世の中には、怒らせてはいけない人がいるのです
「……へ?」
ミナは、ポカンと口をあけてしまう。
いささか――――いや、かなり間抜けな顔になっているのだが……それも仕方ないだろう。
(今、最低とか聞こえたんやけど?)
目の前の少女をガン見する。
フランソワーヌの後ろでは、エレーヌがこめかみに手を当てていた。
銀の髪の侯爵令嬢は、またフフッと笑う。
「ハルトムートさまは――――“わがまま”で“傲慢”。思いやりの欠片もない“自己中心”なお方。……あの当時は、婚約なんてしたくもないのに私たちと強制的に会わせられていることに不満をお持ちだったのでしょうが……その不満を遠慮無くこちらにぶつけてくる“身勝手”さもお持ちで――――どこをどうとっても、好意的に思えるところが一つも無い、最悪な“お子様”でしたもの」
優しい笑みを浮かべながら、フランソワーヌは、辛辣な言葉を重ねる。
「……フランソワーヌ、ダダ漏れがすぎるわよ」
さすがに聞き流せなかったようで、エレーヌが注意した。
「あら? これでもずいぶん控えめに言っていますのに?」
「……うん。フランがハルトムート殿下に怒っていたのはよく知っているから。頼むからもう少し言葉を選んであげて!」
エレーヌに懇願されたフランソワーヌは、仕方なさそうにため息をつく。
顔を引きつらせるミナに目を向けた。
「ハルトムートさまが闇属性とわかったとき、私、正直に申し上げて『ざまぁみろ』と思いましたの。他の皆さまから冷たい目を向けられても『自業自得だわ』としか思えませんでした。婚約者候補のお話も早々にたち消えて、心底ホッとしたのですよ。――――私は、魔法属性に偏見はございません。私がハルトムートさまにお味方しなかったのは、ハルトムートさまが闇属性だからではなくて、ハルトムートさまがハルトムートさまだったからですわ」
ミナは頭を抱える。
思い起こせば、ハルトムートが闇属性だとわかった時、ヴィルヘルミナの父も兄も、ほとんど同情していなかった。
つまり、それくらいハルトムートは、わがまま王子さまだったのだ。
(……ここまで嫌われるっちゅうんは、相当だったんやろうな)
フォローもできないミナに、フランソワーヌは明るく笑いかける。
「おそらくこれは私だけでなく、他の婚約者候補の方々や、ご学友候補の方々も、皆さま同じ思いでいらっしゃると思いますわ。――――そういうことですので、クラスメートの属性への偏見は私の方でなんとかしますから、そのかわり、ハルトムートさまの方はヴィルヘルミナさんでなんとかしてくださいませね」
「……え?」
「ハルトムートさまについては、私たち全員、もうとっくにさじを投げておりますの。……でも、大丈夫。ヴィルヘルミナさんなら、きっとできますわ。……現に、入学式以降、ハルトムートさまは、変わられつつありますでしょう?」
そんなことを言われたって、ミナにはわからなかった。
(あたしは、前のハルトムートなんて全然知らんのやし)
ただ、きっとフランソワーヌの言うとおりなのだろうなとは、思った。
目の前の少女の苦笑が――――ハルトムートをコテンパンに罵りながら、なんとかしてほしいと頼んでくる姿勢が、そう思わせる。
だから――――
「わかりました」
ミナは、しっかり頷いた。
どのみちハルトムートをこのままにしておくわけにはいかないからだ。
フランソワーヌは、とても嬉しそうに笑った。
しかし、すぐに真顔になって話を続ける。
「ハルトムートさまの件については、我が家はまだ態度を保留しております。婚約者候補から外れたのも、王家からの提案であって、我が家から申し入れたわけではありません。……娘の私が言うのもなんですが、父は、腹黒い“狸”なのです。闇属性のハルトムートさまを擁護することはありませんが、王家の方針が決まるまでは、積極的に害しようという動きも見せないでしょう。……私が、間接的にハルトムートさまに利する行いをしたとしても、派手に目立たぬ限りは黙認すると思いますわ」
十歳の少女が父親を語るにしては、あまりに冷静な観点だった。
(……やっぱり、侯爵家、怖い)
こっそりとミナは呟く。
「それより、すみませんヴィルヘルミナさん、ここのビーズの留め方なのですが――――」
もうこの話は終わりということなのだろう、フランソワーヌは作りかけのビーズアクセサリーを差し出し、申し訳なさそうにミナに質問してくる。
そこにいるのは、気弱そうな十歳のご令嬢だ。
彼女の後ろでは、エレーヌが苦笑して肩をすくめている。
(……フランソワーヌだけは怒らせんようにしよう)
心に誓うミナだった。




