37 .眠り男、姫のキスで目覚める
フランツの目覚めと共に、物語の舞台が夢魔の次元から現実世界へと戻ってきます。
フランツの心の中
(────‥ん…なんかサワサワと顔がくすぐったい……なにか顔に当たる…ああ、いい香りがする…花の、香り?どこかで嗅いだことがある……あれっ …俺のくちびるになんかすごく柔らかいものが当たってる……この感触は……おや、雨……?…………雨にしてはやけに生温かい雨だぞ…)
⌘⌘⌘
その日、トルーデはひどく落胆していた。昨日、魔道士ターソ氏から言われた言葉が頭を離れない。
過去に同様の強制転移魔法にかけられた者はいたのか、その者達はどうなったか、と、聞き出したのだ。
ターソ魔道士が言うには、帝国で独自に進化を遂げた闇魔法は体系が違うのもあって王国側での解読は難しい面も多いとのこと。使えるルート全てを使い調べた限りにおいては、事態を打開出来るような方策は未だ見つかっていないということだった。
「楽観的なことは申しません」、と魔道士ターソは渋面で言った。
「何かのきっかけが有ればあるいは、とも思うのですが………それが皆目見当もつかないときてる。
────医療系魔道士が言うことじゃないかもしれませんが、私も…色々やり尽くしたので…後はもう神に祈りたい気分ですね……」
⌘⌘⌘
トルーデ(魔道士様も打つ手なしか……)
フランツの顔を見つめて、頰を指の背でそっと撫でたあと
フランツが眠るベッドの枕元の横に立ち、身体を曲げ覆い被さるようにして
トルーデは意識の無い彼のくちびるに、自分のくちびるを重ねた。
唇にキスをするのは今日がはじめてだ。頰や手は幾度もしてきたが。
当然ながら、フランツの反応は無く ────…トルーデは思った(…泣けてくる)
気がついたら、キスをしながら泣いていた。
ぽたぽたと涙が滴り落ちる。フランツの顔の上に。
(もっとこう…幸せな気分のはずだろう…好きな相手とのキスってやつは…)
その時、フランツの手がピクリと動き、持ち上がった。それに気付いたトルーデが、唇を離し長いキスを中断する。
フランツが目をゆっくりと開けた。
「 ────…!!!…フランツッ!」
なんということだろう、盤面はひっくり返った。
「フランツ様!」
ベッド脇で控えていた執事のエトムントが素早く部屋の外にいるペーターに指示を飛ばす。
「魔道士様と薬師様をすぐこちらの部屋に!」
「はっ」
「エプシュタイン様もだ!」
「はい!」
「ああ!フランツ!フランツフランツフランツ……」
トルーデは目が覚めたフランツの顔を何度も何度も手で挟んだり、手を握ったりしては確認を繰り返している。
「…ん…トルーデ…??俺…俺……」
まだぼうっとしているフランツは、トルーデを見、周りを見渡した。
「……こ…ここは……」
「 …屋敷だよ。10日間も意識が無かったんだ」
シルクシャツの袖で涙を拭いながらトルーデが答える。
(泣いてても、髪がぐしゃぐしゃでも、君は、君は、なんて可愛いんだ……)
トルーデの泣く姿を見たフランツが、笑顔を浮かべる。
「私が、分かるんだな?ほんとうに、戻ってきてくれたんだな?ああ、…フランツ ────!」
トルーデが横たわるフランツの手を両手で握り込んで、祈るポーズで額に付ける。
フランツはもう一方の手をゆっくり上げ、トルーデの髪にぎこちなく触れる。
ハッとして顔を上げたトルーデと見つめ合う。
「……会いたかった」
「フランツ……」
⌘⌘⌘
しばらくして魔道士、薬師、軍捜査局の関係者、屋敷の使用人ら、大勢の人間が部屋に入ってきた。
もちろんその中にはエプシュタイン主任の姿もあった。
「尾行対象のウベルから強制転移の魔法をかけられてなーー…済まなかった…上司である俺の責任だ ────…」
「ハイハイ、どいてどいて〜」
フランツの身体をケアしてきた魔道士のターソが薬師と共に皆を押しのけてベッドサイドにやってくる。
「ちょっと見るねー まぶしいけど我慢して」
ターソ魔道士は指先から弱い光を出すと、それをフランツの目にかざして丹念に見、その後身体のあちこちを調べて、色々と問診をした。
「 ────あちらの気配はしませんな。彼の魂は完全にこちら側に戻ってきたようです」
心配していた面々がワッと湧く。良かった良かったと肩を叩き合う。
「おぉ…神よ…!感謝致します…」
トルーデはフランツの頬に熱烈なキスをした。
(……て、照れる…)
フランツ本人には、嬉しさと気恥ずかしさが同時に来たが
周囲の者の多くは、2人が「両片想い」だと知っている。
知らない者は伯爵令嬢のこの振る舞いにギョッとはしたが、使用人らが「当然ですねー」というような表情で笑っているのを見て婚約者か恋人かな?と思い勝手に納得した。
そして「神」と聞いて、[夢魔の次元]でリヒャルトが語っていたことを思い出す。
──── ────…俺は、こっちに、なんで戻ってこられたんだ?
