1話
『カミラ』になってから半年が経った。
和音はもうここが以前いた世界とは全く違うと理解している。
大雑把な性格だったせいか、半年も経つとすっかりこの世界に慣れてしまっていた。
この半年の間、色々と家の中を物色して分かったことは、ここは魔法も使える世界だということ。
大抵の人は日常生活に魔法を取り入れて生活していた。
最初に勝手に灯りがついたのも、魔法のせいだったのだ。
みんな普通に魔力を使える。
灯りだけでなく、お風呂も魔法で沸かし、水の供給も魔法。
料理や暖炉などに使う火も魔法と、欠かせない存在なのだ。
だからこそ、一番和音が困ったのも魔法だった。
…もちろん、使ったことがないからだ。
これだと食べていくことも出来ない。
困ったなとカミラの部屋を物色していくと、「日常魔法の使い方」なる本が出てきた。
ついでに、カミラの日記も見つかった。
申し訳ないと思いつつ日記を見ると、母親を幼い頃に亡くし父親と2人で暮らしていたが、その父親も15歳の時に亡くなってしまい、1人で生活をしてくために「日常魔法の使い方」という本を買って勉強していたようだ。
この本はありがたいことに私にも理解できる内容だった。
定期的に食料を届けてくれる幼馴染のリックによると、10代後半から親に習いながら魔法を使い始めるそうで、15歳で1人になったカミラは他の子より先に独学で覚えたんだそうだ。
「平民の家族はみんな同じような魔法を使うけど、貴族にもなると一子相伝の魔法なんかがあるみたいだよ」
と、リックが説明してくれた。
リックは幼馴染が変わってしまったことに戸惑いながらも、素直に教えてくれる良い子だった。
良い子で親切なのはありがたいけれど、見え隠れする下心をかわすのは大変だった。
頼れるのがリックしかいないので、申し訳ないと思いつつリックの情熱的なお誘いにいつも断わりをいれていた。
今日もリックは一週間分の食料を持ってきてくれる。
そしてリックと一緒にやってくるのはスベンおじいさんだ。
リックの隣に住んでいるおじいさんは、いつも私の薬を買いに来てくれる。
私の薬はとても効果があると町では有名なんだそうだ。
バタン!
乱暴に開けるのはリックだ。どさっと大きな箱を下す。
「食料持ってきたよ」
「ありがとう、リック」
書いていた次の一週間分の注文票をリックに渡した。
後ろから、ゆっくりとスベンおじいさんが入ってきた。
「スベンさん、腰の具合いかがですか?」
私が声をかけると、にこりと笑ってくれた。
「カミラちゃんの薬はよく効くからね。調子がいいよ」
私は2週間分の薬を渡した。
「よかった!無理はしないでくださいね」
本当は自分が町へ行って渡してあげたいのだが、お客さんが結構来るので家を空けられないのだ。
もっとたくさん薬を渡してもあげたいが、2週間以上経つと効果が薄くなってしまう。
来てもらうしかないが、スベンおじいさん1人では不安なのでリックに連れて来てもらっているのだ。
リックにはひと月分の食料と配達代を渡した。
「はい、どうも」
無愛想な顔で受け取るリックに、こそっと苦笑いする。
先週「デートしてくれ!」と直球できたリックに「無理」とキッパリ振ったからだ。
いつもなら少しおしゃべりして帰るのだが、リックはそのままスベンおじいさんを連れて帰ってしまった。
振り向かないリックとこちらに終始笑顔だったスベンおじいさんに手を振りながら、そろそろリックへの態度をはっきりさせないといけないと思った。
カミラの年齢は17歳だった。そしてあとひと月で18歳になる。
この国では18歳で成人となるので、その後の男女の関係はガラリと変わる。
婚約者以外に親しくすると、眉を顰められるのだ。
もちろん私はリックの気持ちに応えることはできない。
それは、以前のカミラもそう思っていたようだ。
この私の身体の持ち主のカミラには事情があった。
それが私がここで来てしまった原因でもあるのだけれど。
カミラの日記には、両親を死なせてしまった罪悪感でいっぱいだった。
理由はカミラの魔力のせいだった。
カミラの魔力はけた違いに膨大だったのだ。
産まれたときから膨大すぎる魔力は身体を痛め、1年も耐えられないだろうと診断されたのだ。
カミラの両親は王宮で優秀な魔道士だったため必死に解決する方法を探したが、1年という期間では見つからなかった。
そこでカミラの母親がカミラの父親に全てを託し、自分の命をカミラに渡し延命したそうだ。
カミラの父親は王宮魔道士を退職し、山奥に引きこもって散々探したがやはり見つかることはなく、カミラが15歳の時に母親と同じようにカミラに命を渡した。
しかし身体が成長するにつれ魔力も増えていき、カミラは父の死後1年であまり身体が保てないことに気付いた。
そのまま両親の元に逝っても良かったのだろうが、カミラは両親が命にかえてまで延命してくれたこの身体をどうにかしたいと考えたようだ。
それで自分の魔力に耐えられる魂を呼んで、自分の命が尽きるときに入れ変えさせようと考えたらしい。
まぁ成功してしまって私がいるのだけれど、そんな状態のカミラは異性とどうこうなるなんて考えは全くなかったわけで。
むしろ、ちょっとウザいリック、くらい思っていたことが日記から分かった。
優秀な両親の遺伝子はカミラにも受け継がれていたようで、カミラは1人になってから薬剤師としての資格を一番に取って商売を始めた。薬剤師としての資格は三級から一級まであって、三級でも開業は可能で難易度の高い資格だった。それをカミラはなんと一級まで持っていた。
そう、私がこちらへ来た日。その日が一級の発表で王都まで合格の確認に行っていたそうだ。
ちょうど家に帰ってきたときに寿命が切れたみたい。
リック曰く、ずっと顔色が悪くて王都へ行くのも止めたみたいだけど、取り憑かれたかのように必死な様子に王都まで一緒に行ってあげたって。
寿命が尽きると分かってからはずっと必死だったみたい。
勉強も仕事もしながら、失敗するかもしれないけれど魂が無事に転移できたときのために、その人向けに分かりやすく既存の本に説明のようなものを書きこんでくれていた。
おかげで私はすんなり困ることなく生活出来ているわけだけど。
それでも現在困っているのが、薬剤師としての知識だ。
薬剤師の試験の本にカミラが分かりやすく注釈なんかを入れてくれているのだけど、何せ頭の中は40代のおばさん…覚えるのに四苦八苦している。
教科書片手に実践をする日々だ。
そう、私もリックの相手をする暇などないのである。
それにカミラの日記を読んでいて、私のしたいことも出来たからだ。
カミラは薬剤師として皆の助けができることを喜んでいた。しかし一度住んでいた王都にも戻りたいと思っていた。父親から王都の頃の話を聞いて憧れていたらしい。
カミラの不安定な魔力では王都へ行くことはできなかったので諦めてもいたようだった。
けれど私なら行ける。
安定した潤沢な魔力をフル活用できる私は、カミラの願いを叶えてあげることができるのだ。
どうせ第二の人生を歩もうと思っていたし、私は王都に店を開くことを当面の目標にした。