予想外の転生
よろしくお願いいたします。
(乙女ゲームや、ないんかい!)
前世の記憶を思い出した瞬間、聖奈は思わずそうツッコんだ。
――――いや、大丈夫。口に出したりはしていない。心の中での、ひとりツッコミである。
高い天井、白い壁。美しい調度品溢れる格調高き大広間。
そこでは、今まさに、盛大なパーティーが開かれている。
集まった紳士淑女が、上品な会話を交わしているのだ。
そんな場でお笑いのツッコミなんてしようものなら、どんな目で見られるかわからない。
(だいたい、お笑い自体わかってもらえないやろし)
それに何より、今日は聖奈が主役のパーティーだった。この荘厳な雰囲気を主役自らぶち壊すなどありえない。
「ヴィルヘルミナさま、大丈夫ですか?」
先ほどから、聖奈の様子がおかしいことに気づいた彼女のお付きの侍女が、背を屈めそっとたずねてくる。
「大丈夫です」
聖奈、ことヴィルヘルミナは、健気にそう答えた。
エストマン伯爵令嬢、ヴィルヘルミナ・エストマン。
本日七歳を迎えた、淡い金髪と空の青の瞳を持つ、お人形みたいな少女が今の聖奈だ。
聖奈は、それを知っている。
(ぜんぜん、大丈夫やあらへんけど! ……ひょっとして、ひょっとしなくても、あたし、異世界転生したん?! それも、あたしのしてたゲームの世界に!)
必死で冷静なふりをしている少女は、心の中では焦りまくっていた。
聖奈は、生まれも育ちもバリバリ江戸っ子の東京都民だ。
ただし、母親が大阪出身だったため、片言のエセ関西弁を話す。
趣味は、ゲームと読書。あとはビーズアクセサリー作りという超インドアな女子大生。
おかげで彼氏はいないし、できたこともない。
そんな、どこにでもいそう(?)な平凡な日本人が、ヴィルヘルミナの前世である聖奈だった。
(転生したっちゅうことは、あたし……死んだんよね?)
つい先ほど、七歳の誕生祝の真っ最中に、なんの脈絡もなく前世を思い出してしまった聖奈――――いや、ヴィルヘルミナは考え込む。
聖奈として覚えている最後の記憶は……路上だった。
ちまちま作ったビーズアクセサリーをネットに出品したら、思いもよらぬ高値で売れたのだ。大喜びで出品作を宅配便で発送し、その足で銀行へ向かっている途中だった。
(地に足が着いてなかったっちゅうか……自分、舞い上がっていた自覚は、あるんよね)
周囲を気にせず交差点を渡り――――
そこまで考えた時、キキキィ~ッ! というブレーキ音が記憶の中に鳴り響いた。
ドカン! という衝撃も思い出す。
視覚に残っているのは、大型トラックの前面だ。
(あかん。……やっぱり、あたし死んだんや)
聖奈は、自分で自分の頭を押さえた。
どうやら、彼女は世にいうトラック転生をしたようだ。
「ヴィルヘルミナさま。やはりお加減が――――」
先ほどの侍女が、焦ったように言ってきた。
(そりゃあ、加減も悪うなるよ。……自分が死んだとこ思い出せば)
ガンガンと頭が鳴りはじめ、視界がグルグルと回り出す。
「ヴィルヘルミナさま? っ! 誰かっ、ヴィルヘルミナさまが!」
侍女の声を耳にしながら、ヴィルヘルミナの意識は遠くなっていく。
(あかん。……もう、ダメや。……なにがダメって、せっかく転生したんに、この世界が、本格RPGだっちゅうとこや!)
前世の聖奈がやり込んでいた、壮大なファンタジーRPG。
主人公は男女選択制で、男を選べばヴィルヘルム、女ならヴィルヘルミナという名前になる。
エストマン伯爵家の第二子で、艱難辛苦の大冒険の果てに世界を救う勇者の成長物語。
――――そう、主人公には想像を絶する苦難が待ち構えているのだ。
(……ありえん)
いったい誰が、そんな立場になりたいと思えるだろう。
(異世界転生ゆうたら、定番は乙女ゲームの悪役令嬢かモブやないのか!)
百歩譲って、ヒロインだ。
(責任者、出てこ~い!)
心の中で叫びながら、ヴィルヘルミナは、気を失った。