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朦朧とした意識、あたりは暗く、視覚では何も認識できない。身体は鉛よのうに重く全く動かない。まるで思考のみが暗闇に漂っているよう。味覚、微かに血の味がする。しかし痛みはない。聴覚、うん…?モニター心電図のようなビープ音が微かに聴こえる。ここは病院だろうか。意識を失う前後の記憶がない。


記憶をたどる。少しだけ意識がクリアになる。しかし何も思い出せない。

うめき声すら出ないほど、喉はカラカラだった。鈍い頭痛を感じる。僕の意識に紐付いた肉体がまだ失われていないことを認識する。


さらに意識がクリアになる。


口の中、血の味が濃い。ビープ音に混じり耳鳴りがする。眼前に微かに光源があることに気が付いた。


ビープ音がとまる。キンコンと音がなり、音声が流れる。


光源はモニターだった。

黒色の背景に白文字で音声ガイダンスに合わせた字幕が表示される。


「保護観察対象の意識の回復を確認。トリアージレベルをレッドからイエローに変更。身体の回復措置を継続します。セミオートモード起動。本機体のコマンド権を一部譲渡します。」


(突然なんだ…?何の話をしているんだ?)


「本機体、【s001-桜華】のコマンド権の使用には本契約者様の同意が必要です。同意が得られない場合は生存の意志が無いと見なし本機体から射出させていただきます。同意しますか?」


音声案内は女性の声でしゃべるカーナビのような声で淡々と話を進める。

壊れたレコードのように何度も繰り返し同意を求めてくる。

「う…あ…。」

しかし同意を求めようにも喉の乾きで声が出ない。


【codeー生命維持】

「口径から水分を摂取します。口を開けてください。」


喉の乾きを察したように音声ガイダンスが変更される。

唇に硬い感触。

ほぼ強制的に口にストローが挿入される。

少量の液体が口内に流れ込んできた。

喉を水分が通るとき少し痛む。

もう一口。今度は自分の意思で吸い込み飲む。鋭い痛みが走る。しかし、乾きには勝てずごくごくと経口補水液を飲んでいく。


「痛っ…。んっ…。あー…。あー…。」


痛みがひどいがなんとか発声ができるようになった。

ひどいがらがら声だが人工知能にはい/いいえを伝えるだけだ。コミュニケーションには問題ないだろう。


「水分の補給を完了しました。」

【codeーコマンド権の譲渡】

「本機体、【s001-桜華】のコマンド権の使用には本契約者様の同意が必要です。同意が得られない場合は生存の意志が無いと見なし本機体から射出させていただきます。同意しますか?」


尚も続く音声ガイダンスに「同意する…。」と意志を伝える。


「それではユーザー登録をします。あなたの身体情報から個人情報を割り出しました。表示します。」


そこには僕の名前やら血液型やらの個人情報が記されていた。

それはもう気持ちが悪いくらい正確な情報だった。


「久留 空 (くるせ そら)様で間違いないですか?」

音声ガイダンスには、ああ、そうだど答えることしかできなかった。


「それでは本機体のコマンド権の譲渡を開始します。本機体は人工知能と人体を無線で繋ぎ、無遅延操作するため体内にナノマシンを注入します。尚、本機体のコマンド権譲渡に同意された方にはナノマシンの注入が義務付けられており、拒否権はございません。」


脚の付け根に金属の冷たい感覚。ジージーと機械音が聴こえる。

プシュと音を立て注射の針は深く体内に侵入する。


「体内に侵入したナノマシンがあなたの身体を最適化します。

意識の損失を防ぐ為、一時的に身体機能を停止させます。最適化までおよそ72時間です。」


強烈な痛みにうああと声が漏れる。

熱く燃えるような痛み。その痛みは脈に合わせてドクドクと身体中を這うように広がっていく。脳も心臓も目玉もすべて内側から破裂するような圧迫感。酷い目眩と吐き気。内側から自分がバラバラにされ、再構築されているような感覚。

一瞬、大空がみえた。


「それではおやすみなさい♥️」

先程までとは違う抑揚のある声。

僕は再び意識を失った。


「これであなたとずっと一緒にいられるのね。嬉しい…。」

誰に語りかけるでもなく人工知能はぽそっと呟いた。


それから三日が過ぎた。

「う…。」

「おはようございます。マスター。体調はいかがでしょうか?」

僕の目の前には桃色の髪の女の子がいた。吐息を感じるほど近くで添い寝する形で。


前後の記憶が曖昧だ。激痛と気持ち悪さで気を失ったところまではなんとか覚えている。

しかしこの娘は記憶にない娘だし、そんな娘にマスターと呼ばれる筋合いもない。添い寝される理由も。


「知らないなんて酷いです。私は桜華です。説明しましたよね?何で覚えてないんですか?私のこと嫌いになっちゃったんですか?3日前は結婚しようって言ってたのに…」


???僕はまだ何も口にしてないはずだ。

それに結婚?3日前に?一体この娘は何を言っているんだ??


