落下の2
桜華から人類が落下し続ける運命にあることを告げられたあの日から2週間が経っていた。
何が原因か、どうすれば人類は助かるのか、何度も桜華に訪ねたが「わからないのです」の一点張りで答えは出なかった。
まだ現実を受け入れられないが、現状には慣れてきた。落下生活も慣れればなかなか悪くない。
2週間経っても僕の身体は指一本動かないけれど、代わりに自分の身体のように桜華を操縦できるようになってきた。
「マスター、私の操作とても上手になりましたね。先程のスカイダストの回避、素晴らしかったのです。」
「ああ、コツが掴めてきたよ。スカイダイビングってこんな感じなんだろうね。やったことないけど。」
「ふふ。スカイダイビングよりは少し過激ですかね?でも移動や回避は身を守る為に必要不可欠ですから覚えておいて損はないのです。私に何かあったときはマスター御自身でなんとかしなくてはいけないのですからね。」
危険と言っても空に落ちているビルや信号等の人工物の瓦礫くらいのもので桜華の自動操縦で十分な気がする。
もちろん初めの何度かは激突しそうになったが、1日いっぱい練習すれば簡単にかわせてしまう程度のものだった。
「それではオートモードに切り替えます。マスターお疲れ様♥️」
【codeーオートモード】
「マスター、マスターが私の操縦の練習すごく頑張ったのでご褒美をあげちゃうのです。」
「ご褒美?」
「はい♥️ご褒美はワ・タ・シ♥️」
桜華は突然上着を脱ぎ出す。
「わっ!桜華!ダメだって!!」
「もう、冗談ですよー。上着一枚脱いだだけで顔真っ赤にしちゃって可愛いー♥️」
「か、からかわれた…。」
「ま、冗談はさておきですね、この近くの空域に物資の供給所があるのです。久しぶりにお食事とか食べたくないですか?」
確かに落下生活が始まってからというもの食事は一度もとっていない。
桜華に聞いた話だが、栄養満点の点滴を体内に注入しているので食事は必要ないそうだ。
完全な嗜好品としての食事ということになる。
「うん、そうだね。久しぶりに何か食べたいな。連れていってくれないかな?」
「はいっ!かしこまりましたなのです!」
近くの供給所まで30分ほどだということだった。久しぶりの食事、楽しみだなぁ。一体何が食べられるのだろう。カレーかな?ハンバーガーかな?あっ!ステーキかもしれない。期待に胸が膨らむ。
供給所まではきっちり30分だった。
【codeードッキング】
「マスター、供給所に到着したのです!今から供給所とドッキングするので少し揺れるかもなのです!」
カチャカチャと機械が繋がる音が聞こえる。カタカタ揺れてるような気も。
30秒程で音も聞こえなくなりドッキングが完了した旨の表示が現れた。
【ドッキング完了。携帯用食料/経口補水液の補給を開始します。】
続けて機体への生命維持用の食料の補給が始まる。
(…。もしかしてこっちがメインか?)
桜華の気に障ると怖いので言わないが。
モニターに経口摂取向けのメニューが表情される。
美味しそうな料理の写真つきで食欲を沸き立てる。
【ご希望のお食事を選択してください。】
「マスター、好きなものを選ぶのです。」
「ああ!美味しそうなものばかりだ。俺は嬉しいよ桜華!」
メニュー
a.カレーフレーバー
b.ハンバーガーフレーバー
c.ステーキフレーバー
d.
e.
…
等々20種類から好きな食べ物が選べるようだ。
フレーバーという表記が気になる所だが、ジャンクに飢えた僕の身体は迷わずハンバーガーを選択した。
「ハンバーガーですね、マスター!私が食べさせてあげるのです♥️」
経口補水液用より少し太いストローが口に挿入された。
嫌な予感がする…。
「マスター、召し上がれ♥️」
口のなかに凄い粘度のペーストが流れ込んでくる。
「マスター、美味しい?」
なんだこれ?なんだこれ?
