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魔獣の子との付き合い方

とはいえ、ことはそう簡単ではなかった。

翌朝、ミナはヒルダの悲痛な声で起こされる。


「お嬢さま。あの子猫――――ナハトをなんとかしてください!」


寝ぼけまなこを向けた先では、黒い子猫が毛を逆立てて周囲を威嚇(いかく)していた。

ナハトにミルクを飲ませようとでもしたのだろうか、ヒルダは頭からミルクをかぶり、びしょぬれで半泣きになっている。

おかげで眠気が、あっという間にすっとんだ。

部屋の中には毛布や皿が散らばって、まるで嵐の後のよう。



「……どうしたの?」


ミナは呆然と呟いた。


――――昨晩使い魔の契約をしたナハトは、疲れていたのかその後すぐに気絶するように眠った。

その様子に多少慌てはしたものの、契約を通してナハトがただ眠っているだけだということがわかったミナは、そのまま自分の部屋に魔獣の子供を連れ帰る。

ヒルダと二人、ナハトの汚れを落とし、毛布とクッションで簡易な寝床を作ってその中に寝かせたのだが――――



この惨状を見るに、朝起きて自分が見知らぬ場所――――しかも人間の邸の中にいると気づいたナハトは、どうやらパニックを起こしたようだ。

ヒルダの手にはひっかき傷ができ、赤い血が滲んでいる。



「ナハト! 伏せ!」



その傷を見た瞬間、ミナは叫んだ。

ミナの力で名を与えられ使い魔にされたナハトは、主の言葉に逆らえずベシャッと潰れるように床に体をつける。


「……え? あらあら? まあスゴイ! 猫なのに『伏せ』ができるなんて、とっても賢い子猫なんですね!」


ヒルダは単純に驚き感心した。この素直さがヒルダの愛すべき長所だ。

ミルクまみれで半泣きだったのに、すっかりナハトに感心している。


実際には、ナハトは強制的に伏せをさせられているのであり、決して命令を理解して伏せをしているわけではなかった。

論より証拠。黒い子猫の目はランランと敵意をもってミナを睨んでいる。


(……う~ん。 どないしよ?)


ミナは内心考え込む。

このまま力ずくでナハトを従えても、あまりいいことはないような気がした。

なんといってもナハトは魔獣の子だ。今はミナの力が勝っているが、将来はヴィルヘルミナと死闘を演じるくらい強い力の魔獣になるはず。


(ストレス溜めて爆発されたら、笑えんで)


被害は甚大。下手をすれば怪我人だってでるかもしれない。

かといって、そう簡単に野生動物を慣らすこともできそうになかった。


(有名な某アニメみたいに、自分の指を噛ませて『怖くない』なんて、とても言えへんしな)


あれはものすごく痛いはずだ。

絶対やりたくないと心の底から思う。




考えて――――


(……放っとこ)


ミナは、そう結論付けた。


前世で猫を飼っていた経験から、はじめて子猫を家に連れてきた時は、そっと見守るのが一番なのだとミナは知っている。


(猫って好奇心旺盛なわりにデリケートやからな。自分から近づいてくるまで、放っておくのが最善や)


そうと決めればミナの行動は早かった。

ヒルダに着替えるように言いつけて部屋から追い出す。

同時に呼ぶまで来ないでほしいとお願いした。


「ナハトが落ちついたら呼びます」


「ヴィルヘルミナさま、お一人で大丈夫ですか?」


「大丈夫です。きちんと伏せのできるいい子ですもの」


(大丈夫も何も、なんもするつもりないんやけどな)


ニッコリ笑ってミナはヒルダを見送った。




その後、ナハトの魔力は封じたままで、束縛から解放する。

念のため、爪と牙も人には向けないよう命令した。

攻撃はできないが、それ以外は自由に動けるようになったナハトは、一目散に部屋の隅に逃げ込む。

瀟洒(しょうしゃ)な作りの猫足の棚の下に潜った。


そこから警戒心丸出しで、ミナを睨んでくる。


そんなナハトにはかまわず、ミナはベッドの上で両手を上げ「うう~ん」と伸びをした。


『あ、しまった。ヒルダに朝食だけ持ってきてもらうんやった。お腹すいたわ』


ピタッと動きを止め、思わず日本語で呟く。『失敗、失敗』と頭をかいて、ミナはポスンとベッドに倒れ込んだ。

朝食を食べられないとわかったからには無駄な体力は使わない方がいいと、もう一度寝直すことにする。

幸いベッドはまだ温かかった。部屋は少しミルク臭いが、嫌いな臭いではないので気にしなければ大丈夫だろう。


ゴロンと寝返りを打てば、棚の下からミナを睨むナハトと目が合った。


『お休み』


呟いたミナは、両目を閉じる。

そして、本当に眠ってしまったのだった。





――――それからどれくらい経ったのか、何か冷たいものが頬に触れるのを感じ、ミナの意識は覚醒する。

目を開ければ、目の前に真黒な塊があった。


『……うん? なんや?』


ボソリと呟いた途端、ピョンと飛び上がった黒い塊が、ものすごい勢いで離れていく。

そのまま棚の下に潜り込み黒い目がこっちを見つめた。


『あ……ナハトか』


ようやく頭がすっきりしてきたミナは、黒い塊がナハトだということに思い至る。

冷たかったのは子猫の鼻だろう。


(好奇心に負けて出てきたんやな)


しめしめと思うと、そのままベッドから起き出した。

時計を確認すれば、先ほどから三十分くらい経っている。


警戒心たっぷりに彼女を睨むナハトには目を向けず、ドアのところまで歩いた。


「ヒルダ。いますか?」


ドアを開けて声をかければ、待機していたのか、ヒルダが直ぐに現れる。


「遅くなってごめんなさい。朝食を食べられるかしら?」


「あ、はい。もうご用意してあります。お部屋で召し上がられますか?」


「はい。ナハトの分のミルクもお願いします。できるだけ静かにね」


「はい」と頷いたヒルダは、急いで朝食を準備してくれた。

テーブルをセットしミルクを置いて心配そうに振り返りながら部屋を出ていく。


ミナは、ミルクの入ったお皿をコトリと床に置いた。

そのまま皿の方は見ずに自分の朝食を食べはじめる。





……やがて、ピチャピチャと小さな音が聞えてきた。


そちらを向きたい気持ちを押さえて、黙々と食事を続ける。

静かな部屋に響いていた水音は、やがて聞こえなくなった。


足元にフワリとした感触が触れ、スッと離れていく。


視線を向ければ、皿は空になっていて、ナハトがミナを見上げていた。

黒い目には、まだ敵意の色がチラついている。

それでもナハトは、今度は棚の下ではなく部屋の隅に散らかっていた毛布の方へと向かった。

フンフンと臭いを嗅ぎ……やがて毛布の上で丸くなる。

小さくあくびをして、頭を前足の上に乗せた。


(フフ。様子見といったとこか?)


ミナを信頼したわけではないだろう。

ましてや人間を許したわけでも。

しかし、とりあえず今のところ危険はないと判断したのだと思われた。


(今は、それでいい)


急ぐ必要はないのだと、ミナは思う。



『ゆっくりじっくり付き合おうな』



呟いたミナは、上機嫌で食事を続けたのだった。

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