39 .王都の殺人事件 〜解決篇②〜 父子の物語
もじゃもじゃ頭の緑の眼の犯人=エデル・カウフマンとその周辺の家族関係についての回です。
※残酷な表現、暴力的な表現、幼児虐待、DV、二股などの描写があります。苦手な方はご注意下さい。
【帝国の青蛇】の異名を持つ、帝国諜報機関の局長・魔術師でもあるウベル・シオドマクが
意識の無いエデルをさらってどこかへ消えていった。その背景。
◆
ウベルは実はエデルの実の父親だった。
25年前、エデルの母親・レギーナはワレスと結婚。二股相手ウベルとの間に出来た子を、王国軍人ワレスとの間の子として産んだ。
しかし結婚から3年後、元から良好とは言えなかった夫婦仲は、エデルの件も含めて複合的な要因から悪化、母親のレギーナは家を出て行ってしまった。
夫のワレスと、わずか3歳だったエデルを置いて。
レギーナとウベルは元々恋人同士だったが、気の多いレギーナが王国軍人ワレスを引っ掛けて、いい仲になり
そこに元恋人のウベルとの仲がまた復活して…という二股状態での妊娠、からのワレスとの結婚。
ワレスとの結婚とエデルの誕生は、(当然というべきか)ウベルには知らされず。(ウベルは後から知った)
レギーナ本人は「どっちの子か分からなかった」と。
しかし生まれてみれば完全にウベルの子。ワレスは、美人妻の本性に気付くも時すでに遅し。
20年前のハクワリ戦争からの帰還兵でもあるワレス・カウフマンは、結婚して新たな生活が始まると思っていた。しかし掴んだと思った幸せはあっけなく瓦解した。
家庭が荒れていくのと同時に、戦争中の精神的外傷によるフラッシュバックがワレスを襲い、ワレスをさいなむ。
ワレスは、レギーナとエデルを殴った。レギーナはレギーナで、我が子の世話を放棄しがちになり更には虐待した。
たとえ血の繋がらない子供であろうとも、世話をし、愛することも出来る継父も世の中に大勢いるだろう。だがワレスという男はそうではなかった。
妻を殴り子を殴り、妻が捨てていった後もエデルを更に責め立て虐げた。
エデルは耐えているように見えた。だが、彼は他の方法を知らなかっただけだった。
なにしろ、生まれた時から、この暴力的な男を父として育ってきて「ちちおや」とはこういうものだという認識しかなかった。
やがてエデルは長じて、形だけの父親・ワレスを養うようになった。
エデルはなぜ、あんな最低な父親から逃げ出さなかったのだろう?
エデルは、何もかもを諦めてしまっていた。それが日常だった。父親から殴られる時は、頭の中で想像する ────自分の心を切り離すのだ。
母親に捨てられ、養父には虐待され、ロクに学校にも行ってない。この先の人生に、楽しみも夢も無い。かすかな光を感じるのは隣に住むマルファ姉さんとその母親のおばさんと触れ合う時だけ。
だがエデルは、マルファ姉さんたちのような「あったかい人たちの世界」は、自分の住む社会ではないと思っていた。彼女らと自分を、別の世界の住人だと認識していた。自分を大切にするという思考自体が生まれなかった。彼は、家族から大事にされたことがないから。マルファ姉さん達は別の世界の人たち。そこは、ついぞ最後まで交わらなかったのだ。
◆
母親との結婚当初は、もう少しマトモなところに住んでいたらしい。だが母親の家出後、貧民街に住むようになり、未来なんか見えなかった。食って寝て、ただ毎日をやり過ごし、いずれはここで死んでいくのだろうとエデルは思っていた。
この貧民街から出ていこうなどと考えず、また、そんな気力も、考える材料も、持ち合わせていなかった。
保護者たる者から、殴られたり蹴られたり無視され続けたりした者は、向上心や夢など、はなっから知らないのだ。
自己肯定感が育つ土壌が無い。
エデルは本人も知らないうちに、自分から自分を切り離す「解離」を行っていたと思われる。
隣室のマルファが知っているのは、ろくでなしワレスが不在の時にエデルが物を壊して荒れて叫んでいる声と音。
数時間してからマルファが様子を見に行くと、エデルは放心していた。
マルファが知る限り、エデルが外で誰かを害したことはない。勤務先の店でもそうだ。
激昂することもなく、暴れることもなく、マルファの冗談に声をあげて笑い。
梱包の紐を切ったり色々便利なんだ、と言って小さなナイフを研いでいるエデルは、極めて平静な様子だった。
◆
24年間
