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現実は厳しい……

その後、ヴィルヘルミナの訓練は、順調には――――進まなかった。


(くぅ~っ! これが、現実っちゅうもんか)


ゲームでは学園でチュートリアルとして戦闘の授業を受け、その後は王都周辺の草原や森林といった戦闘フィールドで雑魚(ざこ)モンスターを倒していけば、サクサクとレベルが上がったのだが、現実でそんなことができるはずもない。


(だいいち、レベルなんてないし!)


いや、あるのかもしれないが確認のしようがなかった。


(ステータス画面を見ることもできんしな)


できるのは、毎日毎日兄のアウレリウスと一緒に走ったり柔軟体操をしたりの準備運動を繰り返すこと。

そしてその後は、実戦訓練を積む兄の横でひたすら基礎訓練に明け暮れるのだ。


(魔力の体内への巡らし方とか、剣の素振りとか、めちゃくちゃ地道なことばかりや)


それでも、現実ではそうやって一歩一歩進む以外の道はなかった。


しかも、この基礎訓練が案外難しい。

家庭教師には『そのお年で、ここまでおできになるとは天才です!』なんておだてられているが、どうにもリップサービスくさかった。


(雇用主の愛娘やしな。――――ようは、社長のお嬢さんてなもんやろ)


体の隅々まで魔力を満たす訓練で、十分と持たずに魔力切れを起こしたミナ。

ハアハアと息を切らし、地面に膝をついているところに、そんな褒め言葉をかけられても、信じられるはずもない。


「お兄さまは、この状態で剣を振るえますのに」


悔しそうに呟けば、剣に魔法を纏わせる訓練をしていたアウレリウスが、手を止めて近づいてきた。


「私はミナより四つも年上だ。当たり前だろう」


呆れながらも、彼女の背中を撫でてくれる。

その様子は、妹の面倒を甲斐甲斐しくみる兄そのもの。


(まあ、表情はデレデレしていて、しまりないけどな)


せっかくの美少年が、だいなしだった。


「ミナ、少し早いけれど休憩にしないかい? 根を詰めすぎては、いけないよ」


優しく微笑む姿も、麗しい兄妹愛に満ちている。

一緒に訓練をするようになったはじめの頃はぎこちなかったアウレリウスの態度も、最近ではすっかりこの調子だ。

それもこれも、ミナが積極的にアウレリウスに甘えたためである。


今ではもう彼のトラウマは、影も形もなかった。


(まあ、ここまでデレるとは正直思わんかったけど)


あの無愛想はどこにいったのかと思うような激変ぶりに、父も母も使用人たちも戸惑っている。

ヒルダも、呆れ切った表情でお茶の準備をはじめようとした。

それを見たミナは、慌てて立ち上がる。


「大丈夫です! まだ頑張れます。授業を続けてください!」


継続は力なり。千里の道も一歩より。


(こんなところで挫折できるかっちゅうんや! あたしは、ハルトムートをふん縛らなぁあかんのやで!)




――――正確には、ハルトムートの闇堕ちを防ぐのが目標で、ムリに縛る必要はない。




「……ミナ」


「お兄さま、お願いです!」


しっかり目を見て頼めば、アウレリウスは渋々といったように折れてくれた。


「仕方ないね。……でもダメだと思ったら直ぐに言うんだよ。何より大切なのは、ミナの健康なのだからね」


耳を赤くしながら、ミナの頭を撫でるアウレリウス。


「はい! お兄さま」



(やるで! 絶対、天才魔法剣士になってやるんや! そんでもって、ハルトムートをふん縛る!)



健気に頷く可愛い妹の心の声が聞こえないことは、アウレリウスにとって、何よりの僥倖(ぎょうこう)であろう。


こんな風に、ヴィルヘルミナの訓練は続いていった。

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