8話
すみません、中途半端に切ってしまいました…。
次の看板屋さんは比較的近くにあった。先ほどの看板屋さんは木製で軒下に使うものを扱っていたが、ここは石のようだ。なので主に柱や壁につける看板だった。これはこれで全然雰囲気が違う。
中に入ると青年がいて、私に気がつくとニコリと笑った。
「いらっしゃい!何をお買い求めですか?」
「えっと看板なんですが…」
どうやら看板屋というより石屋なんだそうだ。サンプルは外にあるそうで、裏手に案内された。
「ゆっくり見てって下さいね」
お言葉に甘えて、一つ一つ見ていく。裏手の広場には看板だけでなく、動物を模した石も、墓石もあった。その中の一つに女性が花を持っているレリーフがあった。真ん中に文字が入れられるようになっている。細かい造りですごく美しかった。縦型だから、扉の横に良さそうだ。
先程の青年に店名を入れられるか尋ねると、薄いレリーフなので、店名を掘ることも、透かしにすることも出来ると言われた。
私はこれを一応キープして店を出る。木の看板もいいがレリーフも捨てがたい。悩みながら3件目の看板屋さんに到着する。
そこはとても幻想的だった。
日が傾いてきて少し暗くなり始めた中に、たくさんの灯りが灯っている。外にもたくさんの灯りがあったが、室内はさらに灯りがあって夢の中にいるような感覚に陥る。
「いらっしゃいませ」
初老の、まさに紳士といった雰囲気の男性に声をかけられる。私は思わず「素敵ですね」と言った。
「ここまでたくさんだと圧巻でしょう。一番良い時間に来られましたね。暗くなってしまった後よりも外との境界線が曖昧になるこの時間が、私は一番美しいと思っています」
確かに。同意しながらも私は目的のものを探す。最初に見たお店のように木製の看板がいくつかあった。違いは左右に灯りがあるかだけだった。看板はめぼしいものはなかったけれど、防犯の目的で、お店の入り口と勝手口用の灯りを購入した。人が近づくと灯りがつくんだって。どんなシステムになってるんだろう。
こういうのは魔具師さんの仕事よね。
なんだか薬に魔力を注ぐことを考えるようになってから、色んな物の作成方法が気になってきた。こうやって考えることはとても楽しい。なんだか学生気分になった気がした。
自分の店舗に灯りを置いて、急ぎ宿に帰る。予想通りすでにミュートさんはいた。
「おかえり」
「ただいま帰りました。もう用事は終わったんですか?」
「あ~それなんだけどね。明日もちょっとその用事に付き合わないといけないんだ。明日はどこか行く?」
「そうですね。店舗用の雑貨なんかを買おうかと思います。もうそろそろ登記も終わってるんじゃないかと思うんで、不動産屋さんにも寄ろうかと」
「そうなんだね。用事が早く終わったら合流するよ。それに何かあったら私の名前を呼んでね。すぐに駆けつけるから」
呼ぶだけでどうして駆け付けられるのか、ちょっと気になったけどスルーして宿で一緒に夕飯を食べた。
ミュートさんは今日の出来事を詳しく聞いてきた。彼の意見も聞きたかったので話す。
「え?なんでお店の名前が『王都の薬売り』なの?」
「考えてたら訳が分からなくなってきて…」
やっぱりダメだったか…。
「ミュートさん、考えてくれませんか?どうもそういうのが苦手で」
「う~ん。そうだね…自分の名前を使う気はないんだね?」
「それはちょっと…」
「なら、植物の女神、グローディアの名前を使ったらどうかな?それにこれから先、扱うのは薬だけではないかもしれないよ?だったら薬って限定するより、普通に『店』とかの方がいいかもね」
「そうですね。薬を売っているお店に化粧品を置いている所もよく見かけますもんね。…そういえば女神グローディアに愛された場所を『グローディアの箱庭』って言いますよね。お店の名前、それがいいかも。…女神に失礼とかってないですかね?」
