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魔獣との出会いイベント 2

(うぅっ! カワイイ!)


それは小さな子猫――――に見える生き物だった。

今は夜だし子猫自体が泥にまみれているためよくわからないが、頭の先から尻尾の先まで混じりけのない黒い子猫の姿で目も黒いはず。


(なんせ、魔獣の子やもんな)


実はこの子猫は、さきほどヒルダが言っていた討伐された魔獣の子供だった。

親を殺され自らも傷ついた魔獣の子は、逃げる際に別荘の結界の隙間を潜り抜け庭に迷い込んでしまったのだ。


(それを、ヴィルヘルミナが助けるイベントなんよね)


助けるとは言ってもまだ八歳のヴィルヘルミナにできることは、怪我をした魔獣の子の足にハンカチを巻いてあげることぐらい。

しかし、その際、『よくなってほしい』と願うことで、無意識に癒しの魔法を使うのだった。

詠唱もなしに魔法を発動し、魔獣を治してしまうあたり、さすが主人公である。


その後、自分が既に快復させたとはわからずに、子猫を連れ帰り治療してあげたいとヴィルヘルミナは願う。

しかし、一緒にいたヒルダに止められた。


『子猫の傷が、どの程度のものかわかりません。むやみに動かすのは危険ですわ。別荘から動物の治療のできる者を呼んでまいりましょう』


いつも自分の面倒を見てくれる侍女の正しいと思われる意見に、ヴィルヘルミナは従う。

夜の庭でミナを一人にしたくないと主張するヒルダと一緒に、別荘に向かうのだが……


そのわずかの間に、魔獣の子は姿を消してしまうのだった。


(なんせ、もう快復してもらったんやもんな)


――――この魔獣の子は、長じて魔王となったハルトムートの使い魔となる。

親を人間に殺され人間を憎む魔獣の心と、負の感情を積もらせたハルトムートの心が同調するのだ。


(ヴィルヘルミナのことだけは、自分を助けてくれた相手として温かな思い出にしてるんやけど)


魔獣は、成長したヴィルヘルミナに気づくことなく旅の中で度々彼女と戦う。

ヴィルヘルミナも、巨大な魔獣が昔助けた子猫だと気づけるはずもなかった。

戦いは熾烈を極めるが、一定以上のダメージを受けた魔獣が体力を回復するため自分の巣に戻り、それを追ったヴィルヘルミナが、そこで昔自分があげたハンカチを見つけることで終わりを迎える。


『まさか! あなたは、あの時の――――』


幼い頃の記憶を思い出したヴィルヘルミナと魔獣。

しかし戦う運命(さだめ)(くつがえ)らず、彼女たちは雌雄を決する。

最終的にヴィルヘルミナの勝利で終わるのだが――――



(……あれは、泣けたなぁ)


思い出したミナは、目を潤ませた。


『助けたいと思ったのに……私の手は、何も救えない』


力なく落ちたヴィルヘルミナの手に、最期の力を振り絞った魔獣が鼻先を摺り寄せる。『ありがとう』とでも言うようにペロリと指先を舐め、ドウッ! と倒れた。



『ウッ……ウァァァァッッ』



魔獣の頭をかき抱き、ヴィルヘルミナは号泣する。

光が魔獣を包み、徐々に消えていき――――





(あかん、あかん! 本格的に泣きとうなってきた)


美しかったゲームのシーンを思い出したミナは、慌てて頭を横に振る。

今は、感傷にふける時ではなかった。


現実であんな思いをしないためにも、ミナは頭を上げる。

問答無用で、子猫を抱き上げた。


「ヴィルヘルミナさま!?」


「子猫が泥だらけになっているみたいだわ。別荘に連れて帰って洗ってあげましょう」


そう言った。

ヒルダはびっくりした顔をする。


「子猫ですか? いったいどこから入ってきたのでしょう? ……まあ、本当に泥だらけですわ。怪我をしているのではないですか?」


「大丈夫!」


言いながら、ミナは魔獣の子供に魔法を使った。


「――――癒しの光よ!」


力ある言葉と同時に光が魔獣の子供を包む。

ゲームとは違い一年前から本格的に魔法を習っているミナは、簡単な治癒魔法なら意識して使える程度になっていた。


「これで動かしても大丈夫のはずだわ。後は連れて帰ってからお兄さまに診ていただけばいいわ」


ミナの言葉に、ヒルダも「そうですね」と頷く。


「でもお嬢さま。それではお嬢さまのドレスが汚れてしまいますわ。重いでしょうし私が運びましょう」


言いながらヒルダは、手を差し伸べてきた。

魔獣の子をギュッと抱きしめたミナは、ブンブンと首を振る。


「私が連れて行ってあげたいの!」


強く主張すれば、心配そうにしながらもヒルダは引き下がってくれた。


(絶対、離したりせいへんで!)


ミナはなお強く魔獣の子を抱きしめる。

目を離せば、きっとこの子は逃げ出してしまうと思った。



(そうなる前に、絶対首輪につないだる!)



ミナは、固く決意する。


「ねえ、ヒルダ。私、この子を飼いたいわ。きっとこの子は神さまが私にくださった誕生日プレゼントなのよ」


(飼って、きちんと(しつけ)して……ほんでもって、デロデロに甘やかして可愛がってやるんや!)


幸いにして日本の聖奈の家には猫がいた。(つがい)で飼っていたから子猫を生んだこともあり、猫の育て方はよく知っている。


(まあ、猫じゃなくて魔獣やけど。……問題は成長してからの魔獣の姿やな。早いうちに使い魔にして猫の姿を固定させんといかん)


使い魔は主の望む姿に変化できるはず。

本来の魔獣は全長十メートル。体高五メートルはあろうかという黒豹の化け物みたいな姿だ。あれはあれでカッコイイのだが、人間の中で飼うには問題ありまくりだ。


(そうと決まれば、善は急げや!)



「決めたわ! この子の名前は“ナハト”よ。キムゼ湖の近くで見つけたからナハト・キムゼというのは、どうかしら?」



「ナハトですか? ……まあ、確かに夜みたいに真黒な仔猫ですけれど」


ナハトというのは夜という意味である。

すっかり飼う気になって名前まで付けるミナに、ヒルダは困ったように微笑む。


「でも、お嬢さま。この子猫が、既に別の誰かの飼い猫だという可能性もありますからね。飼うのはそれを調べてから。もちろん、旦那さまと奥さまのお許しもいただかなきゃいけません」


釘をさす侍女に、ミナは「わかっています」と頷いた。

魔獣の子を誰かが飼っていたはずもないし、ミナに甘い両親がミナの願いを断るはずもない。


(つまり、飼うことは、もう決定事項や!)



「ナハト、あなたの名は“ナハト・キムゼ”よ。……よろしくね」



呼ぶ名に力を込めて、ミナは声を出す。


実は、魔獣に名づけるという行為は使い魔にするための第一段階だった。

ヒルダに背を向け、その視線を遮れば、ミナの腕の中で魔獣の子――――ナハトの体がほんのり光をおびる。

黒い目が、ミナを見上げた。



「私はミナ。“ヴィルヘルミナ・エストマン”。あなたの(あるじ)よ」



名の交換で、光はナハトの体に吸収される。



ミナは、正式にナハトを自分の使い魔としたのだった。

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