ホワイト‐アウト 一
俺が生まれたころからある、一級河川にかかる大きな橋。
その橋の下、土手の延長にあるコンクリの階段状になったところに、俺達は腰かけている。
外は絹糸のような細い雨が降っている。
「秋の時雨の匂いですね。」
「もう夏も終わり、か。」
秋って季節は少しばかり寂しい感じがする。草木が命を散らすからだろうか。
それはそうと、さっきまで青空だったのにいきなり雨が降るなんて。
「ほんとひどい天気ですね。それにしてもさっきの走る速さは凄かったな。」
実はさっき、今まで俺が走ったことのないほど速く走ってきたのだ。
花織さんの足の速さを少し甘く見すぎていた。
「少し速すぎましたか?でも、あれはあなたの力のほんの一部です。」
「え?」
俺の力?陸上選手もびっくりな速さで走ってきた。
もしかしてと、ある憶測が芽生える。
「解りませんか?火事場の馬鹿力ってやつです。」
「解りません。」
「人は危機的状況で初めて自らの本当の力が出せるもんです。」
そしていまの状況は、ただの天気雨。少し無理がないか?
俺の脳は一つの憶測を確信へと昇華させた。
「それも何かの“力”ですか?」
だいたい火事場の馬鹿力で100m9秒越えはありえない。
そこには常識はずれのなにかが働いているはず。
そう、俺の力のような。
「・・・そうです。あなたにはいつか話さないと、と思ってました。」
「教えてください、花織さんの力と、俺の力のこと。」
頭の中でかえでさんが言っていた言葉がフラッシュバックする。
―――その話は詳しい‘彼女’に聞いてね。
彼女とは花織さんのこと。今ではそう思える。
「ちょっと待ってください。あの笛を貸してくれませんか。」
「あ、はい。」
花織さんの綺麗な手の中に一本の竜笛を渡す。
それを、花織さんは器用に右手でくるくると回して音を出して見せた。
「これは笛ですよね?」
「はい。」
「では、目を瞑ってください。」
言われたとおりに目を瞑る。耳には風を鳴らす笛の音。
「音をよく聞いてください。」
よく聞いてって、笛を回す音しか聞こえないが。
その時、音が変わるのを感じた。
確かに、笛の「キーン」という音から、「ヒュッ、ヒュッ」っという風切り音に変わった。
「もう一度聞きます。これは笛ですか?」
答えあぐねていると、音が止んだ。
「開けてもいいですよ。そっとね。」
ゆっくりと眼を開け、笛を確認する。
笛は、なかった。
花織さんは、笛の代わりにその右手は大ぶりの刀を握っていた。
「え、ど、どういうこと?笛はどこ?」
俺の疑問をよそに、花織さんは困った俺の顔を見て、いたずらっ子の様に笑っている。
笑った顔もまた可愛い、ってそうじゃない。笛は?
「えっとね、笛はここ。」
そう言って刀を指す。
「実は、私がこの笛に呪をかけて刀にしたの。」
「したの、ってそう簡単にできるもんなんですか?あと呪って?」
「そう。できます。」
花織さんは胸を張って誇らしげに言う。
「呪というのは、言葉や名前みたいなものです。今はこの笛に「刀」という呪をかけました。」
「・・・。」
「この笛は特殊なもので出来ていて、呪がききやすいんです。」
どうです、とでも言うように刀を振り回す。危ないですって。
水滴が刃の軌跡に残り、光を反射してキラキラと輝いている。
「それが、力?」
「そうですよ。頼りないですか?」
「頼りないってことじゃないけど・・・。」
息を大きく吸い込む。花織さんは一歩俺から離れ、刀を構えた。
そして、俺の喉元に刀を突きつけて言った。
「あなたの力は?」
前にもあった様な構図に少し戸惑う。が、すぐに殺気が無い事に気付いた。
そればかりか、目の前で花織さんが自分を見つめていてなんだか恥ずかしい。
そして、思い出したように俺は口を開く。
「全てのモノの本質の流れをとらえる、って言われたけど何の事だか。」
彼女はなんかそんなこと言ってたな。
花織さんは何か考えているようにうつむく。
流れをとらえる、か。
少し目を閉じ、周りの音を聞こう。
微かな雨の音。
向かい合う2人の息づかい。
吹き抜ける風の音。
橋の上を駆けてく4輪の振動。
街からはもう聞き飽きたスーツ姿の街頭演説。
飛行機が雲を切り裂く轟音。
すべてはこの世界の一瞬を刻む音。
これらの流れと本質を見極める、ってことか?
「わかる?流れが見えるってことは次におこるコトも予想できるの。でね、すこしやってみるから覚悟してね。」
目を開けると彼女は少し黒く笑った。
「いくよっ!」
――いくよっ!
誰かの言葉が重なった。




