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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

軋む声は鐘の音に消えて

作者: 日辻

 男が呆気に取られたような表情を貼り付けたまま、私に覆いかぶさり死んでいる様子を(よど)んだ瞳で確かめて息を吐く。

 不意打ちによる意識の空白。そこに入り込むように放った零距離からの一撃は、見事に男の側頭部から後頭部にかけての部位を吹き飛ばし、私は無事に()を殺す事に成功した。


 力の入っていない人体というものは思った以上に重く、男の下から抜け出すにも一苦労だった。なんとかベッドから絨毯の敷き詰められた床へと降り立った私は、脱ぎ散らかされた衣類を拾おうと腰を屈めて気が付く。脳漿(のうしょう)入り混じった血が指先や髪から滴り、こうしている間も絨毯に赤黒い染みを作っている事に。


 軽く溜め息を吐き、再び立ち上がると衣類に血が滴り落ちて汚さないよう避けて、寝室の出口である扉へと向かう。

 扉の先は衣裳室とさらにその先は応接間へと繋がっていて、それらの部屋を含めて現在私以外に人はいない。なぜなら事に及ぶ際、あの男は毎回人払いをしており護衛は応接間の扉の外――廊下に控え、秘書は廊下を挟んで向かいの部屋にいるか、屋敷のどこかで己の業務に従事しているのが平常なのだから。

 それを知っている私は躊躇いなく、けれども音を立てないよう静かに扉を開き衣裳室へと移動する。私の歩いた場所に点々とした染みが出来ているが、構わず血が滴るがまま進み、衣類掛けにある適当な布を何枚か手に取り寝室へと戻る。

 

 戻った私はベッド脇に(あらかじ)め用意されていた水桶へ布を浸し絞ると、頭から順番に血の汚れを拭って落としていく。

 一通り汚れを吸い変色した布を投げ捨て、まだ綺麗な布を手に取り再度拭うこと幾度。最後に髪と体に残った水分を拭き取り、濡れてる箇所がなくなれば落ちている下着を拾って身につけていく。そのままドレスを纏い、壁に取り付けられている姿見の前で身嗜みを整えていく。手櫛で髪を梳いたりしながら、変なところがないか確認。最後に鏡越しに微笑んで良しと頷いた私は、ふと振り返ってベッドへ視線を向ける。

 そこには白いシーツの上で全裸の男が、ぱっくり開いた頭部から脳や頭蓋を露出させ、周囲にべっとりとした脳漿を撒き散らしている光景があった。そんな光景を無感動に眺めながら、この死体をカモフラージュすることは到底無理だろうと考え、さてどうしようかと思案する。

 そしてある事を思いついた私は、目的の物を見つけるべく寝室をしばらく漁り、漸く見つけた目的のモノを懐へと仕舞い寝室から出た。



 応接間へ静かに移動した私は、部屋の中を横切り反対側の壁にある扉へと手をかける。

 扉の先は書斎となっていて、窓を除いた壁を本棚が埋め、執務用の机と椅子があるだけの部屋。そんな部屋に私が来た目的は、机の引き出しの中にある。

 いくつかある引き出しの内、施錠してあるものが二つ。そのうち上の引き出しへ先程、寝室で見つけた鍵を差し込み引き出しを開ける。中には古びた鍵束と指輪、数種類の小さな宝石の入った袋があり、それらを宝石の入った袋へまとめると懐へと仕舞う。引き出しの鍵を閉め、その鍵を片手に書斎をあとにする。

 

