2話
「どうかしたのか?」
ぼーっと物思いに耽っていると、急に声をかけられる。
(おっとまだ仕事中だったわ)
目線を上げると、見目麗しい人物がいた。
黒い髪に真っ赤な目をした人物、ミュートさんだ。
かなりのイケメンですらりとした体格の中に隠れた肉体美を想像できる…ちょっと目に毒な人?なのだ。
というか人ではないらしい。
私がカミラになってからのお客さんで、最初は私の魔力が気になって立ち寄ったみたい。
彼は魔族なんだそうだ。
カミラもそうだけど、黒い髪は魔力の多さにも関係があるらしく、人間でカミラのように黒い髪が現れるのは滅多にないらしい。
「和音」
そう呼ばれて複雑な気持ちになる。
この魔族の彼は、最初に会った時に私に魔法をかけたのだ。
質問になんでも素直に答えてしまう魔法を…。
おかげで私は自分の体と魂が別であることや、自分の事情だけでなくカミラの過去の話まで素直に話してしまったのだ。
青ざめながら答える私を楽しそうに見ていたミュートさんは、疑問を全部解決したあと、
「気にいったから、また来るね」
と言って去って行った。
それからひと月に4回くらいのかなりのペースで来る迷惑なお客さんなのだ。
時々は私の作った薬を買ってくれることもあるけれど、ほとんど使うことはないらしい。
ただどんな物を人間が作っているのか知りたいので購入しているのだそう。
そんな知識欲を満たすのはよそでやって欲しいと正直思わないでもない。
「今日はお買い求めですか?それとも来ただけですか?」
「相変わらず刺のあるもの言いだよね」
言葉に刺があっても私の言葉が彼に刺さることはないので、態度も自然にふてぶてしくなる。
私の質問には答えず、彼はふらふらとカウンターの方へやってきた。
「最近ここら辺の山の薬草に変化はない?」
彼にしては珍しい質問だ。
無視をしても無駄なので正直に答える。
「いえ、少し量が少ないとは感じましたが、それは多分今年の夏が涼しいからだと思います」
「それ以外にはない?」
「はい、感じませんでした。何か起きそうなんですか?」
「…う~ん…そう予想してたんだけど」
彼にしてはハッキリしない言い方だ。
気になりはしたが、薬草に影響がなければ基本頭の隅に置いて忘れる事にしている。
無慈悲と思わないでほしい。それよりもやることが多いからだ。
「明日また山へ入るので気をつけて周囲も見てみますね」
買うつもりのないお客さんを長居させたくはないので、話しを切り上げる。
彼もそれ以上この話をするつもりはなかったみたいで頷いただけだった。
「ところで王都移住計画は進んでるの?」
ニッコリと目を奪われるような笑顔に、引き攣りながら答える。
「はい、今度一週間ほど休みをとって王都へ行こうと思っています。店舗を借りて自分の家も見つけないといけないですから事前調査に」
「店舗は借りるんだ」
「本当は購入したいですが、王都の店舗の相場とか分からないので借りる事も考えています。最初は収入も少ないでしょうし、無理に購入して資金を減らしたくなくて」
ミュートさんはうんうんと頷きながら話を聞く。
「こちらには長くても後半年にしようと思っています。後ひと月で成人しますから店舗を借りるのに誰かの承諾もいりませんが、村の薬剤師さんに引き継ぎとかもありますので」
「ここに来れるのもあと半年か。お店が開店したら行ってもいい?」
「いえ、迷惑なので止めてください」
キッパリ断るが、多分この人は来るのだろう。
私を魔力で簡単に見つけたくらいだから。
ミュートさんは一頻り私をからかうと、素晴らしい笑顔で去って行った。
(…きっと塩を外にまいてもまた来るんだろうな)
私は精神的に疲れた体を叱咤しながら店の扉に鍵をかける。
お店の電気を消してしまえば店じまい終了だ。
明日は山の中へ入るので今日は早めに就寝しようと決めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夏といえども山の中は結構涼しい。今年は冷夏だからか肌寒いくらいだ。
私は落ちそうになっている肩かけを戻しながら薬草取りをしていた。
(やっぱり少ないかな)
薬草の量は思っているより取れない。
これには薬剤師としての規定があるからだ。
非常時以外を除いて、薬草は乱獲を禁止されている。
種類によっては増やすことが難しいので、だいたい全体の30%くらいと決められている。
おそらく市場の価格調整のためでもあるんだろう。
村の方でも薬は少し高くなっていた。他の場所でも採取量が減ったからだろうと思う。
もちろん栽培できるやつは別だ。
栽培できて安定的に供給できるものは、価格も一定になるようになっている。
それを決めるのは薬剤師を一括管理しているギルドの上の人と、ギルドの運営をしている王族の人たちだ。
基本的にギルドの運営は王族が関わることはないのだが、こういう医療関係や武器など国にとって重要と思われるものは王族が運営していることがある。
まぁ私には係わりのない雲の上の人達の話だ。
せっせと量を確認しながら薬草を採取していく。
今日は珍しい薬草を取りに来たので、いつもよりちょっと奥の方へ来ていた。
なので何かあっても誰も助けには来てくれない。
早く取って早く帰るに越したことはないのだ。
しかし気をつけていても悪いことは起こるもので…。
私はいつの間にか魔狼に囲まれていた。
(冷静になれ!私!)
自分を叱咤激励しても、怖いものは怖い。
歯をガチガチならしながら、私は結界の魔法を呟く。
効果はあったようで、スッと私の半径1メートルくらいに薄い壁ができた。
これで攻撃はある程度防げるはず。
しかしこのまま移動すると、自分は守れても村まで魔狼が下りてしまう可能性がでる。
(倒さないといけないけど!!)
私は日常の生活魔法と防御魔法だけは覚えたが、攻撃魔法を全く覚えてなかった。
…普段に必要ないじゃない?
半泣きになりながら自分の過去を後悔していると、ふいに声が聞こえてきた。
「…もしかして遊んでるの?」
「遊んでません!ピンチです!大ピンチです!!」
ミュートさんは上に浮いたまま楽しそうに私を見ている。
「助けてあげた方がいい?」
「もちろん!よろしくお願いします!」
「そう、じゃあお願い一つ聞いてね」
「え…そんな交換条件ありで…」
私は言い終わらないうちに魔狼が炎に包まれた。
そして次の瞬間には灰になって飛んでいった。
(…やっぱり魔族だったんだな…)
その様子を呆然と見ていると、ゆっくりミュートさんが空から降りてきた。
すごく怖い笑顔に私は戦慄する。
(そうだった!何かお願いされるんだった!)
どんな「お願い」をされるのか。
緊張した面持でじっとミュートさんを見つめる。
「そんなに見られると『結婚して』なんてお願い言っちゃいそう…」
「すみませんでした!見ませんので勘弁してください!」
「速攻で拒否られるなんてちょっと傷つく」
そんなお願い嫌に決まってる!
ミュートさんを見ないように視線を下にして「お願い」を待つ。
「う~んと、じゃあ王都へ一週間行くでしょ?その時ずっと一緒にいる」
「え!!」
「…いいよね?」
「…はい…」
かなり、かーなーり不本意だが、許容できないこともない。
一週間、こんな美青年が側にいるなんて目の毒だ。
毒なんてもんじゃないかもしれない。
ここに返ってくる頃には屍になっているかもしれない。
楽しみにしていた王都での一週間に暗雲が立ち込めた。
天気と薬草の量に関しても、ファンタジーです。