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後輩とデート 其の三

 映画を見たり服を買ったりしているうちに、楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。

 気づいたらもうとっくに日は落ちていて、そろそろ帰らなければいけない時間です。もう少しだけ一緒にいたくもありますけれど……でも明日も会う約束がありますし、なにより迷惑な女と思われたくないので今日は大人しく解散することにしましょう。


「ちょっとトイレ行ってくるね」


 ショッピングモールから出る直前、先輩さんがトイレに行ったので、私は近くの壁にもたれてその帰りを待ちます。

 もう夜だというのに、人の数は衰えていません。どころか少し増えているような気がするほどです。

 先輩さんが帰ってくるまでスマートフォンのカメラを鏡代わりに髪を整えていると、


「ねえ、お嬢ちゃん一人?」


 どこか威圧感のある声が、聞こえてきました。

 スマホから顔を上げると、目の前には三人ほどのガラの悪そうな男の人達。きょろきょろと周りをみますが、お嬢ちゃんと呼べそうな年齢は私だけ。というか他はカップルや家族連れで、一人でいるのは私くらいです。


「い、いえ、今は人を……」


 緊張して、声がうまく出ません。

 また、悪い癖が始まりました。初対面の人など、慣れない人と話そうとすると、喉が痛いくらいに乾燥し、喋れなくなるのです。

 いま目の前にいるような、怖い人たちの前だと、特に。


「ちょっと遊んでいかない? 優しくしてあげるから、さ!」

「きゃっ!」


 強引に手を掴まれ、引っ張られます。


「や、やめ……」


 怖さも相まって、さらに声が出なくなってしまいました。体全体が震えます。それくらいには、怖いです。

 サキュバスは時に男の人を強引に襲うものなので、普通の人間よりも力だけなら強いはずなのですが、半分人間の血が混じっているからか、薬が効いている間の私は普通の女の子よりも非力です。足の力も弱いので、簡単に怖い男の人たちの方に引き寄せられてしまいます。。精いっぱいの抵抗をしても、結果は変わりませんでした。

 そういえば、以前にも似たようなことを経験した事があるような……?

 ああ、そういえば入学してすぐの頃にありました。

 確かあれは、先輩さんと初めて出会った時のことです。




 自分でいうのもなんですが、私はかなりモテます。

 誰かと恋人になったりとか、そういう経験はありませんが、記憶にある限りで小学生の頃から、お母さん曰くは幼稚園の頃から、『告白』というものをされてきました。

 ほとんどの場合は一度も話したことがないような人たちでしたし、それ以外でも特に好きだと思える人が出来たことはないのでずっとお断りしてきたのですが。

 時は流れ、高校に入学した次の日、私はなぜか上級生の方に呼び出されました。どうやら美少女が入学してきた(私のことらしいです)、と聞きつけ、すぐにアタックしてきたみたいでした。

 待ちぼうけを喰らわせるのも可哀そうだったので、校舎裏というなんともベタな場所に行ったのですが、そこにいたのは一人だけではなく、数人の男の人で。いま目の前にいる人たちみたいに、怖そうな人ばかり。

 告白のセリフは、確か「俺の女になれ」とかそんなので。断ると、強引に私の服を脱がそうとしてきました。

 とっても、怖かったです。

 もしかしたらこの後、無理やりされた後に殺されるんじゃないかとか、そんなことも考えてしまったくらいには。

 でも、抵抗の末にブレザーを脱がされた時、そこに別の人影が現れて。

 後から知りましたが、その校舎は図書室のある校舎で、窓際で本を読んでいたその人には、その現場が丸見えだったらしいです。

 その人はヒーローみたいに──とはいかず、私たちの間に入るだけ入って、あっさり殴られて。顔を一発ですけど、骨が折れたんじゃないかと思うくらいに痛々しい音が、静かな校舎裏にやけに大きく響いていました。

 でもその後すぐに、先生が現れました。

 どうやら事前に呼んできていたようで、しかもなんと自分が殴られたところを胸ポケットに入れていたスマホで動画に撮っていたりもして、その人たちは停学になった後、すでに色々な噂が広まっていて、結果的に自主的に学校を辞めたらしいです。