 応接間に戻った私は鍵をソファの下へ転がすように投げ入れてから、廊下へ続く扉の前で一旦立ち止まる。少し呼吸を整えて、ゆっくりと扉を開き廊下へと出た。

「む? お嬢様ですか。マティアス様は?」

「今日はもう休むと」

「そうですか。秘書は……っと、そういやさっき下へ降りていったな」

 向かいの部屋の扉を開けて、中を確認した護衛は頭にかきながら呟いた。

「そのうち戻るでしょう。私は自室へ戻ります」

 その背中へと声を掛ける。

「はい。ゆっくりとお休みください」

「おやすみなさい」


 そのまま廊下を進み階段を降りていく。途中で使用人を二人つかまえて、一人は秘書を呼びに行かせ、もう一人と共に部屋へと戻った私は、使用人へいくつかの指示を与える。

 それまでの間ただ待ってるようなことはせず、隣の衣裳室へと移動する。出来るだけ動きやすくかつ一人でも着付けられるタイプのドレスと、小物箱から小物数点を手に取り寝室へと移動する。そのままベッドへ近づき、ベッド脇に備え付けられたサイドテーブルの上に懐から取り出した袋と小物を置く。そして着ていたドレスを脱いではベッドへと放り、先程選んだドレスを着付けていく。

 着替えが終わると、サイドテーブルの引き出しを一つあけて引き出しの奥へと手を伸ばす。天板部分を探ると何かが手に触れ、それをそのまま掴んで手を戻す。開いた掌には小さな銀色の十字架。よく見れば十字架には横から紐などを通せるように小さな貫通穴が開いていて、そこへ先ほどの小物の中からシルバーのネックレスを手に取り穴へと通す。そして十字架付きのネックレスを身に着けた私は、ドレスの下へ十字架が隠れるように仕舞い、次に袋の中から指輪を取り出し右手の中指へ嵌める。

 他に何かあるかと少し思案して、これ以上出来ることはないと思った私は最後に袋を懐へと仕舞い寝室を出て行く。そのタイミングと同じくして秘書が訪ねてきた、と使用人が教えてくれた。そのまま部屋へ通すように伝え、彼を迎えるためにソファへと腰を下ろす。


「お嬢様、何か御用でしょうか?」

 部屋の入口に立ったままの彼をソファの対面へと座るよう促す。

「単刀直入に言うけれど、あの男――父を殺したわ」

「!?」

 使用人は驚愕し固まるが、秘書はぴくりと眉を動かしただけで然程動揺した様子はない。

「驚かないの?」

「いえ……いえ、ええ、これでも驚いてはいますよ。ただ――――」

「ただ?」

「いつかこの日が来ると……マティアス様が貴女をお迎えした日から、分かってはいました」

 そういって秘書は重く息を吐いて続けた。

「貴女を迎えるにあたり、私共で貴女の経歴などを調べさせてもらいました。その中で特に問題となる事項はありませんでした――ある一点を除いては」

「それは?」

「貴女の母親です。クラリス、クラリス=ラコルデール。その名前を聞いたのは十数年ぶりでしたが、私は覚えていました。なぜならその方は――っ!?」

「それ以上言うなら、顔を吹き飛ばすけどいい?」

 予備動作なくソファから飛び跳ねた私は、秘書の上に跨がりその顔面を掴んで告げる。

「そう。貴方は知ったうえで黙っていたのね?なら、あの日あの男を止めなかった時点で貴方も同罪。でも、あの男と違い貴方はその後母に手を差し伸べた。たとえそれが罪悪感による一時的なものでも」

「……その程度で、殺さないと?」

「さぁ?どうしようかしら――冗談よ、今は殺さないだけ」

 掴んだ手を顔から外し、秘書の上から降りて元のソファへ戻る。その際に使用人の姿が消えているのに気付くが、放置しておく。視線を秘書に戻してみればハンカチで汗を拭いつつも、相変わらずこちらを窺うような態度を崩さない。それは顔を掴まれていた時でさえ。

「さて、なぜわざわざ私がこうしてあなた達に教えたか不思議よね?」

「……何がお望みですか」

 小さくため息を吐き、軽く首を振る。

「気の短い人。確かに当主が亡くなったとあれば次の当主を決めなければいけないし、私の身柄を引き渡したりと忙しいものね。その手配のほとんどは貴方が中心となって行うこと。だから今からそのことで頭がいっぱいなのよね?」

「それは……今はまず貴女の――いえ、レティシア様のお望みが何であるか知り、それを叶えることを第一と考えております」

「殊勝な心掛けね。私の機嫌を損ねて実力行使に出られると困ると考えているのかしら? でも、安心して。さっきも言ったように今は殺さない。つまり多少の事は大目に見ると言っているの」

