6話
きりが悪くていつもより長めになりました。
不動産屋に一度戻り、さくさくと契約する。登記などの関係で手に入るのは1週間ほど後になるそうだ。
事前に清掃もしてくれるとのことなので頼んで不動産屋を出る。朝から動いていたのに、もう夕方になりそうだった。
「…お昼食べ忘れてた…。ミュートさんすみません!」
うっかりお昼御飯を忘れてしまっていたことに今更気付く。
「いいよ!その代わり、夕飯はご馳走してね」
「もちろんです!どこか美味しいところ知ってますか?」
さくっと許してくれるところは、とっても好感が持てる。ミュートさんは嫌な顔一つしなかった。
夕飯も食べ終え、私は宿を取る。ミュートさんは王都に家があるらしく、そちらで寝るそうだ。
「久しぶりに戻ってきたから家の様子も見ておかないとね。本当は和音と一緒の部屋で寝たかったんだけど」
「はいはい。夜遅くなるので早く帰ってください」
ミュートさんが部屋を出ていくと、私はベッドに体を沈めた。一気に色々回り過ぎただろうか。だがグズグズしていても宿代がもったいないだけだ。明日は冒険者ギルドに行かなければ…そう思いながらそのまま寝てしまっていた。
起きると顔が酷いことになっていた。慌てて浴室へ飛び込む。なんとか見れる状態になったとき、部屋のドアが叩かれた。
「起きてる?」
ミュートさんだ。朝食から一緒がいいと言われていたんだった。
「はい、今すぐ出ます」
私はミュートさんと一緒に朝食を取る。食べながら今日の予定を聞かれた。
「今日は冒険者ギルドへ行こうと思います。なかなか手に入らない薬草などはそちらに頼むと聞いたので、みんなどんな薬草をどれくらいの金額で頼んでいるのか事前に知りたかったのと、そちらにも登録が必要と聞いたので」
普段の薬の材料は庭があるので育てられる。株も数株持ってくるのでお金は肥料とかしかかからない。けれど、これから王都で商売しようとすると、日常扱う薬だけでなく、何かお店の看板になるような薬が欲しかった。薬でなくてもいい。この店でないと手に入らない、またはこの店のものが一番というものだ。その商品はまだ色々考えてはいるのだけど、色んな物を作るには材料の調達も考えておかなければならない。いざ欲しいという時に手間取らないように、先に冒険者ギルドに登録しておこうと思ったのだ。
朝食を食べ終えて冒険者ギルドへ向かう。冒険者ギルドは王都の東の入口に近かった。東の入口は広い森へと続いている。最も冒険者が使う入口だ。その場所にギルドがあるのは必然だった。ちなみに私たちが昨日入った入口は南の入口で隣国まで舗装された道が続いている。北は山がそびえていて入口がなく、西は入口はあるがすぐ砂漠が広がっていて道という道はない。
冒険者ギルドに入ると、朝というのに賑わっていた。条件が良くて旨みのある仕事はすぐに取られてしまうので、朝から取りあいになるらしい。名前とランクが上がればそんな事をしなくても仕事は来るそうだが、ランクが上がればそれだけ難しい仕事も増える。ランク構わず楽な仕事をしたいのが本音。なのでいつまでたっても朝は盛況なのだそうだ。
まずい時間に来ただろうかと、ギルドの端っこで立ち尽くしていると、一人の男性がこちらを見て驚いた。
「あれ?お久しぶりです!」
ミュートさんに言っているようだ。ミュートさんはまずいなぁといった顔をしている。
「カイ。久しぶり。ギルドにいるなんて珍しいじゃないか」
「王城からこちらに替ったんですよ」
カイ、と呼ばれた男性はニコニコと笑いながらこちらに来る。しかし私が一緒であることに気付いて首を傾げた。
「えっと…こちらの女性は?」
「あぁ、彼女はカミラ。私のお嫁さん候補だよ~」
「!!お断りします!!」
即座に私が断ると、一瞬驚いたカイさんは爆笑した。
「面白いお嬢さんだね!いや~彼が気に入るなんて俺初めて見ましたよ!それで今日は彼女がこちらに用事なのかな?」
カイさんの茶色い目が面白そうに私を見る。
「はい、私は薬剤師なので登録しようかと。ミュートさんは王都に詳しいと言われたのでついてきてもらいました」
「彼女、可愛いでしょ?変な虫がつかないためにも私が案内しようと思って。それに一緒にいれるしね~」
「これはまた。王都嫌いな貴方が珍しいと思いましたよ。家には戻られたんですか?」
「うん、昨日少しね。カミラはまだ一緒の部屋はダメっていうから帰ったんだ」
「当たり前です!ダメに決まってます!」
「ぶふ!色男も形無しですね。登録は奥でしますので案内しますよ」
カイさんは入口近くのカウンターではなく、奥にあるカウンターへ案内してくれた。そこに座っていた女性が登録してくれるそうだ。
「薬剤師の会員証はありますか?」
「はい、お願いします」
女性はカードを受け取ると何かに差し込み、すぐに取り出して返してくれた。
「これで登録は終わりです。本日よりギルドへ依頼することも可能です」
「…早いですね。えっと、他の薬剤師の依頼の閲覧って見れますか?」
