強そうな敵が現れた
一方、地上で諸国漫遊の旅が武者修行の旅にすり替わっているとは思いも寄らぬミナは、空を制しながら八面六臂の戦いを繰り広げていた。
「光よ踊れ!」
短いミナの言葉に応えて、眩いほどの光が無数に弾け、数多の魔獣を呑みこんでいく。
「かなりすっきりしたかしら?」
「フム、手応えがないな」
ミナの言葉に、つまらなそうなレヴィアの声が重なる。
後から後から無限に湧き出るかと思われた魔獣も、既に数十頭を残すほどになっていた。
「手加減しなさすぎだ」
ムスッと呟くのはハルトムート。
「魔獣に手加減などしてはなりませんからな」
ガストンは獰猛に笑う。
「応援の騎士団が来る前に壊滅できるんじゃないか?」
呆れたようなハルトムートの言葉に、ミナは首を横に振った。
「たぶん無理です。この後本命が現れるはずですから」
――――ゲームではそうだった。
懸命に戦って勝機が見えたその時に、今までとは比べものにならないほど強い魔獣が現れるのだ。
そのためにゲームのハルトムートは味方に裏切られ闇落ちする。
「たとえ本命だろうと我らが手こずるはずはないだろう?」
しかしレヴィアは、気にする風もなくそう言った。
彼の指摘は、おそらく正しいのだろう。
論より証拠、ミナたちは、こんな会話を繰り広げながら、魔獣を屠る手を休めていないのだから。
ミナとハルトムート、レヴィアの繰り出す剣は、確実に魔獣の息の根を止め、ガストンの拳は魔獣を空の彼方にぶっ飛ばしていた。
これほどの強さを誇る彼らが、今さら本命の一頭や二頭や百頭に時間をかけるとは思えない。
それでもミナが危惧する理由は、魔獣の強さだけではなかった。
(ハルトムートを闇落ちさせた一番の原因は仲間と思っていた者たちからの手ひどい”裏切り”や。ここはゲームの世界やないし、あたしも学園に通う他のみんなも絶対ハルトムートを裏切ったりしないと思うけど……でも、あの魔道ランプと……それに王太子殿下がいる)
もしも王太子が一連の魔獣騒動の黒幕だったのなら――――
そして、彼の目的が、ハルトムートを陥れることだったのなら――――
実の兄に裏切られたハルトムートは、学園の仲間に裏切られたと同じ結果をむかえるのかもしれない。
(ハルトムートと王太子がそんなに仲がいいとは思えへんのやけど、でもなんちゅうても兄弟やからな。兄ちゃんに裏切られたら、めっちゃショックや…………まあ、そうなったらなったで、あたしがハルトムートをふん縛るだけやけど)
――――ミナの思考は、昔からまったく変わっていなかった。
いっそのこと、王太子の方が魔王に墜ちてくれたなら、バッサリスッパリ討伐するだけなのだが、あの王太子に魔王化するような実力や気概があるようには見えなかった。
「ハルトムートさま。王太子殿下はどんなお方ですか?」
「なんだ? 突然だな。しかもこんなときに?」
ハルトムートは驚いて聞き返してくる。
少し考えたミナは、正直に自分の考えを打ち明けることにした。
「……えっと、実は今回の魔獣の大量発生に王太子殿下が関わっておられるのではないかと思いまして」
突然裏切られるよりも、心構えがあった方がショックは少ないだろう。
「兄上が? ……ああ、でもそうかもしれないな」
少し驚いたハルトムートだが、案外あっさりとミナの考えを肯定した。
「…………ひょっとして、心当たりとかあったりしますか?」
ミナの質問に、ハルトムートは苦笑する。
「少しな」
笑顔のまま大剣を一閃したハルトムートは、黒い竜型の魔獣を真っ二つにかち割った。
イライラをぶつけるような一撃で――――うん。王太子殿下は、相当やらかしているようだ。
詳細を聞いてみてもいいのだが、今は止めておこうとミナは思った。
(絶対、しょーもないことしてるんに決まっているもの)
ちょうどそのタイミングで、周囲に禍々しい気配が満ちた!
今までも十分重苦しかったのだが、それを上回る重圧がのしかかってくる。
空を裂いて現れたのは、四体の人型の魔獣だった。
人型とはいえ、共通しているのは頭があって二足で直立していることくらい、一体には頭に大きな巻角がついているし、別の一体は背に黒い六枚の翼を持っている。一体は獰猛な狼の頭を持つ獣人で、最後の一体には、ステゴサウルスのような鋭いスパイクのついた長い尾があった。
(魔王配下の四天王やないか! なんでこんな序盤にそろい踏みしてるんや!?)
ミナはびっくり仰天する。
彼らは魔物の中では、魔王に次ぐ実力者で、ゲームの要所要所に現れてヴィルヘルミナを苦しめる存在だ。
(要は中ボスなんよね。知能も高いし、やっかいな敵やった)
それが今この時点で四人まとめて現れるとは思ってもみなかった。
(まあ、それだけうちらの実力が強いっちゅうことなんやろうけど)
驚きはしたもののミナの心に焦りはない。
むしろまとめて叩けるのでラッキーくらいの気分である。
ハルトムートや他の仲間たちも誰一人、みっともなく慌てる者はいない。
「なんだあれは?」
「ほぉ~? よく怖れもせず我の前に出てこられたものだな?」
「仕方あるまい。あ奴らは身の程というものを弁えておらぬからな」
「グルルルル――」
順に、ハルトムート、レヴィア、ガストン、ナハトの言葉である。
(っていうか、ナハト、いつの間に? 地下は殲滅し終わったんか?)
さすがと言おうかなんと言おうか、ミナの仲間たちはやはり規格外らしい。
彼女たちの言葉を聞いた四天王の殺気がグン! と強まる。
そんな最中、背後の学園の方から、ヒョロヒョロという効果音がつきそうなほど弱い魔法がミナたちに向かって放たれた。
――――いや、本来ならばそれなりの強さのある魔法なのだろうが、たった今まで数多の魔獣を屠ってきたミナたちにしてみたら、マッチの火よりも弱い魔法に思えたのだ。
避ける気にもなれなかったため放って置けば、その魔法はミナたちのいる高さまで届かぬうちにポスンと自爆してヒューと消えていく。
「…………えっと?」
「なんだ?」
ミナは戸惑い、ハルトムートはムッとして背後を睨んだ。
もちろん四天王にはレヴィアたちが睨みをきかせている。
地上を見下ろせば、目に入ってきたのは、あまりにこの場に不似合いな派手派手しい一団だった。
真紅の制服に金モール。あまり実用性に向かないような装飾過多な剣を持った彼らは、たしか王太子付きの近衛騎士団だ。
その彼らの中心にいるのは、たいへん存在感の薄い王太子殿下だった。
ど真ん中にいるため、かろうじて確認できるのだが、周囲が派手ならば派手なほど、彼は埋もれてしまっている。
(ある意味尊敬するわ。普通狙うてもここまで存在を隠せへん)
これも一種の才能だろう。
「…………兄上?」
ハルトムートも、ずいぶん間を置いてからそう問いかけた。
気がつくのに時間がかかりすぎているのではないだろうか?
「ハルトムート! お前は、そこでそのまま魔族への”生け贄”になれ!」
王太子は、そう叫んだ。