実の父親、ウベルは息子の存在を知ってからは時折、息子エデルの様子をこっそりと見に王国に来ていた。
もちろんエデルを捨てていったレギーナの行き先も把握済みだ。ウベルにとっては元恋人だが、レギーナに対しては近年は何の感情も湧いてこない。
ただ、エデルを産んだ女というさめた認識だけ。
なぜあんな最低な女にあれほど入れ上げたのかウベル自身にも分からない。ちなみに当時調べたこともあったが「魅了」の魔法ではなかった。
レギーナに惹かれたのはウベル自身の感情だった。
まるで熱病のようだった。気まぐれなレギーナに翻弄され、「あなたって怖い顔してるけど、笑うと可愛いわ」などと言われ、その言葉にのぼせた若き日。
ワレスが、幼いエデルを虐待していたことは分かっていた。何度も何度も、エデルを救い出す…いや、「誘拐する」ことを考えた。
しかし、攫ってきたところでそれからどうするのだ?自分は諜報機関に所属し、自宅にはほとんど帰れない。世話も出来ない。
加えて、わが子というのは弱みにもなる。誰かが息子に危害を加えようとしたら?職場の同僚たちですら信用出来ない。王国からの間諜もいる。
あの養父のもとからエデルを救っても、その先の展望が見えなかった。
じゃあ、攫った後で良さそうな誰かか、孤児院に預けるしかないか…しかし攫ってきて孤児院に入れるって本末転倒じゃないか… などと色々考えていたところ、エデルの隣人のマルファという少女の一家がエデルを世話してくれるようになった。
マルファたちから世話されるエデルを見て、誘拐することは保留にした。
諜報機関の仕事のかたわら、たまに様子を見に来るだけという奇妙な習慣が出来た。
ウベルは、クズ親ワレスに対しては基本手出しをしなかった。ワレスは王国軍人だったが
実はとある事情から王国側の諜報機関の観察対象であった。ヘタに殺しでもしたら、帝国側の間諜たちが危機に陥る可能性もあった。
◆
息子であるエデルが殺人をおかしたのだと知った後は、流石のウベルも動揺した。
しかも殺したのは軍人。調べたらクズ親ワレスと誤認して刺したフシもある。ウベルは歯噛みした。 (────やはり子供の時に攫って、帝国の教会にでも預ければ良かったか…)
彼が、息子エデルのことを調べているうちに王国の軍犯罪捜査局に気付かれた。
(クソっ……今までボンクラ揃いだった捜査局の連中がっ…。どんな奴が…)
尾行とも呼べない稚拙な尾行は、おそらく新入りだろうと思われたがフランツの頭を覗いたウベルは驚愕した。
(コイツ…転生者か)
(転生者は厄介なんだよな……帝国にも何人か出現したが、持っている考えが危険思想だったり、突然に異能を発動するケースもあったりで)
そしてウベルは、《古い知り合い》の居る《夢魔の次元》に、フランツを飛ばした。
◇
いかに帝国諜報機関の人間といえども、追尾してくる人間を無闇矢鱈に皆殺しなどという派手な真似はしない。必要以上に耳目を引くのは得策とはいえない。
ウベルは、「とにかく今はこの異世界人を無力化するのが必要だ」と判断したのだった。
◇
《眠るエデル(25歳)のくるくるした髪を撫でるウベル》
(────…このくせ毛はレギーナ譲りだな。瞳の色は俺の家系特有の緑だ)
ウベルは長いこと諜報機関に属して生きてきた。孤独だとか淋しいとかそんな感傷的な思考は捨てた。
ただ、与えられたミッションをこなし、帝国を害するような要素は排除する。全体の利益、帝国の権威を守る。いずれは帝国が他国を圧倒する。自分はその大義の為の捨て石になってもいい。そのことに疑問を感じたことはなく、常に緊張と戦闘の中で生きてきたウベルのような人間には、むしろ駒であることのほうが楽なのは事実だった。
平和な国でなど生きられはしない。個人の、市民の、思考などとっくに放棄した。
だが今は、この息子の顔を飽かず眺めていたい。
一緒に暮らしたこともなければ、名乗ったこともない父親。
人生に「たら」「れば」は無い。だが、「今」はある。
そんなことを考えていたら
すううっとどこからともなく、リヒャルトが現れた。 ────そう、ここは【夢魔の次元】、【すべての世界の緩衝地帯】、【世界と世界の境目】でもある。
ニタリと笑って夢魔は言う。
「時間の概念なぞ無いここで、なにを下界みたいなことを考えてるんだ?」
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