後輩とデート 其の二
ショッピングモールには人が溢れていました。
土曜日なのでそこそこの人混みは覚悟していましたが、まさかここまでとは。
私が思っている以上にみんなショッピングモールが大好きなようです。家族や恋人同士で来るにはちょうどいい場所ですしね。服屋さんも本屋さんも映画館もありますし、フードコートなどで食事を取ることもできます。休みの日の時間潰しには困らないでしょう。
先輩さんと私は、まず映画を見ようということになり(目的地は決めていても、そこで何をするかは空白だったらしいです)、人混みの中を進んでいきます。
「ショッピングモールってこんなに混むんだな……」
私も読んだことのあるミステリ小説を原作とした実写映画のチケットを手に入れ、近くにあった適当なベンチに腰掛けて先輩さんは長い息を吐きました。
「完全に舐めてましたね……」
「それな……」
まだ待ち合わせの時間から一時間も経っていないのに、私たちは精神的にも体力的にも、ものすごく疲労してしまいました。
「……映画の時間まで、なにする?」
「あと三十分くらいありますもんね」
それだけの時間ずっとここで座っているとなると、なんだかとても悲しい気がします。デートとして。いや先輩さんと話しているだけでも私は楽しいので、それでもいいんですけど。でもせっかくのデートなんですから、いつもとは違うことをしてみたいというのもあります。もう二度と、こんな機会ないかもですし。
「……あ、本屋さんに行きたいです」
読書離れが嘆かれるこの時代なら、本屋さんもどんどん閉まっていっているこの時代なら、もはや人そのものと言っていいほどに人しかいないこのショッピングモールの中でも、こんな時代の本屋なら少しは空いているんじゃないでしょうか。そこなら私も先輩さんも楽しめて、心も休められるかもしれません。
「本屋か……あんまりこういうところ来ないから、どんなのが置いてるのか気になるな。うん、行こうか」
「はいっ」
先輩さんの合意も得られたので、ワクワクしながら再び人混みを切り分けていきます。
本屋にも人はそこそこいましたが、人混みと呼ぶに相応しい通路ほどではなく、小さくダンスを踊るくらいならばできそうです。
ひとまずライトノベルのコーナーにいったのですが、道行く人たち百人に聞いたら九十九人は知ってるような人気作だけで、棚も二つだけととても小さく、しかも私も先輩さんも全て読んだことがあるものだったので早々に立ち去って、一般文芸コーナーへとやってきました。
こちらはそこそこの広さがあり、一度はタイトルを聞いたことがある作品から無名の新人のものまで幅広く置かれています。ライトノベルとの扱いの差、酷すぎませんかね……。一般の書店なんですから、アニメ系の専門店とはターゲットが違うというのは分かりますけど、それにしても……ライトノベルにも良い作品はいっぱいあるのに……。
と、隣の先輩さんが棚を眺めて、目を輝かせていました。
「すげぇ、見たことない本がいっぱいある……」
「本屋さんに来たんですから、それは当たり前では……?」
逆に見たことある本しかない本屋さんって、あり得るんですかね? 私の常識の中じゃまずないですけど。
「小さな本屋だと新刊以外全部知ってる本とか、たまにあるんだよね」
「……?」
ちょっと規模が違いすぎて理解が追いつきません。
「なんなら一回、本屋にある本が全部うちにあるやつだったこともある」
「先輩さんの家、一体何冊あるんですか……」
確かとても小さな本屋でも、二万冊くらいは本を置いてあるはずなんですが。
「んー、確か三年くらい前に一週間かけて数えた時は五万冊くらいあったっけな」
「ごまん……?」
やっぱり規模が違いすぎます……まあ先輩さんは家の大きさからして桁が違いますしね。広すぎて私が一人で歩いたら間違いなく迷子になります。あんな長い廊下、テレビでも見たこともなかったですし。
「うちの親、両方とも小説書いてるからさ、自動的に増えてくんだよ。出版社から送られてきたりとかで」
「……ちょっとどんなのか見てみたいですね」
「また明日にでも来るか?」
「いいんですか?」
確か、以前私が先輩さんの本棚が気になるといったときは「女の子が年頃の男の家に簡単に上がろうとすんな」って怒られたはずなんですが。
「昨日は緊急事態だったとはいえ、一回上げちゃってるしね。しかもあんな状態で。今さら何か気にすることもないでしょ」
「じゃあ、明日お邪魔しますね」
土日両方に予定があるなんて何時ぶりでしょうか。もしかしたら生まれて初めてかもしれません。
「ついでに、さっきから後輩ちゃんが見てるその本、うちに全巻揃ってるから貸してあげるよ」
「…………」
このシリーズ、五十巻近くあるんですけどね……。