「可能ですよ。最初はみなさん、どのくらいの金額で頼むか悩まれますから。難しいものは採取量が多いと誰も受けてくれないし、簡単なものは採取量が少ないと同じように受けてくれません。どちらも割に合わないと判断されるものですから、そこらへんの調整が最初は難しいと思います」
そうだよね~。依頼するのは簡単だけど、誰も引き受けてくれないと手に入らない。私は依頼書が入ったファイルを受け取ると、近くにある椅子にかけて中を見ていく。するとカイさんと話をしていたミュートさんが隣にかけた。
「カイさんとの久しぶりだったんですよね?私、まだファイル見るのでお話されてて大丈夫ですよ?」
「ん~もう終わったよ。彼異動になったみたいでここにずっといるから、またいつでも会えるしね」
「…王城に以前いたんですか?」
ちょっとカイさんとの会話で気になったので聞いてみた。王都には滅多に来ないと言っていたのに、王城に勤めていたカイさんとは気安い仲のようだ。
「うん、ちょっとね。和音が私のお嫁さんになったら話すよ」
「…じゃあいいです」
気になりはしたが、これ以上踏み込む気はない。私は目線をファイルに戻した。ミュートさんは横でくすりと笑った気がした。
ファイルの中には、クルミア草やバジリスクの歯など多岐に渡っていたが、どれもA~Bランクのものばかりだ。どうやらC~Dランクのものは薬剤師ギルドから購入できるので依頼はないらしい。A~Bランクの中にも私が使っている材料があったので、ランクと依頼量と額を書き写す。
「あの…もしこの中にないものを依頼するとしたら、どうしたら良いんでしょうか?」
私は女性にファイルを返却しながら質問する。
「その場合はこちらに相談してください。このギルドの職員はほとんどが元冒険者です。入手が難しいかどうか検討してランク付けします。一度に手に入れられる量と難易度から依頼額を提示します。それで納得していただけたら、依頼できますよ」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドを出ると薬剤師ギルドへ向かう。まだ家が使えないので、調合室を借りるためだ。
薬の審査も早い方がいいだろうから、調合室で薬を作る。しかも材料もその場で購入できる。なんとも便利なのだ。私は材料を持ってきているので、調合室を借りるだけだけど。
調合室に入ると、さっそく持ってきていた材料を取り出す。まずは体力回復薬から。ブブド草と水を入れてかき回す。ミュートさんは一緒に調合室に入ってきてじっと私の作業を見ていた。
「ミュートさん、出来るまでちょっと時間かかるので別行動でいいですよ?」
「う~ん、ちょっと興味あったから見てみたくてね。邪魔じゃなければこのままいいかな?」
「それはもちろん構いません」
一度調合を始めると手が離せない。少しでも焦がすといけないからだ。ゆっくりと鍋を回し続ける私を見ながらミュートさんが言った。
「薬って自分の魔力を混ぜないの?」
「え?そういえばそうですね。…材料となる草の魔力だけで作ります」
「そうなの?なんかもったいないね。混ぜたら効果上がりそうじゃない?」
…確かに、その可能性は高そうだ。どうして気づかなかったんだろう?何の疑問もなく作ってたな。
う~んと考えていると、カイさんがノックして入ってきた。
「頼まれていた材料の残りです。あれ?どうされました?」
「あ~今ミュートさんに指摘されたんですけど、どうして薬を作るときに魔力を混ぜないんですか?」
「…う~ん…そうですね。基本的に薬剤師になる人は魔力の少ない人が多いですからね。でも確かに疑問ですね」
「どうして魔力の少ない人が主に薬剤師になるんですか?」
「魔力の少ない人にとっては薬剤師は憧れの職業ですから」
魔力は人によって量も質も種類も異なる。それは生まれつきでどうしようもないものだ。魔力のたくさんある人は魔道士や魔術師になる人が多い。平均よりも多く魔力のある人は魔具師にもなれる。薬剤師も含めて、それら全て花形の職業だ。尊敬もされるし収入も高い。薬剤師は魔力が少なくてもなれるので競争率は高いらしい。…私は全く受けていないけれど。だから薬を作る時に魔力をこめる、なんて思いつかなかったのではないか、だって。
「魔力をこめるにしても、試行錯誤は必要ですね」
「そうなんですか?」
「おそらく、ですが。魔具師も機能に合った魔力を込めますしね。水を出す機能をつけるときは水の魔力を込めるんです。何の魔力を込めるか、どのくらい込めるか、色んな事を試さないといけないだろうな」
そうか。そうだよね。とりあえず薬を作って審査に出して、試すのは後からにしよう。
「実験しないとですね。楽しみです」
「成果が出たら教えてください。私も楽しみにしていますね」
この日は5種類の薬を作って審査に提出した。明日また5種類作って出したら、一応審査に出すものは終わりだ。作って売るだけではない目標ができて、私はうきうきしていた。