魔獣との出会いイベント 1
そのまま時は過ぎ、ヴィルヘルミナは八歳の誕生日を迎える。
「――――我が声に応えよ。光の子らよ!」
ミナの声に導かれ、小さな光の明滅が夜の庭に現れた。
ここはエストマン伯爵家の別荘。
明日に迫った八歳の誕生パーティーを、領地で行う予定のヴィルヘルミナは三日前からここに滞在している。
家のしきたりで、家族の誕生パーティーは、王都と領地で代わる代わる祝うことになっているからだ。
そうすることにより、国と領地両方に愛着と責任を持つ人間になるのだというのがエストマン伯爵家の教育方針だった。
伯爵領最大の湖キムゼのほとりに建つ別荘には広大な庭があり、月明かりの中、ミナは侍女のヒルダを連れて夜の散歩に出ている。
「うわぁ~! キレイ。さすがです。ヴィルヘルミナお嬢さま!」
二十一歳になっても変わらずミナの側にいる侍女は、ミナが生み出した光に素直な感嘆の声を上げた。
「フフ。すごいでしょう? 先日ならったばかりの召喚魔法なのよ。まだ小さな妖精しか呼びだせないけれど、いずれ妖精騎士も呼びだしてみせるわ」
褒められてまんざらでもないミナは、胸を張って宣言する。
「まあ。お嬢さまったら。大きく出ましたね」
八歳の子供の語る壮大な夢にヒルダは微笑ましそうに笑った。
――――この世界には妖精がいる。
自然物の精霊で、今ミナが呼び出したような形を持たぬ低位の妖精から、獣や人型を持つ高位妖精まで種々様々な妖精が世界中に存在しているのだ。
妖精騎士は、高位妖精の中でも最上級に位置する妖精だった。
そんな存在を召喚できるのは、国でも五本の指に入るような大魔法使いのみ。
ヒルダの言葉や態度は、常識をわきまえた大人としては当たり前の反応だ。
しかし、ミナはちょっとムッとした。
(夢やあらへん! ヴィルヘルミナは、将来妖精騎士を仲間にするんや!)
心の中で叫ぶ。
――――それは物語の後半。
魔物の進攻がついに妖精国へもおよび、危機に瀕した妖精たちを助けるため、妖精騎士がヴィルヘルミナの仲間となるのだ。
(カッコよかったなぁ、妖精騎士。ハルトムートとはまた違う大人の魅力っちゅうかなんちゅうか。……うん。眼福やった)
ゲームの妖精騎士登場シーンを思い出したミナは、しみじみ感慨に浸る。
厳密に言えば、ヴィルヘルミナは妖精騎士を召喚したわけではなかった。
妖精騎士は、自らヴィルヘルミナの元を訪れ共に戦うことを申し出てくれるのだ。
(でも、戦いの中で彼はヴィルヘルミナの実力を認めてくれるんや。……『君になら仕えてもいい』とまで言うてくれたし)
つまりそれは、普通に召喚できる可能性もあるということだろう。
冒険の旅に出る予定のない今のミナは、このままいけば妖精騎士とは出会えない。
しかし頑張って修行していけば、いつかは妖精騎士を召喚できる力を持てるかもしれなかった。
(ううん! 絶対やったるで!)
心の中で、ミナは固く誓う。
「お嬢さま。そろそろ邸の中に戻りましょう」
そこへ、ヒルダが声をかけてきた。
庭とはいえ夜なのだ。湖から吹く風は冷たく体を冷えさせる。
ミナもヒルダも十分厚着をして、寒さ対策はしてきたが、それでも夜の庭は八歳の子供がそんなに長く出ていい場所ではなかった。
「近くに魔獣が現れたという話も聞きましたわ。別荘の周囲には結界がありますから大丈夫だと思いますが、……万が一ということもあります。早く戻りましょう」
不安そうにヒルダは表情をくもらせる。
「あら? その魔獣は討伐されたのではないの?」
ミナがたずねれば、ヒルダは驚いたような顔をした。
「それは、そうですが。……私はお教えしませんでしたのに、お嬢さまよくご存じでしたね?」
今日の昼間魔獣が現れ討伐されたのは、事実だ。
ただ血なまぐさい話であったためなのか、ヒルダはその話をヴィルヘルミナにしなかった。
今も、魔獣が現れたとは言ったが討伐の件には触れなかったくらいだ。
「……別荘の使用人たちが、話していたのを聞いたのです」
ミナの答えに、ヒルダは「そうですか」と納得した。
(……嘘やけどな)
心の中で、こっそりとミナは呟く。
そんなもの聞かなくても、彼女はその事実を知っていた。
これは、ゲームのイベントなのだ。
「わかったわ。……でも、もう少しだけ先に行ってからでもいいでしょう? ね、お願いヒルダ」
だから、ミナはヒルダにそう言った。
小さな両手を顔の前で合わせ、首を少し傾ける。
「し、仕方ありませんね。もう少しだけですよ」
可愛いミナの姿に、優しいヒルダは許してくれた。
(やった! 成功や!)
心の中で、拳を握るミナ。
これからここでゲームのイベントが起きるのだ。
そのイベントには、昼間討伐された魔獣も関わっている。
(あと、もうちょい先のはずなんやけどな)
ヒルダが手に持つ懐中魔法灯の明かりを頼りに、ミナは闇に目を凝らす。
そうして歩いていけば、十歩ほど先でガサッ! と草木を揺らす音がした。
(いた!)
タッと、ミナは駆け出す。
「あ! お嬢さま?」
音のした辺りの茂みをかき分け、――――ミナは探していた“もの”を見つけた!