ビーズアクセサリーを作りましょう!
転生前、聖奈はビーズアクセサリー作りを趣味にしていた。
(なんちゅうか、キラキラとして可愛いもんが好きやったんよね)
様々な形の小さなビーズを組み合わせ、イメージを考えて形にする。
これだ! と思えるものが出来上がった時など、得も言われぬ幸福感に満たされたものだ。
(あの感動を、もう一度味わいたい!)
そう思ったミナは、九歳になった記念にこの世界でもビーズアクセサリーを作ろうと思い立つ。
幸いなことに、この世界には、プラスチックビーズはなくとも、ガラスや天然石、貝殻、珊瑚などを材料としたビーズがあった。日本のように細密な意匠をこらした複雑なものはなかったが、ビーズを使ったネックレスや腕輪なども当たり前に存在する。
貴族令嬢の嗜みとして、手芸も推奨されていることから、ミナがビーズアクセサリーを作ることに問題はなかった。
(まあ、普通のご令嬢には、刺繍の方が人気やけど)
とはいえ人の好みは千差万別。魔法や武芸に熱を上げるよりはずっといいということで、ヴィルヘルミナのビーズアクセサリー作りは、親から全面的な協力を得ることができた。
用具を揃えて最初に作ったのは、スパイラルロープという技法を使った小粒の真珠と金でできた、華やかな腕輪だ。
二種類のビーズが螺旋を描くように絡まる編み方は、複雑そうに見えて実は簡単。見た目の美しさもあって、聖奈が好んで作っていたアクセサリーだった。
「うん。きれいにできたわ。カンペキ」
大人の手から、半分くらいの大きさの子供の手になってしまったミナ。この手で、上手くできるかどうか不安だったが、出来上がりは満足のいくものだ。
(手の感覚とか覚えているもんやなぁ)
小さな手を握ったり開いたりして、ミナは感慨にふける。
彼女の足元にうずくまっていた真黒な猫――――ナハトが、なにかもらえるのかと「ニャァ」と鳴いた。
「ごめんなさいね、ナハト。あなたのおやつじゃないのよ」
ミナが手を伸ばし頭を撫でれば、ナハトは今度はグルグルと喉を鳴らす。
彼女がナハトを使い魔にして一年。
ゆっくりじっくり時間をかけて向き合ったおかげで、ナハトは今ではすっかりミナに懐いていた。
とはいえ、親を殺されたトラウマが完全になくなったわけではなく、ミナ以外の人間に擦り寄ることは、まだない。
しかし、牙をむかないだけでも上出来だった。
どこからどう見ても可愛い黒猫のナハトに、ミナは目じりを下げる。
(魔獣としては、ちょっと威厳がないかもしれんけど……可愛いし、躾はきちんとできているから問題なしや!)
ミナはナハトを甘やかしつつも、要所要所で厳しいツッコミ――――もとい、躾をしていた。
『お手』も『お座り』も、『三回回ってニャア』だって、ナハトはできる。
(いつかは、人間に対する警戒も全部解いてほしいけど……急ぐことあらへん。ゆっくり大きゅうなろうな)
思いをこめて、ナハトを撫でた。
「スゴイ! こんなに美しい腕輪は見たことがありませんわ!」
ナハトの愛らしさにうっとりしていれば、腕輪を見ていたヒルダが興奮した声をあげた。
「そう? 気に入ってもらえてよかった。それは、ヒルダにあげるものなのよ」
ミナがそう言えば、ヒルダはびっくりする。
「え? え? お嬢さま、これを私に? ……そんな、こんな立派なものを!」
目を見開き、今度はしきりに恐縮しだした。
「大丈夫。使った真珠も金も小粒でたいして価値のないものだから。……知っている? 真珠は、女性の内面の美しさや優しさをより高めてくれるものなんですって」
ビーズアクセサリーを作る過程で宝石にも興味を持った聖奈。
彼女は、当時流行っていたパワーストーンにもはまり、そこそこの知識を持っていた。
友人に贈るビーズアクセサリーには、パワーストーンを使うことも多かったくらいだ。
(合格祈願にアクアマリンとか、ストレス解消にアメジストとか……あとそうそう、星座によっても相性のいい石とかあるんよね)
もちろんだからといって、高価な宝石を学生の聖奈がおいそれと買えたはずもなく、あくまで作るのは限られたものとなっていたのだが――――
(ヴィルヘルミナは伯爵令嬢や。高い宝石も使い放題やもんな! ああ、夢のようや)
贅沢をするつもりはさらさらないが、ビーズアクセサリーに使うような小さな宝石を用意してもらうことに、遠慮はいらなかった。
(なんせ、お父さまもお母さまも、ものすごい高価な宝石をバンバンプレゼントしてくれようとするし)
九歳の誕生プレゼントに父である伯爵がヴィルヘルミナにくれたのは、大きなダイヤモンドのペンダントトップのついたネックレスだった。
子供になんてもんをくれるんやと、思わず呆れ果ててしまったくらいの宝石だ。
(……そういえば、エストマン伯爵家は、裕福な貴族やったもんなぁ)
ゲームの設定を思い出したミナは、父の行動に納得する。
ちなみに、母がくれたのは豪華な子供用のドレスだった。
どうせ直ぐに着られなくなるのに、もったいないと思ってしまったのは内緒だ。
「ですが、お嬢さま――――」
まだ遠慮しようとするヒルダを、ミナは手をあげ遮った。
「真珠には、幸福な結婚のお守りの意味もあるの。……ヒルダ、結婚するのでしょう?」
ミナの言葉に、ヒルダはたちまち真っ赤になる。
長年ヴィルヘルミナの侍女を務めているヒルダは、同じ使用人仲間の男性と来月結婚することになっていた。
それもあって、ミナはヒルダにビーズアクセサリーを贈りたかったのだ。
恥じらうヒルダに、ミナは手作りの腕輪を差し出す。
恐縮しながらも、ヒルダは受け取った。
「……ありがとうございます。一生大切にします。お嬢さま」
「幸せになってね」
ヒルダの目に、真珠よりも美しい涙が光った。