11話
ゴトンゴトンと揺れる列車は心地よい。特に眠たいときのBGMには最適だ。
けれどうっかり眠ってしまうと、目的地を通り過ぎてしまう。
私は以前の家に向かっていた。ミュートさんは送ってくれると言ったのだけど、最近忙しそうだったので遠慮したのだ。魔族でも忙しいことなんてあるんだと思ったけれど、人にも知り合いがいるようだし、もしかしたらこの世界では魔族と人との関係は親密なのかもしれないと思う。
お尻が痛くなり出したころにようやく到着した。やっぱり田舎だからか空気が違う気がする。
一週間で一度戻ってくる予定が、少し長引いてしまったから懐かしく感じた。それに列車に乗ることはしばらくないだろう。駅を出ると馬車を探して辺りを見回す。するとリックが馬車に荷物を詰め込んでいるのが見えた。声をかけようかと思ったが、振ってしまった手前なんとなく出来なかった。ちょうど馬車が来たので声をかけて家まで乗せてもらった。
家の中に入ると懐かしい匂いがした。薬草の匂いはなんだか心地よい。私は2階のカミラの部屋に入り、魔符を貼る。それから少しだけ山の中に入って薬草を取った後、家に戻って魔符に手を翳した。魔符が淡く光ったのが分かるとグニャリと視界がゆがむ。軽い眩暈に瞬きをすると、次の瞬間には王都の店のリビングに着いていた。
「おかえりー」
間延びした声が私を出迎える。きちんと施錠して出かけたはずだが、ミュートさん相手では意味がないらしい。
「ただいま帰りました。来られてたんですね」
「うん、お祝渡しに来たのにいなかったけど、すぐに魔符を貼りに行ったんだって分かったから待ってた」
ニコリと爽やかに笑われて、家宅侵入されていることを忘れそうになる。
「いや、せめて家の中に入らずに待っててくださいよ。普通の人なら驚きますよ?」
「和音は慣れたでしょ?」
…そんな問題ではない気がする。
「あのですね~…」
「こんな狭い家に花嫁は住んでいるのか?息苦しくないのか」
突然スラリとした男性が入ってきてミュートさんを怒ろうとしていたのに声が出せなくなる。
「アブー、その羽根しまったらもう少し広く感じると思うよ?」
「面倒ではないですか。どうせまだお店も開店していないんですから人なんて来ないんでしょう?」
…ホントだ。羽根生えてる。にしてもなんて言い草なの?!というか誰なんだろう?
「ミュートさん、誰ですか?」
「ああ、あんまり紹介したくないんだけどね、私のお嫁さんを紹介してほしいってお願いされたから連れてきちゃった。彼はアブー。私の配下で、主に外交を担当しているんだ」
「外交?」
「うん、この国とのやり取りはアブーを通して行われるよ。他の国よりもこの国とは色んな条約が結ばれているんだ」
「…魔族って国があるんですか?」
「一応ね。国の名前なんてないけど、住処は決まってるよ。そこはどの国も不可侵なんだ」
「…もしかして…ミュートさんって魔族の中でもかなり偉い人?」
そう聞くとアブーさんがバサッと羽根を広げた。
「失礼な娘だな。魔王様から求愛されていることを知らなかったのか?」
………魔王?
「一番偉い人?」
「あ~一応ね~」
ミュートさんはなんてことなさそうに返す。
いやいや、普通に王都にいたらまずいんじゃないの?でも人からも気軽に声掛けられてたしな。今までのことを考えても危険な人物ではなさそうだし、王都にいてもいいのかな?でもでもじゃあ自分の国は?あ、国はないのか。でも魔王って言うくらいだから、一応魔族を束ねてるんだよね?でもこの人最近ほとんど私の傍にいたよ?大丈夫なの、それで。
「いや~面白いね。和音の表情がコロコロ変化して。思わずキスしちゃいそうになるな~」
「お断りします!」
「…頭が混乱してても、それは速攻で断るんだね。もう正体バレちゃったしもっと積極的にいってもいいかなぁ?」
「遠慮してください!」
「娘…魔王様が直々に来て言っているのだ。早く受け入れろ。…でないと面倒だ」
面倒って…。そんなんで外交なんて勤まるのかしら?
「あ!今日の目的はそうじゃなくて、お祝いだよ!ほら、バジリスクの牙、欲しがってたでしょ?それに皮も素材になるんだよね?だからちょっと倒して持ってきたよ」
ミュートさんはそういうと、どんっとハジリスクの頭を置いた。血だらけのハジリスクが私を見た気がする。私はそのまま意識を失った。
「ねぇ~許してよ~」
「知りません!!!おかげでテーブルが血だらけじゃないですか!しかも一日無駄にしました。絶対に許しません!」
ミュートさんは倒れた私を部屋に運んで寝かしてくれていた。起きるまでじっと待っていたんだそうだ。アブーさんがどこからか料理を持ってきて血だらけのテーブルにきちんと並べて置いてくれていた。…魔族はそれで食べられるのか…感覚が違いすぎる。その様を見た私がもう一度意識を失いそうになると、ミュートさんは新しいテーブルにさっと交換してくれていた。しかし、そんなので許されるものではない。
「いっときミュートさんには会いませんから!」
「え~仕方ないなぁ…でも私も一度森に戻らないといけなかったし…寂しいけど少しの間我慢するね。けど、これを着けてくれないかな?でないと不安なんだ」
そう言ってミュートさんは輪ゴムのような物を私に渡す。伸びるただの黒いゴム…だけど…。
「これを着けていると、魔族に襲撃されても一度なら跳ね返せるんだ。私が駆け付けられる時間くらいは稼いでくれるから、いつも身に着けていて」
「…魔族に襲撃される可能性があるんですか?」
「うん、公にはなっていなんだけど、最近若い娘が行方不明になっている事件が起こっていてね。それが魔族によるものらしいと分かって、アブーと調査していたんだよ。和音は魔力もたくさんあるから狙われやすい。だから、ね?」
「分かりました。死にたくないので身につけます。最近の用事もそれだったんですね」
「そうなんだ。良かった、着けてくれて。私がマーキングしてても側にいないと近付く輩はいるからね」
「マーキング??」
「うん」
ミュートさんはすっと私の顎を掴んで上げると、深くキスをした。
「ん?!……ふ……や、やめ……ん!…」
抵抗しようとしてもガッチリ捕まっていて抜けることができない。バシバシと手でミュートさんの肩を叩くがミュートさんはキスを止めなかった。
「……ん……。和音にマーキング完了」
「!!!!ミュートさん!!」
そのままミュートさんはさっと消えた。いつの間にかアブーさんもいない。私は一時、その場にへたり込んでいた。