 ここにきて益々私の意図が読めなくなったのか、困惑の色が見え始める。

「わからない? ならそうね、アプローチを変えましょう。私の事を調べて母の事以外、何も引っかからなかったの?」

「え、ええ。特には――」

「孤児院」

 言葉を被せるように告げる。

「私がいた孤児院。貴方達もよく知ってると思うけれど、表向きは身寄りのない孤児を引き取って教育を施したり、地域での奉仕活動を手伝わせたりと教会の慈善活動の一環よね。その運営費がどこから来てるかは置いといて、実態は教会への信者を増やすための刷り込みを行っている。でしょ?」

「頼るべき親も無い子ども達の支えになればと思い、礼拝を勧めたり教義を教えることはありますが、そのような意図はないと述べさせて頂きます」

 私は分かっているとばかりに頷く。

「ええ、そうね。幼い頃から馴染みがあるからといって、そのまま信仰するとは限らない。ならどんな目的で孤児院があるのか――」

「だから、それは子供達が健やかに成長するまでの一時的な――」

 私の言葉に被せるように、秘書は早口で言葉を重ねる。

「神子計画」

 しかし、それも私の一言で止まることになったが。その様子が可笑しくて笑いが零れる。

「貴女は一体……」

 目を細めて秘書は見つめてくる。射竦めるような厳しいものを視線に纏わせて。まるでこちらを見定めるように。

「ふふ、そう睨まなくともここまで言えばもうお分かりでしょう?」

「……」

「私はそのうちの一人。信じられない? そうね、全身隈なく調べても一切の痕跡は残っていないし、そもそもこうして自我を保っているのが不思議よね。通常なら失敗作として廃棄されて然るべき。それが何の運命の悪戯か、こうして貴方達の前に座っているのだから面白いと思わない?」

 恐らく彼の予想した答えの中で最悪に近い答えだったのだろう。僅かばかりだが、次にどうするべきかの逡巡が読み取れる。

「……全てを知った上で数年前にコルノー家の養女となり、マティアス様を殺害する機会を窺っていたのですか」

「勿論よ。あの男さえいなければ私もあの子達も人として死ねるはずだった。何よりも母もああはならなかった」

 悼みの気持ちから、少しだけ瞳を伏せる。

「つまり、復讐の為だったと。そして目的を遂げてしまい、後に思い残すことがないよう私に話して清算してしまおうと思った。その認識で宜しいでしょうか?」

 確認の(てい)を取りながら、さもその通りだろうと言わんばかりの秘書の口調に、思わず肩が震える。 

「何か可笑しかったでしょうか」

 伏せていた瞳を秘書へと戻しつつ、目尻に浮かんだ涙を拭う。

「ふふ、ごめんなさい? やはり気の短い人なのねと思ったら堪えきれなくて。そうね、そろそろ最初の話に戻りましょうか。ああ、その前に一つ確認を」

「……何でしょうか」

「時間は宜しくて?」

 その言葉に秘書は懐から懐中時計を取り出し時間を確認する。そしてパチンという音と共に懐中時計を閉じた彼は、懐へと仕舞いながら口を開いた。

「仰る意味が掴めませんが、そろそろ屋敷の者は寝静まる時間かと――」

「つまりいい頃合なのね、良かったわ」

 ほっと一息吐き秘書へと笑顔を向ける。そんな私の様子に、彼は警戒しながらも困惑の色を浮かべる。どうしてこのタイミングで気を緩めたのか、そして笑顔を向けられたのか分からないのだろう。

「さて、どうして私がこの場を設けただけど、簡単な話なのよ――だって、最初から誰も逃がすつもりはないもの」

 その瞬間、秘書が私へと飛びかかってきた。それだけじゃない。部屋の入口が蹴破られ、そこから護衛として雇われている男達が武装した状態で次々と雪崩込んでくる。

「ふふ、さぁ楽しい夜にしましょう?」



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