爆弾発言されました!
その翌日の昼休み。
「ヴィルヘルミナさん、すみません、ここはどうすればいいのですか?」
ミナに対し、申し訳なさそうに聞いてくるのは、フランソワーヌだ。
「ああ、そこは最初に通したビーズの両側から交差させるように糸を通してみてください。――――そうそうとてもお上手ですよ」
ミナの言葉に従ってうまく糸を通せたフランソワーヌは、嬉しそうに微笑む。
「ヴィルヘルミナさん! 見て、見て! 私、三十個のビーズボールができたのよ!」
そう言って元気よく話しかけてくるのはエレーヌだ。手には、キラキラと美しいビーズを球状に編んだビーズボールを持っている。
「まあ、はじめて少ししか経っていないのにもう三十個ができるなんて、エレーヌさん、すごいですわ!」
ミナが褒めれば、エレーヌは頬を紅潮させて笑った。
「本当にキレイ。……私も負けないように頑張りますわ!」
うっとりとビーズボールを見ていたフランソワーヌは、エレーヌに負けまいと自分のビーズに集中する。
「ヴィルヘルミナさま。私のものも見ていただけますか?」
「私のものも!」
「私も」
ミナの周りに、クラスメートの少女たちが、我も我もと押し寄せてきた。
昨日のぼっちとは一転、今日のミナは人気者だ。
フランソワーヌとエレーヌが、ミナと一緒にビーズアクセサリー作りをすると聞いたクラスメートの女子たちが、みんな一緒に参加したがったからである。
この場にいない女の子はルージュくらいだろうか。
(一番一緒にやりたい子がいないっちゅうんは、残念やけど)
ともあれ、ぼっちとは雲泥の差だ。
ハルトムートとルーノは、昼休みになった途端、昨日と同じようにいなくなった。
レヴィアに調べてもらったところ、また立ち入り禁止の屋上にいるそうで、二人でお弁当を食べているらしい。
特に変わった様子は見られず、ハルトムートが何を秘密にしているのかはわからずじまいだった。
それが気にならないわけではないものの、どうしても知りたいかと言われればそうでもなく――――結果、ミナはその秘密については放置している。
(誰だって秘密のひとつやふたつあるもんや)
ハルトムートやルーノに危険がないのなら、無理に知る必要はないだろう。
それより今は、フランソワーヌを筆頭としたクラスメートの少女たちと親交を深める方が重要だった。
(仲良うなって、闇属性への認識を改めてもらわな、あかんもんな。……ホントは、今すぐにでも更生させたいんやけど……急いては事をし損じるや!)
そう思っていたのだが――――
「ヴィルヘルミナさまは、魔力が多く、勉強も運動も秀でていながら、こんなステキなビーズアクセサリーまでお作りになれるなんて、本当に素晴らしい方ですわ! やはり、希少な光属性をお持ちな方は違いますわね」
一人の少女が、クラスメートの中心にいるミナに阿るようにそう言った途端、ミナは、スッと表情を消した。
「……それは、私を馬鹿にしていらっしゃるの?」
静かに聞き返す。
発言した少女は、きょとんとして「え?」と口を開けた。
「そ、そんな! 私は褒めたのであって――――」
「だって、あなたのおっしゃりようでは、私が優れているのは光属性を持っているからだという風に聞こえますわ。――――魔力も勉強も運動も、私の力は、属性以前に私個人が努力をしてきた結果です。ましてやビーズアクセサリー作りは、魔法にはまったく関係ないこと。どうしてそこに光属性がでてきますの?」
不機嫌を隠さずに問えば、少女はたちまち顔色を悪くした。
「……私、そんなつもりでは」
「では、どんなつもりでしたの? 属性だけ見て、私自身を見てくださらないなんて、あんまりだと思われませんか?」
ミナの言葉に、少女は泣き出しそうになった。
そんな少女の傍らに、フランソワーヌが立つ。
「ヴィルヘルミナさん、どうかそのへんで許してあげてくださいませんか」
おっとりとした侯爵令嬢は、困ったように笑った。
「この子には、私がよく言い聞かせますから。――――大丈夫ですわ。ヴィルヘルミナさんが属性になんの偏見も持っていないこと。むしろ偏見を持つことを忌み嫌っていることは、入学式以降のご様子を見てわかっていますから。……私たち高位貴族の子供は、そういった他人の思惑に注意するよう教育されますけれど……彼女は男爵家。配慮が至らなかったところは、今回だけ大目に見ていただけませんか?」
おとなしそうなフランソワーヌに、そう懇願されて――――ミナの背中に寒気が走った。
(こ、怖っ! 侯爵令嬢、怖っ! 十歳やのに、そんな教育受けてるん?)
エレーヌの影に隠れ、侯爵令嬢といいながら目立たない地味なタイプと思っていたフランソワーヌ。
しかし、どうやら彼女はおとなしいだけのご令嬢ではないようだ。
彼女の意外な一面にミナは驚いてしまう。
フランソワーヌは、フフッと声をあげた。
「もちろん、他の子たちにもきちんと言い聞かせますから、ヴィルヘルミナさんはご心配なさらないでくださいね。せっかく同じクラスになったのですもの、みんな楽しく学園生活をすごしたいですわ。……そのためなら、私にできる協力は惜しみませんわよ」
非常に力強い言葉だった。
「……どうして?」
しかしミナは疑問に思う。
フランソワーヌ――――いや、彼女を筆頭とした女生徒たちは、表だってハルトムートを攻撃こそしなかったものの、彼の苦境に手を差し伸べる風ではなかった。
闇属性の王子を忌み嫌い、蔑んでいた風さえあったのだ。
ここでハルトムートを擁護することは、ゾラ侯爵家の意向に反しないのだろうか?
不思議に思うミナに対し、フランソワーヌは目を細くする。
「私、入学以前にハルトムートさまとは交流がありましたの。……婚約者候補のひとりとして、定期的に王宮に上がっていましたわ」
言われてみれば当然だ。
ハルトムートは第二王子。
ゲームではヴィルヘルミナと出会い、意気投合したハルトムートに他の婚約者候補はいなかった。
しかし、そもそもヴィルヘルミナと出会わなかったハルトムートならば、婚約者候補の一人や二人いるのが当たり前。
いない方がおかしいくらいなのだ。
侯爵令嬢であるフランソワーヌが、その中の一人になっているのは不思議でもなんでもないことだった。
フランソワーヌは、淡々と言葉を続ける。
「――――でも、ハルトムートさまは、婚約するお相手として“最低”なお方でしたわ」
おとなしそうな侯爵令嬢は、はっきりとそう言った。




