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後輩とデート 其の一

 その日は雲ひとつない晴れでした。

 六月に入り、最近は崩れることも多かったのですが、天気予報を見ても今日の降水確率はゼロパーセント。昨日の夜に頑張って作った大量のてるてる坊主が効いてくれたのでしょうか

 学校から帰って後に急いで買いに行った、淡い水色のワンピースに身を包み、私は駅前の時計台に背を預けていました。

 普段は下ろしている髪も今日はポニーテールにして、うっすらとですがお化粧もしてみました。いつもはお昼前まで夢の世界にいるのですが、おかげで今日は寝不足です。休みなのに、学校がある日よりも早く起きてしまいました。勝手に目が覚めてしまっただけなんですけども。

 今日はお出かけだから、とお母さんに貸してもらったオシャレな腕時計をみると、あと少しで約束の午前十時。そういえば時計を借りる時、お母さんがものすごくにやにやしていたので、ちょっと恥ずかしかったです。自分の心の中を見透かされているようで。

 デートに誘われて浮かれている私を見透かされているようで。

 そわそわしながら、きょろきょろと見まわすと、見慣れた顔が信号の向こうにいました。あちらも私に気づいたようで、大きく手を振ってきました。なんだか子供っぽくて可愛いですね。

 それに小さく手を振り返すと、ちょうど信号が変わりました。

 先輩さんは休み時間の小学生のように、楽しそうに走ってきます。


「ごめん、待った?」

「はい、三十分ほど」


 私が笑顔で言うと、先輩さんは慌てて時間を確認しますが、すぐに自分が遅れたわけではないと気づき、不思議そうに私を見ました。


「……まだ待ち合わせの五分前だよね?」

「絶対に遅れないようにと思いまして」


 私の家、ここから徒歩五分なので寝坊でもしない限り遅れることはないのですが、本当のことを言うのがちょっと恥ずかしくて誤魔化してしまいました。

 だって、楽しみすぎて気づいたらここに来ていたなんて、言えないじゃないですか。本当は一時間前から来てましたし。三十分前に来てたって言うだけでも顔から火が出そうなくらいだったのに、一時間前って知られたら火だるまになってしまいそうです。


「それで、今日はどこに行くんですか?」


 集合時間と場所だけ伝えられたので、今現在私は今日の予定を全く知りません。先輩さんとお出かけすると言ったらお母さんがお小遣いをくれたので、よほど高いご飯とかではない限りは大丈夫だと思いますが……。

 先輩さんの家はあの大きさですし、高級な焼肉屋さんに連れて行かれる可能性も捨てきれませんよね。そうなったら、どうやって払えばいいんでしょうか。先輩さんに借りて、体で返す……とか?

 ぽっ、と一気に体温が上がった気がしました。いけません、こんな考え。サキュバスに毒されてますね。先輩さんはあんな事があっても手を出してこなかったような人なので、そんな事あるはずないのに。

 私が火照った顔を冷ますためにブンブン頭を振っていると、


「後輩ちゃん、顔赤いけど大丈夫?」

「は、はい! なんでもありゅあせん!」


 ……噛んでしまいました。さらに顔が赤くなった気がします。

 先輩さんは首を傾げながら、


「で、今日行くのは隣町のショッピングモールだよ」

「ショ、ショッピングモールですか」

「うん」

「楽しみです」


 私はあまりショッピングモールに行ったことがありません。休みの日は家から一歩も出ずに本を読んでることがほとんどですし、大きな本屋さんやスーパー、家電量販店など、近所に揃っているのでわざわざ遠くに行く必要がないです。生活に必要なものはお母さんやお父さんが仕事帰りに買ってきてくれますし。

 隣町のショッピングモールとなると、確か数年前に一度お母さんに連れられて行ったの以来でしょうか。電車に乗って遠出することもあまりないので、ちょっと緊張してきました。まあ初デートの緊張に比べれば微々たるものですが。デートの方は緊張しすぎて昨日の晩御飯、あんまり食べられなかったくらいですし。


「じゃ、行こっか」

「はいっ」


 先輩さんは駅の中に向けて歩き出します。その背中を追いかけて、私も切符を買って、改札を通り、ちょうどやってきた電車に乗って、数駅ほど揺られます。休みの日なのに車内は空いていて、簡単に二人分の座席が確保できました。

 ……なんだかとってもそわそわします。

 むず痒くって、唇が勝手にもにゅもにゅ動いて、私は顔を俯かせました。


「どうかした?」


 そんな私をみて、先輩さんは心配そうに声をかけてきます。優しい人ですね。


「いえ、ちょっと……」

「もしかして電車酔いとか? 酔い止めあるけど飲む?」

「そんなのじゃないので大丈夫ですよ」

「そう? 無理しないでね」


 私の背中を優しくぽんと叩き、先輩さんはメモ帳を取り出し、ボールペンで何かを書きだしました。


「何してるんですか?」


 その視線は窓の外に注がれていて、真剣な眼差しにとくんと心臓が跳ねた気がしました。


「んー、風景のメモ」


 生返事にちょっとムッとして、メモ帳を覗き込むと、そこにはインクがびっしりと敷き詰められていて、私は思わず目を見開きました。


「先輩さん、これ、ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「え? 別にいいけど……」


 先輩さんは驚いてましたが、私は構わず渡されたメモ帳をぱらぱらめくり、書かれていた文字を追います。

 そこには、白い紙と黒いインクで、リアルな風景が描かれていました。

 葉の一枚一枚が細かく描写され、木々はまるで生きているかのような存在感を持っています。それも全て文字だけで。ただ一つ、言葉だけで。モノクロなのにカラフルな世界が、広がっていました。

 メモ帳を先輩さんに返しても、そこにあるかのような景色が瞼の裏に写っているみたいで。

 私にはちょっと、先輩さんの事が恐ろしく思えました。

 一体この人は、どれだけの努力を重ねてきたのだろう、と。

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