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王子さまと一緒に住むことになりました

ミナは大きく目を見開いた。

王子さまというのは、もしかしてもしかしなくてもハルトムートのことだろうか?


ミナの父は、苦笑を浮かべた。


「朝、私と母さまに急用が入っただろう? 実は王宮に呼ばれたんだよ。陛下直々のご命令でね。しばらくハルトムートさまを我が家でお預かりすることになった」


思わぬ言葉にミナはポカンとする。


「ハルトムートさまを?」


そんなバカなと思った。


(ハルトムートをエストマン伯爵家で預かるなんて、あたしは知らんで!)


それはゲームのシナリオにはない出来事だ。

ゲームではこの後もハルトムートはずっと王宮暮らし。針の(むしろ)のような環境の中、唯一学園でヴィルヘルミナに会えることだけを心の支えに成長していくはず。



「ハルトムートさまは今現在、城でたいへん困難な立場に立っておられてね。ずっと塞ぎこんでもおられるのだそうだ。それで宮廷医が環境を変えてみることを勧めたらしい。陛下と王妃さまは相談なさって宮廷医の進言を受けることにされたそうだ。宰相も含めての検討の結果、ハルトムートさまの転居先として闇属性を押さえられる光属性のお前のいる我がエストマン伯爵家に白羽の矢が立った」



驚き混乱するミナに対し、伯爵が淡々と説明してくれる。

ただその口調は呆れ半分で、ミナと同じ青い目はまったく笑っていない。

なんだかんだと理由をつけているが、要はハルトムートは王宮から厄介払いされたのだ。

押し付けられた伯爵の怒りは、おそらく国王と王妃へのもの。


王妃の従妹である夫人は申し訳なさそうに謝った。


「お従姉(ねえ)さまが、ごめんなさいね。私もなんとか思いとどまってくださるよう一生懸命お諫めしたのだけれど――――」


王妃はただただ泣くばかり。とても話を聞いてくれる様子ではなかったという。


「君のせいではないと言っただろう。それに、先ほどの代表挨拶を聞く限り、あのわがまま王子も多少は見どころがあるじゃないか。……鍛えがいがありそうだ」


ニヤリと笑う伯爵は、正統派美形なのにものすごく悪い顔をしている。


(なんでや? なんでそんなことになったんや?)


ゲームとはまったく違う展開にミナは戸惑っていた。




しかし――――考えていくうちに、それもありかと思えてくる。

ゲームと違うのは、なにもハルトムートだけではない。既にミナの周囲もゲームからかなり逸脱していた。


卒業するまで疎遠なはずの兄――――アウレリウスと良好すぎるくらいに良好な関係を築いていたり。

ゲーム終盤で戦う魔獣の子――――ナハトを従魔にしていたり。

同じくゲーム終盤でしか会えないはずの妖精騎士――――レヴィアの忠誠を受けていたり。

旅の途中の遠国で仲間になるはずの孤児出身の魔法使い――――ルーノと同級生になったり。


(なにより、私自身かなりレベルが上がっているはずやもん)


ゲームとは違いステータス画面を見ることなどできないが、毎日厳しい鍛錬を積んできたミナは、ゲームのヴィルヘルミナよりかなり強くなっているはず。


これだけミナの環境が違ってきているのだ。ハルトムートの環境が違っても不思議はない。





呆然と考えている間に、いつの間にかミナたちは移動していたらしかった。

アウレリウスに手を引かれ気づけば目の前にハルトムートがいる。



「王宮を出るなんて、俺は聞いていないぞ!」



十歳の少年は、近づくミナたちには気づかず目の前の男性に怒鳴っていた。


「ハルトムートさまのためなのです。どうぞお聞きわけください」


相手は第二王子の侍従長。

ゲーム内で見たことがある顔でミナは直ぐに気づく。


白髪頭の老人は、どこか怯えているようにハルトムートから距離を取っていた。


「どうして城から出るのが俺のためなんだ!? 俺はそんなこと望んでいない!」


「……国王陛下のお言いつけです」


それが全てで絶対のように侍従長は厳かに告げる。

実際この国は王政なのだから、彼の言うことは間違ってはいない。


(でも、それを十歳の子供に言うか!?)


