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タンス貯金が有効活用できました

「まあ、こんなに多額の寄付を当院に?」


六十は過ぎているのではないかと思われる小柄なシスターが、頬を染め目の前の美麗な男を見上げる。


「はい。訳あって身分や家名は明かせませんが、私の仕えるお嬢さまが、ぜひこちらの孤児院にと」


いつもの尊大な態度をキレイに隠したレヴィアは、皮袋に入った金貨をドン! とテーブルの上に置いた。騎士服から普通の貴族の使用人が着るような裾の長い上着とズボンに着替えたレヴィアは――――やっぱりカッコイイ。


(どう見たって、普通の使用人には見えんやないか!)


胡散臭さ満載なのだが、そこは気にならないのかシスターの頬はますます赤くなった。





「……おい、なんだあの男?」


呆れて見ているミナの横には、茶色い髪の少年――――ルーノが立っている。


「……ええと。一応うちの使用人?」


「何で疑問形なんだ!?」


「ナイスツッコミ! ありがとう」


「はぁ?」


コソコソとミナとルーノは会話する。


ルーノはノリのいい少年だった。

ゲームの中で出会う時の彼は十代後半。辛い人生経験から年齢以上に大人びた青年だったのだが……今はまだ十歳。打てば響くように的確なツッコミを返してくれる。

しかもどうやら無自覚だ。


(レヴィアといいルーノといい、ゲームと性格違いすぎやないか?)


まあ、一番違うのはヴィルヘルミナだろう。

自覚のあるミナは、そこはこれ以上気にしないことにする。


「大丈夫。悪い人じゃないから。……それよりローズは元気?」


ローズとは、ルーノの妹である。

ルーノの方を向いた途端、ミナは背中にドン! と衝撃を受けた。


「キャッ!」


「ミナおねえちゃん! きてくれたの?」


元気よくミナに飛びついてきたのは、たった今具合を聞いたローズだ。

真っ赤なリンゴのような頬をした少女は、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。


「……元気も元気。元気すぎて困っている」


ルーノがため息と同時に呟いた。


確かに一目瞭然。本当にこれが病弱な少女なのかというくらいの元気である。

しかし、ミナがはじめてこの孤児院を訪れた時、ローズはやせ細った青白い顔の少女だった。コンコンと咳が止まらず息をするたびヒューヒューと喉が鳴る。あまりにつらそうな様子に、ミナは思わずその場で全力の治癒魔法を使ってしまった。


(危なかったんよなぁ。ゲームじゃいつルーノの妹が亡くなったかまでは語られていなかったし、もう少し来るのが遅かったら間に合わんかったやもしれん)


ともあれ、なんとか快復させることができてよかった。

天真爛漫の笑みを見てミナは心からそう思う。


その後も滋養のとれそうな食べ物を、こっそり差し入れた。

それが功を奏したのだろう、ローズはここまで元気になってくれた。


(レヴィアのおかげで、今日はコツコツ貯めていたお金の寄付も堂々とできたしな)


九歳とはいえ、そこは伯爵家の令嬢。ミナには自由にできるお小遣いがかなりの額で与えられている。

現代日本の感覚を引きずるミナとしては、教育上それはどうなの? と思わないでもないのだが、ところ変われば常識も変わる。文句を言っても仕方ないので、タンス貯金にしてきた。


今まで子供の身ではあまり多くの寄付ができなかったのだが、それを豪快に寄付することができたのだ。


(認めるんは悔しいけど、レヴィアについてきてもろて、大成功やな)


ミナのような子供が一人で多額の寄付を申し出ても、良識のある大人なら受け取ったりしない。

それがレヴィアという大人の存在がいるだけで、受け取ってもらえるようになるのだ。


(ようやくタイガーマスクになれたっちゅうとこやな。……まあ、こっちの世界の人は、タイガーマスクなんか知らへんやろうけど!)


