでぐるぐる考えを巡らせてきた。
────…いま、目の前のトルーデが俺の気持ちを、ただこうして聞いて受け止めてくれるだけで、心が凪いでいく。
俺は家族を亡くしてからすぐイレーネと結婚したけど、イレーネにこんな風に弱音を吐いたことは無かった…日々の生活に手一杯だったのもあるが… イレーネの前では『強い男』『強い者』でいたかったのかな…俺)
だがトルーデになら、自分の弱いところを見せられる、とフランツは思った。
情けない自分も、弱い自分も、カッコ悪い自分も。
(そりゃ、惚れた女にはカッコいいところを見せたいけど!それもあるけどさ、それ以上に、自分の心のうちを知って欲しいんだ …トルーデには)
「トルーデ。もっと ────…君に、君と話したいことがあるんだ 聞いてくれるか…?こんな俺の話を」
「ああ…!勿論だ」
「実は結構おしゃべりなんだ」
「うん」
「俺の故郷の守旧的な街ではさ、寡黙な男が良しとされていて …俺もそれが当たり前だと思ってたけど、俺の理想は、一日中ああだこうだしゃべってた自分の両親のような夫婦なんだ」
「うん いい親御さんだ」
「時にはケンカもしたけど、いつも1日の終わる頃にはケロッとしてた」
「うん そういうのもとてもいいな」
「空が綺麗だとかヤギが逃げたとか、あれは美味しかったとか、母さんも父さんもポリーナーもマチアスも皆、おしゃべりが止まらなくて本当に賑やかだっ…」
あとはもう嗚咽になってしまい、言葉が出てこなかった。
「 ────フランツ」
トルーデが、フランツの手を強く握る。
失われた家族の話は、苦さも涙も連れてきた。だが、トルーデの手の暖かさに、その存在に救われた。
(いろんなことを君に話したい。君だけに話したい。聞いて欲しいんだ。俺も、君の話を聞きたい
……
まずは、回復しなきゃな)
「俺の話を、信じてくれてありがとう…聞いてくれて…ありがとう」
握られた手を、フランツが強く握り返す。目を真っ赤にしたトルーデが見つめ返す。その頬の涙を、フランツはもう片方の手でぬぐう。
午後の陽が、やさしく2人に降り注ぐ。
お読みいただきありがとうございます。
・被害者の名前を一部変更しました。エドガー→ゴダードへ。
加害者であるエデルと名前が似ていた為です(今ごろ気づくとか遅すぎな自分)
エデルの名前は当初違う名前でしたがそっちを変えたら被害者と似てしまったという…
ゴダードは姓だろと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、多分もう変更しないと思います(濁点を使いたかった)