「いや、大丈夫だよ」
…ちょっと安心した。1人で考えるのは不安だったから。そんな自分にゾッとする。離婚する前の自分のようで…。
「どうしたの?」
ミュートさんは青褪めた私を見て心配している。私はミュートさんにニコリと笑った。
「いえ、やっぱり名前つけるの苦手だなって思って」
「そう?」
納得していない顔だけれど、私は気付かないふりをした。
最後まで心配そうな顔のミュートさんは、私を宿の部屋まで送り届けてくれた。
「必ず私の名前を呼ぶんだよ」
そう念押しして。
次の日、私は少し遅く起きた。昨日のことで少し眠れなかったのだ。今日の予定は急ぎでもないので、ゆっくりと朝食をとって出かける。
可愛い雑貨屋さんはどこにあるのか宿の女将さんに聞くと、東の大通りに多いというので行ってみる。確かに、カミラのような年代の女の子が好きそうな可愛らしいお店が数多くあった。
こういうお店って見てるだけでも楽しい。落ち込んだ気持ちが浮上していくのを感じる。
まずは自分の身の回りのものから。持っていけないので寝具なども全部置いてきた。また買わないといけない。カミラはシンプルなものを選んでいたが、私は元々女の子らしいカラフルなものが好きだったので、ここでは自分の趣味で揃えようと思っていた。私好みのカントリー調の家具が見つかる。全て家具は白で揃えた。店まで届けてもらうように手配して私は雑貨屋さんを出た。
もう不動産屋さんに寄ると、登記は昨日終わったらしい。権利書など一式を受け取り、私は次に魔術師ギルトに向かった。魔術師ギルドも薬剤師ギルドと同じように王城に近い場所にあった。中へ入ると受付以外の人はいなかった。少し暗い。なんだか音を立てるのも憚られる雰囲気だ。私はそっと受付の人に話しかける。
「あの…魔符を売っていると聞いたんですが…」
「ああ、ございますよ。どんな用途の魔符が必要でしょうか?」
「転移の魔符です」
「ではカタログをお持ちしますね」
魔符とは魔術師の描く魔方陣だ。それを一般化したものを魔符という。魔術師は本来王宮に仕えている。魔術師は王宮でいかに少ない魔力で最大限の効果を発揮する魔方陣を作れるかの研究をしている。攻撃や防御の魔方陣だけでなく、人を多く移転させる魔方陣や魔力や肉体の強化など多岐にわたる。その魔方陣をどの人でも使えるようにする研究もしていた。それを気軽に使えるように改良したものが魔符という。威力を抑えた魔符を管理しているのが魔術師ギルドなのだ。魔術師になるには王宮で働かなくてはならない。魔術師を辞めるにはこの魔術師ギルドに入らないといけない。この魔術師ギルドに所属している人はみな王宮を引退した人たちで構成されているのだ。
要するに、引退した後も監視されてるってことみたい。魔術師ギルド所属が引退の条件の一つのは、それだけ危険な事をしているからだろう。研究肌の集まりのせいか、薬剤師ギルドより繁盛していないらしい。
「こちらです」
受付の人がカタログを持ってきてくれた。転移の魔符といっても、魔術師によって様々ある。風の魔力で転移を行える魔符もあれば、火の魔力で転移を行える魔符もある。どうしてそんなにあるかというと、人によって持っている魔力の種類が違うからだ。転移の魔方陣に最も有効なのが風の魔力だが、風の魔力を持っていない人は使えない。だが、移動距離を短くすれば、火の魔力を持っている人にも使えるようになる。移動距離は必要だけど、火の魔力しかない時は魔力を多く必要とする。そういう風に細かく魔符は設定されているので、使う人に選んでもらうようにカラログ形式にしているらしい。
私が重要視しているのは移動距離だ。元の家までの距離が必要だった。それを元の家に一枚、お店に一枚置くと簡単に移動できる。ただ、かなりの距離を飛ぶので、そんな魔符があるかどうか不安だった。