⌘⌘⌘
ターソ魔道士が、皆を部屋から追い出しにかかる。
「患者は「こっち」に戻ったばかりだし まだまだ本調子じゃない。薬師様といろいろ処置をするからいったん皆は出てくれ」
積もる話は患者が回復してからにして、と言われて皆は部屋を出て行く。
「…あ、あの…事件はどうなりました?」
フランツがエプシュタインにそう問うたら、ターソ魔道士はため息をついて事件の話を少しだけなら、と会話を許された。
「ゴダードを刺殺した犯人は捕まったよ」
「…そうですか…」
「第二の被害者、ゴダードの傍らで死んでいたヨアヒムは、ゴダードによる暴行が死因だった。
それと────お前さんに強制転移魔法をかけたウベルって帝国人は取り逃してしまった すまん…
この件があっても、上からのお達しで捜査は終結ということにはなったんだが、肝心の犯人が、な…」
「犯人が…?」
「犯人はエデル・カウフマンという若い男だったんだが今、意識不明状態で…」
「 ────…??!エデル…?犯人はエデルという名前なんですか?」
フランツは、驚きのあまり身体を起こそうとしたが、体力もなく、更にはターソ魔道士に肩を押さえられて制止された。
「起きたらダメだ」
「ーーー…犯人を知っているのか?」
知ってるかと問われて、『あっちで会いました、しかも子供の姿のエデルに』とも言えずに黙ってしまったフランツだったが、
「事件の話は後でしろ」とターソ魔道士に言われて、話はそこまでになった。
(エデルが… 犯人────…「あっち」でエデルと関わったことは何らかの意味があったということなのか……?)
更には、エデルからの連想で妹のポリーナーと弟のマチアスのことも思い出された。
(まさか会えるとは…)
あの邂逅を、幻覚や妄想だとは思わない。「今は苦しくない」と言っていた弟妹たち。
失った痛みは消えはしないが、あの言葉はじわじわと自分の中に染み入っていき、自分を変えていくような気がする。
視界の隅に、ハンナに羽交い締めにされて嫌々部屋から引きずり出されていくトルーデの姿が見えた。
ターソ魔道士が苦笑する。
「あのお嬢様が、療養の妨げにならないといいんですがね」
「ハハハハハ…」
⌘⌘⌘⌘⌘
目をつむるとフランツは先ほどのトルーデの唇の柔らかさを思い出した。
(ええと ────…トルーデのキスで目覚めるとか俺って「眠り姫」みたいだな?…トルーデとの初めてのキスは、場所を選んでしたかった…、いやいや片方に意識がない状態でのキスはキスとは言わないんじゃないか?しかし目覚める直前に俺の側に、彼女からキスされてる感覚はあったわけで……)と、ぐるぐる考えるフランツであった…
⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘
「お嬢様、少しは落ち着いて下さいませ」
さっきからソワソワしたり立ったり座ったり、戸棚を開け閉めしたりブツブツ言ったり、落ち着かないことこの上ないトルーデを、使用人たちが呆れて眺める。
フランツ様が意識を無くしてから10日。やっと目覚められたフランツ様のおそばに行きたいのだろう。
それにしてもお嬢様のキスが、フランツ様を目覚めさせたような形になった…?
執事のエトムントは、実際に目撃していただけに感慨もひとしおであった。
騒ぎの中で、キス→目覚めだと知った使用人達の驚きもまた大きかった。お嬢様の想い人の目覚めがキスきっかけとか。
砕けた言い方をすれば
【お嬢様たち、もう結婚しちゃえばいいのに!カタチだけどっかの貴族の養子にしてもらってさー】
というのが別邸勤めの使用人たちの総意であった。
ケストナー家には既婚のトルーデの兄という後継がいる。代替わりした後は兄夫婦が伯爵家を立派にやっていくだろうし、ケストナー家当主のトルーデ父もトルーデの結婚に反対はしないだろう。
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