老人の態度にミナは怒りを覚えた。

同じ気持ちなのか、伯爵がカツカツとわざと大きな靴音を立ててハルトムートと侍従長の側に近寄っていく。



「それでは殿下のご質問の答えになっていないだろう」


厳しい叱責の声に、侍従長はハッと顔を上げた。エストマン伯爵の姿を認め慌てて頭を下げる。


そんな侍従長を無視した伯爵は、ハルトムートの前に立つと胸に手を当て略式の礼をした。


「お久しぶりです。殿下。エストマンでございます。先ほどは娘がお世話になりました」


ハルトムートは、突然現れたエストマン伯爵に驚いた顔をする。その後、彼の言葉を聞いて不思議そうに黒い目をパチパチと瞬かせた。



「……娘?」


呆然と伯爵を見上げる。


「ええ」と伯爵は頷き、胸に当てていた手を外しミナの方を指し示した。


「ご一緒に挨拶をさせていただきましたでしょう?」


手の動きにつられゆっくりと振り返ったハルトムートは、ミナを見つけて目を大きく見開く。



「……あ? あ、そうか、エストマンって。……お前は伯爵の娘だったのか」



呆然と呟く声には驚きの色が濃い。

どうやらミナと伯爵を親子と思っていなかったようだ。


(あたし言ったよね? エストマン伯爵の娘ヴィルヘルミナですって)


あれだけはっきり言ったのに何を聞いていたのだろう?


(ああ、いや。あのたいへんな状況じゃ名前と情報がつながらなかったんやもしれんな)


なんといってもハルトムートは十歳。エストマン伯爵と聞いてすぐにミナの父が思い浮かばなかったのだろう。

伯爵令嬢という身分の情報だけを取り入れたのかもしれない。



(それにしたって、わかりそうなもんやけど)


それだけハルトムートが、いっぱいいっぱいだったということだ。

魔法属性が判明してから王宮では日々腫れもののように扱われ、迎えた入学式でも拒絶されれば無理もない。


驚きも冷めやらずミナをポカンと見つめるハルトムートは、ごく普通の子供に見えた。

身長はミナとほぼ同じくらい。

顔色は青白く、黒い目の下には子供なのにくっきりとしたクマができている。


(さっきも、横で挨拶していて気になったんよね)


あらためてハルトムートの顔を正面から見たミナは――――決意を固めた。

兄の手を放しハルトムートに歩み寄る。



「――――ハルトムートさま、一緒に家に帰りましょう」



そう言うと手を伸ばし力なく下がっていたハルトムートの手を握った。

多少不敬かもしれないが……今さらである。




「……家?」


まだ呆然としながらハルトムートが聞き返してきた。


「はい。先ほど父に聞きました。今日から我が家にハルトムートさまをお迎えするのだと。どうぞ仲良くしてくださいね」


とびっきりの笑みを浮かべて可愛らしくお願いする。

ミナ渾身の笑顔で、この“お願い”で落とせなかった相手はいない。


なのに、ハルトムートは大きく顔を引きつらせた。




「……なんだ、お前? 悪いものでも食べたのか?」


気味悪そうに聞かれてしまった。

ミナの頬がピクピクと引きつる。


「嫌ですわ。式が終わったばかりで食べる暇などあるはずありませんでしょう?」


「だって、さっきと変わりすぎだろう!? お前がそんな風に笑っても気味悪いだけだ!」


ハルトムートの気持ちもよくわかる。

わかるが、可愛い女の子に向かって『気味悪い』はないだろう。

ミナの目が据わる。



「ハルトムートさまとは、一度じっくりお話をさせていただかなくてはなりませんわね。我が家にお出でいただくのはいい機会です。……さあ、さっさと参りましょう!」



言うなりグイグイと手を引き歩き出した。


「なっ!? おい、誰が行くと言った! この手を放せ!」


焦ったハルトムートがジタバタと抵抗をはじめるが、ミナは意に介さない。


(レヴィア、姿を消して後ろから彼を押してちょうだい)


(やれやれ、主の命とあれば仕方ない)


(ナハト、影からハルトムートの足を操って)


(ニャァ~)


他人には見えない二人の力を借りてミナは進んでいく。




「え? え? え? ……どうして体が勝手に動くんだぁ~!?」


「まあ、ハルトムートさまったら恥ずかしがり屋さんですね。嫌がるふりをなさるなんて」


ホホホと笑ったミナは、あっさりハルトムートを連れ去っていく。





後にはポカンとした侍従長と、苦笑を浮かべるエストマン伯爵が残った。

アウレリウスと伯爵夫人は、楽しそうにミナの後を追いかけていった後だ。


「それでは、御命令通りハルトムートさまは我が家でお預かりいたします。陛下には『後で吠え面かくなよ!』とでもお伝えください」


白髪頭に一言声をかけ、伯爵は優雅に去っていく。


「へ? ……えぇっ!?」


とんでもない伝言を頼まれて、正直に伝えるべきか伝えぬべきか、困惑する侍従長だった。

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