孤児院のシスターから感謝を受けながら、またまたドヤ顔でこちらを見てくるレヴィアの視線が……正直うざい。



しかし、何はともあれ良かった。

これでローズは大丈夫だろう。


あとは――――



「……ねぇ、ルーノ。ルーノは学園には行かないの?」


腰に縋りついてくるローズの頭を撫でながら、ミナはルーノに向かってそう聞いた。


「へ?」


ルーノはポカンとした顔をする。

その表情は、まったく思ってもいないことを言われた時のもの。


(そんな、突拍子もないことでもないんやけどな)


ルーノはミナの一歳年上。本来なら属性の検査を受けて学園に入っている年齢だ。


「いやいや、無理だろ? 俺は平民の、しかも孤児だぞ!」


「学園は魔力があれば平民でも入れるはずよ。……私、たぶんルーノには強い魔力があると思うの」


ルーノは土と水の二属性を持っている。複数の属性持ちは珍しいから、事実が判明すれば孤児であろうとルーノが学園に入れる可能性は高い。


「は? なんでそんなことがわかるんだ?」


「なんとなく。私の勘よ」


「はぁ!?」


ルーノは思いっきり呆れた顔をした。

ミナは、とびきり可愛らしく笑う。


「いいから一度魔法属性の検査を受けてみて。今日たくさん寄付をしたから、検査を受けるお金はあるはずよ。……それに、レヴィア――――あの人も『この孤児院から学園に通うような子供が出たら今後も継続的に援助いたします』ってシスターに伝えているはずだから、きっと反対はされないわ」


ここに来る前に、ミナはレヴィアにそう言うように頼んである。


ゲームで旅の仲間になるほどの高い魔力を持つルーノ。

彼が学園に入り無事卒業すれば、孤児だってかなりの職に就けるはず。


(多分、一生食うには困らんはずや)


今後のルーノとローズのためにも、ぜひそうなってほしいとミナは思っていた。




「……何、夢みたいなこと言っているんだよ」


しかし、それを聞いたルーノは顔を歪めて苦笑する。

まるっきりミナの言葉を信じていない態度だ。

孤児として生きてきた経験から、容易には信じられないのも無理はない。


「夢じゃないわ! 現実よ! ……お願い、ルーノ。試しでいいの。一度属性検査を受けてみて」


必死に頼むミナを、ルーノは不審そうに見返してきた。


「なんでお前はそんなに一生懸命なんだ? 自分のことでもないのに。俺たちみたいな孤児に親切にしても、なんの得もないだろう?」


損得の話ではないのだが、どう答えればいいのかわからずミナは困る。




「――――まったくだ。なんの得にもならぬのに、こんなガキにかかわる必要はあるまいに」


悩んでいれば、シスターとの話し合いが終わったのだろう、レヴィアが声をかけてきた。

俺さまナルシストなレヴィアはルーノの態度を気に入らないようで、彼を見て冷笑を浮かべている。


「誰が、ガキだ!?」


ガキと言われたルーノはカッ! となって言い返した。


「お前以外に誰がいる? ミナにどれほど助けられたかも忘れ、彼女の善意の勧めに疑問を返すなど、恥知らずのガキと言わずなんと言う? ……そもそも損得だけで動いているなら、彼女がこんなところに来て無償の治癒魔法など行うわけがないだろう?」


お前はバカか? と言わんばかりのレヴィアの言葉に、ルーノはグッと言葉に詰まった。

まったくもってレヴィアの言う通りだったからである。


「……レヴィアったら、そこまで言わなくても」


「こういうガキは、きちんと言わないとつけあがる」


ミナの(たしな)めにもレヴィアは止まらない。


冷たく睨みつけられてルーノは唇を噛んだ。

……やがてキッとレヴィアを睨み返す。



「……わかった。それほど言うなら属性検査を受けさせてもらえるように頼んでみる。どうせ無駄だろうけどな」



そう言ってくれた。


ミナは、パッと表情を明るくする。


「ありがとう! ルーノ。大丈夫よ。ルーノはきっと魔法属性があるわ! もしそうなら、来年私と一緒に学園に通えるかもしれないわね!」


喜び勇んでミナはルーノの手を握った。

そのまま上下にブンブンと振り回す。


なんのためらいもなく握りしめられた手を、ルーノは呆然と見つめた。




「…………本当にお前は、おかしな奴だな」


呆れたように呟く。


「確かに。……おかしいのは否定できないな」


先刻までルーノをばかにしていたのに、レヴィアまで同意した。



(失礼やな! なんやそれ!?)



憮然とするミナ。

ルーノとレヴィアは、顔を見合わせ苦笑するのだった。

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