口が、舌が理解できないまま、どんどんペーストは流れ込んでくる。嗚咽が止まらない。
「私がいないと食事も出来ないマスター…♥️たまらなく可愛いのです…♥️」
かわいいとかなんとか意味不明なことを話続けている桜華。ペーストを止める気はないらしい。
僕はハンバーガーを頼んだはずなのに、何だってこんなまずいペーストを口に流し込まれなくてはいけないんだ…。
「桜華…息ができな…い…。」
「美味しい?ねぇ美味しい?マスター♥️お腹いっぱい食べてね♥️」
桜華には聞こえてないようだ。何でお前もハァハァ言ってるんだ。
酸欠で意識が遠くなっていく。
意識と反比例して味覚は鋭くなる。
(あっ、このペースト、ちょっぴりハンバーガーの味がする。咀嚼したハンバーガー……。うっ…。)
ついに意識がとんだ。
「マスター!マスター!」
「うう…。おえっ。」
満腹感が凄い。しかし幸福感はめちゃめちゃ薄い。
満腹感と幸福感が比例しないことなんてなかなかないぞ。
「良かった、目が覚めたのですね。マスター食事の取りすぎで気を失っていたのですよ?まったく、いやしんぼさんなのです。」
「???」
「自分の身体は大切にしなければ駄目なのですよ?」
「うう…。府に落ちない…。」
「さあ、マスター、また二人きりで空の旅を続けましょう!」
しかしすぐには出発できなかった。
【callーUnknown】
突然の表示。ピリリとコール音がなる。
あと桜華さん?舌打ちしました?
「それでは、補給所との切り離し作業に…」
「待って桜華。通信が…」
「マスター、有害な通信かもしれません。それにマスターと私の二人きりの時間を邪魔するなど到底許されないのです。」
「でも、人間なんでしょ?僕、意識が戻ってから誰とも話せてなくて、一度誰かと話をしたいと思っていたんだ。」
「誰とも??」
「あっ!違う!違うんだ桜華!君との話は有意義だし、とても楽しい!けど、他の人と話をしたら何か有意義な情報を得られるんじゃないかと思って!!」
「なるほど、さすがは私の愛するマスターですね♥️それでは一度通信を行い、逆探知をして相手の機体のメインコンピューターのハッキングをするのです。その後でゆっくり情報を抜き取りましょう?ついでに私の許可なくマスターに接触しようとした同乗者を機体の外に排出してやるのです…。」
「怖い怖い!僕は本当に普通に話がしたいだけなんだ。」
桜華はぞっとしない表情で僕の顔を覗く。
「マスターは通信の相手が可愛い女の子だったら私よりその子のことを好きになったりしませんか?」
今度は瞳に涙を溜めてうるうるしている。
「そっ、そんなことない!桜華が一番だよ!」
一言でもセリフを間違えたら殺されそうだ。気の迷いが命取りになる。そんな気がする。
「絶対ですよ?絶対ですからね!!」
コール音が止まり、眼前のモニターに30代後半くらいだろうか?筋肉質の男が映りはじめた。
「なーんだ、男だったのです。通信を許可するのです!」
【通話開始】
「お、やっと繋がったか。」
「すっ、すいません!通話の始め方がわからなくて。」
「がはは!良いってことよ。てっきり機体の中でくたばってるんじゃないかと思ったぜ。」
「はは…。」
「いやいや、笑い事じゃないんだぜ兄ちゃん?結構くたばったまま落下し続ける輩もいるんだ。」
「はぁ…。」
「それだけじゃない。生命維持の諸々は自動でやってくれるだろ?
たまに死んでるのに身体だけ生きてるやつがいてなぁ。それが悪いやつの手にまわると大変なのよ。」
「大変というと?」
「襲ってくる。」
「は?」
「AIが搭乗者の死亡を認めない限りその機体のコマンド権は失効しないんだ。それを悪用して身体だけ生きてる…いや、生かされてると言った方が正しいかな。そういう人間の脳ミソ自体を操って機体を乗っ取っちまうのさ。」
「脳を操るってそんなこと出来るわけ…」
「簡単にできるさ。俺たちの身体に注入されたナノマシンは血液を介して脳にも回っている。遠隔通信でちょちょっといじるだけで死体に物事を考えさせる事ぐらいさもないさ。もしかしたら気がつかないだけで既に俺たちはナノマシンの都合の良いように動かされているのかも知れないぞ。」
とても恐ろしい話だと思った。
死してなお、弔われる異なく落ち続ける身体。そして利用される死体。
人為的に行われているとしたら到底許されることでもない。
ナノマシンもだ。便利なものだとばかり思っていたが、とても危険なものだった。
男の話を聞いてなんとなくカマキリとハリガネムシの関係を想像した。
「あの、もっと詳しく話を聞かせてください。」
このとき僕の声は震えていたと思う。
「ああ。もちろん良い。だが補給所の近くは人が集まりやすい分あいつらに狙われやすい。俺の補給が終わったら、速やかにここを離れよう。話はその後だ。」
「えっと、お願いします!」
「よし、決まりだ。」
男はにっと笑う。
「怖がらなくてもいい。俺がここで生き抜く術を教えてやる。さあ、ついてこい。」
「切り離し完了しました。」
淡々とした桜華のアナウンスと共に補給所から切り離される。
そして男は話を始めた。