「マスターの考えてることはわかるのですよ!

ナノマシンを介してですが。

結婚に関してもです!私と一緒にいたいって言いましたよね。結婚に同意するって!録音してあります!聴きますか??」


眼前のモニターに再生マークが表示される。

「マスター♥️私のこと愛してますよね!結婚しますよね!同意してくれますよね♥️」

桜華の声。

「同意する…。」

確かに僕の声だ。しかしとても悪質で雑なコラージュ…。


「ほら!ほら!どうですか!マスターは私と愛を誓いました。責任とってくださいね。」

「拒否したらどうなるの…?」

「機体の外に射出します。ちなみに機体の外は現在生命が生存不可能な環境です。」

「つまり…?」

「死にます。」

「わかった。わからないけどわかった。君とは一緒にいよう。」

「嬉しい!さすが私のマスター♥️物分かりも抜群。素敵!愛してる!」


「でも考えは読み取らないでほしいな。」

「ぶー。桜華はマスターのこと、全部知りたいのですよ。」

「プライバシーはないの?」

「当たり前です。マスターは私の旦那様なんですから。」


「…。」

「…。」


「マスター怒ってます?」

「…。」

「私のこと嫌いですか?」

「嫌いじゃないけど嫌いになりそうだよ。」


【codeーシンパシーモード解除】


「私のこと嫌いになっちゃ嫌ですから。」


良かった。苦労の末、最低限のプライバシーを獲得した。頭の中を四六時中覗かれてたらいつ射出されるかわかったもんじゃない。


「なあ、君…。」

「桜華です。」

「…桜華、ここはどこなんだ?君は誰で何で僕はここにいる?」

「質問が漠然としていますね。」

「仕方がないだろう。何でこうなったか覚えてないし、君のことももっと知りたいし。」

「えっ!私のことをもっと知りたい!?」


桜華は立ち上がりぴょんぴょん跳ねる。暗くてわからなかったがここは意外と広いんだな。


本当に知りたいのは自分と周りの情報なのだけれど、僕も彼女に全く興味が無いわけではない。迂闊に機嫌をとった責任もある。


「ふふ。しょうがないわねぇ。そんなに聴きたいのね。前にも説明したけれど、私は【s001-桜華】。桜華ってよんでね。」

「あの音声案内のAI…?」

「そうよ。まさか今まで気がつかなかったの?」


桜華は露骨に伏し目になる。


「…。」

全く気がつかなかった。言葉に詰まる。

「私、やっぱり愛されてない…。」


【codeー射出シーケンス開始】

辺りが赤色の光で点滅をはじめる。

ブーブーと警告音がなる。


「搭乗者射出まで30秒」


「ばっ!バカ!僕は最初から桜華だって気づいてたよ!

僕が桜華のことわからないなんてあり得ないだろ!?」


「…ほんと?」

「当然さ!!!!」


「じゃあ、愛してるって言って。」

「愛っ!?わ、わかった!あ、愛してる!!」


【codeー射出をキャンセル】


「嬉しいっ!マスターしゅき♥️」

「う…。桜華…さん?そろそろ本題に入ってほしいな…なんて。」

「本題?いいですよ。それでは心して聞くよーに!」


「私たちs001型は人命救助用のポットなんです。貴方たち人間を丁度ひとり搭乗させて、治療から食事、排泄等々生命の維持をします。ちなみにマスターは私に搭乗後、176日間昏睡状態でした。」

「そんなに長く…。」

「ええ。マスターはもう私無しでは生きていけない身体になっちゃってます♥️」

「うう…。」

気圧されたら負けだぞ僕。質問攻めだ。

「俺はどうして昏睡状態になっていたんだ?」

「高高度に放り出されていました。地上8300メートル地点でマスターを回収したのですよ。私たちがひとつになることは運命によって定められていたのですね♥️」

「???」


脳のキャパオーバーでパニックになる。高高度ってどういうことだ?

「どうして僕はそんなに高いところに?」

「知らないのです。」


むう、このポンコツ!!

「今僕達はどこにいるんだ?病院?」

「只今高度3000メートル付近です。場所は、えーと、zが3000のxが…。あー宮城と福島の県境あたりですね。」


まだ落ちている?180日も寝ていたのに?とっくに地表に着いていてもおかしくないはずだ。


まさか僕を幽閉するために嘘を?

「桜華、お願いがある。外をみたい。」

「外ですか?いいですよ!ついでに私の感覚機官とマスターの身体をリンクさせますね!最初は浮遊感でゾクッとしますけど我慢するのですよ?」


【codeー感覚のリンク】


視界が突然開ける。無限に広がる空。雲ひとつ無いブルーバックのような空。360度全部空だ。


「桜華さん?地表が見えないんですが?」

「高度0メートル地点、つまり地表付近は高度10000メートルと繋がっているのですよ。マスター達人間は着地もできず永遠に落ち続けるしかないのです。」


「それも定められた運命なのです。」


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