 小説や漫画に出てくるヒーローとは違って、颯爽と現れてかっこよく解決してくれたりとかはなかったですが、私にとってその人は。

 どんなヒーローよりもかっこいい、紛れもないヒーローでした。




 だから今回も、無意識にその人のことを心の中で呼んでいました。

 先輩さん、助けて、と。



「そのあたりにしといてくれない?」



 泣き出しそうになっていた私は、驚いて声のした方を向きました。


「せんぱいさん……」


 先輩さんは私の前に、怖い人たちとの壁になるように立って、


「デートの途中なんだ。邪魔者は消えてくれるか?」


 先輩さんは身長はそこそこありますが、内臓が詰まっているのか心配になる位には細いです。もやしっ子ってやつです。いつも私の代わりに重い本を運んだりしてくれているはずなのに、筋肉なんて一ミリもありません。こんな強そうな人たちと喧嘩になったら、一分も持たないんじゃないでしょうか。


「あ? なんだお前」


 当然、突然割って入ってきた先輩さんは敵意をむき出しにされ、空気がぴりぴりと弾けます。


「俺は後輩ちゃんの…………あれ、なんだっけ?」


 先輩さんは私の方を向いて、聞いてきました。ここは普通、バシッと決めるところでしょうに……。けれど、


「確かに私と先輩さんってどんな関係なんでしょうか……」

「先輩と後輩ってだけじゃちょっと弱いし、友達って言っていいのか分からんしな……」


 怖い人たちを納得させられるだけの関係性……といえば、一つしかないでしょう。嘘をついてしまうことになりますけど。


「分かりやすく、恋人って設定でいいんじゃないでしょうか」


 私にとってものすごく都合の良い提案をすると、先輩さんは頷き、


「よし、それでいこう」


 先輩さんは首を前に向け、


「俺は後輩ちゃんの彼氏だ!」

「いや全部聞こえてんだよ!」


 自信満々に先輩さんが放った言葉は一蹴され、怒鳴られました。


「彼氏じゃないってことだけはわかったから、さっさとそこどけや!」


 何故かさらに怒らせてしまったみたいで、先輩さんの肩がごつごつした手につかまれます。角ばった、傷だらけの手。力を入れられれば、先輩さんの肩が粉々に砕けてしまってもおかしくありません。


「俺たちの方こそ、そこどいてほしいんだけどね。さっきも言った通り、まだデートの途中だから、さ」

「デートは俺らが引き継いでやるから、てめぇみたいなガキはさっさとおうちに帰ってママのミルクでも吸ってろや」

「残念だけどそれはできない。うちのママ、もう二、三年帰ってきてないからな」

「あ、悪い……」


 ……先輩に聞いた限り、旅行に行ってるだけのはずなのですが、家庭の事情が複雑なのだとでも勘違いしたのか、先輩さんの肩から手が落ちました。この人たち、普通に良心は残ってそうです。


「俺には後輩ちゃんを無事に家まで送り届けるという使命があるのでね。で、そろそろ通してもらえる?」


 先輩さんは依然として勝気な姿勢を崩さず、私の手を取りました。優しく、けれどしっかりと、大きな手に包まれて私は思わず肩を跳ねさせました。


「それに、そろそろゲームオーバーだしね」


 先輩さんが怖い人たちの後ろを指さしました。

 そこには、青い制服を着た大人の男の人が数人いて、真っ直ぐこちらに向かってきます。


「君たち、そこで何をしているっ!」


 どこからどう見ても、それは警備員さんでした。


「これだけ人の多いところで騒いでたら、そりゃあ誰かは警備員呼びに行くよね」


 あっけに取られている怖い人たちを置いて、先輩さんは私を引っ張って走り出します。

 暖かい手に包まれて、出かかっていた涙は引っ込んでしまいました。

 変わりに、なんだかお腹の下あたりがどんどん熱くなっていきます。体が火照り、息が苦しくなって──


「後輩ちゃん? 大丈夫?」


 先輩さんの声が、どこか遠くから聞こえたような気がして、意識が途切れました。

 一秒にも満たないたった一瞬だけ。

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