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アビスミスト  作者: Ten10
Side:Algida
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Side:A ⑤



 ミントから紹介された眠る(ドルミート)心臓(・カルディア)の調査員ランベルトは若く、歳はアルジダとそう変わらないであろう茶髪の青年だった。

 どうやらランベルトは明星に避難してきた住人に聞き込み中のようであり、うずくまって震えている若者と話していた。


「君がランベルトか? 少し聞きたいことがあるのだが」


 邪魔にならないようタイミングを見計らって、背後から話しかける。振り返ったランベルトの顔は好青年そのものといった感じであったが、アルジダの顔を見た途端に口元がひきつった。


「あなたは……アルジダさんですか?」

「そうだが。どこかで会ったことがあるか?」

「……いえ、多分誰かの話で聞いたことがあっただけです。仕事柄、色んな情報を聞くことが多くて」


 少なくともアルジダはランベルトとは会ったことがない。顔も名前も知らなかった。

 ランベルトも同様のはず。なのに、誰かから聞いたことがあるレベルの人物の顔を見ただけで、あそこまでギョッとできるものなのだろうか。


「それで、俺に聞きたいことってなんですか」


 ランベルトの顔はもう最初の好青年のものに戻っていた。嘘くさい、胡散臭い笑顔。だけど同時にとても人間くさい。その人間くささが、人が正気を失うこの街では逆に安心できる。


「この街に一緒に来た男の子を探しているんだが……」


 アルジダはこの街に来た経緯、そしてエディの特徴について話していく。金髪碧眼、貧民街の子供たちと違って身なりもよい。もし見かけたら、すぐに分かるはずだ。

 ランベルトもアルジダが話すことに適宜質問を挟みながら、メモを取りつつ聞いていく。


「……」


 エディのことについて一通り話すと、ランベルトは神妙な顔をして何かを考えていた。心当たりがあるのか、顎に手をあてて、しきりに頭の中の情報を整理しているようであった。


「残念ですが、今日、エディ君を見たという人はいないようですね」

「……」


 含みのある言い方。若干の違和感を覚えたが、追及するのはやめておいた。おそらく問い詰めても、のらりくらりとはぐらかされてしまう気がしてならない。

 だが嘘を言っているようにも見えなかった。ランベルトは明星に来る前にも、いくつか他の避難所となってる場所に立ち寄ったらしいが、少なくともそこでエディを見た人間はいなかったようである。


「そういえばアルジダさん。レディ君に会ったって言ってたけど本当かい? 彼は無事だった?」


 アルジダはエディのことを話す際に、この街に入ってから明星に辿り着くまでの過程を簡潔に話していた。多分ランベルトはレディバートの知り合いなのだろう。あの人のよい笑顔を浮かべつつも、口調はどことなく心配そうだった。

 特に隠す理由もなかったので、正直に話す。


「ああ、最後に見た時は元気そうだったよ。堕ちている様子もなかった。……はぐれてしまってからは分からないが」

「それなら良かった。実を言うと、俺と彼は無線機で連絡を取り合っていてね。今朝方、急に連絡がつかなくなったから心配してたのさ」


 アルジダは先ほど見かけた壊れた無線機を思い出す。やはりあれはレディのものだったのだろう。一応は彼が拾ったが、レディの専門分野は虫、広義的に解釈しても生物だ。直せるかどうかは微妙なところである。


「もう誰かから聞いたかもしれないけど、俺たちは眠る心臓(ドルミート・カルデア)から派遣された調査員でね。この霧の事件の解決を任されてる」

「見たところ、レディバードもお前も単独行動のようだが。他に誰かいないのか」

「他にもギアーズやなんでも屋が協力してくれてるけど、基本的には少数精鋭でね。無闇に大人数を得体のしれない領域に送り込むことはできない。特にレディ君は俺たちよりも先に街に入ってた。だからこそ、直接詳しい報告を聞きたかったんだけど……」


 しかしレディの方の無線機が壊れてしまい、報告どころか、連絡すらとれなくなったということか。

 アルジダがそう付け加えると、ランベルトは残念そうに頷いた。


「なあ、ランベルト。話は変わるが、この霧の問題を解決するヒントは見つかったか? この街は大変な状態にある。神の使いとして、微力ながら私も手助けをしたい」


 神ゼウスに仕える神官として、もっともらしいことを言ってみる。

 だが正直に言えば、アルジダにとってこの街がどうなろうとどうでもよいことだ。その一方でエディが見つからない上に、霧の中から脱出する手段も現状不明なことも確か。ならば、霧自体をなんとかした方が早い。

 そう思ったアルジダはこうしてランベルトの調査に協力することを申し出てみる。


「……怪しい人物はいるよ。少なくとも霧の発端となった人間」

「それは誰だ」


 食い気味に問い詰めるアルジダ。まだ情報を整理してないから未確定なんだけど、と最初に付け加えてランベルトは説明する。


「二週間前の夜、この貧民区の20番街と呼ばれる場所で惨劇が起きた。とある一人の男が子供を中心に何人も斬殺。辛くも逃げられた人によると、男は『審判の時が来た』とか言っていたらしい」

「審判の時……」


 聞き覚えのあるフレーズに思わず眉をひそまさせる。そのことに気付いたランベルトが話を止めようとするが、構わず続けるよう促す。


「その翌朝には、既に20番街は霧に包まれていた。タイミング的にどう考えても、この20番街での殺戮が霧の発端になっている。そして何より――犯人の男はまだ生きて街を彷徨っている」

「……つまりその男が霧を産んでいる可能性が高いというわけか。男の特徴は?」

「本名は分からないが、20番街での事件から皆は『トエンティ』と呼んでいる。外見の特徴としては……浅黒い肌、両手には二本の曲刀、そして目元に布を巻きつけて目隠ししてる」

「……!」


 どうりで聞いたことのあるフレーズなわけだ。間違いない。この街に入って、一番初めに遭遇し襲ってきた青竜刀の男。

 アルジダは息を呑むと、ランベルトに男のことを話す。


「君が従者とはぐれた話を聞いた時にもしやと思ったけど……。まさか本当にトエンティと既に出会っていたなんてね。彼はどれくらいの強さだった? 俺でも対応できそう?」

「ランベルトがどれほどの戦闘ができるか分からないが、多分無理だろう。正気を失っているという点では同じだが、堕ちた住人とは比べものにならない。それに、この霧の街は奴の領域だ」


 人間は五感のうち7割を視覚に依存するという。この霧であてにならないと分かっていても、どうしても視覚に頼ってしまう。

 それに比べてトエンティは最初から目に頼ることがない。どれだけの期間を盲目で過ごしてきたのかは分からないが、強襲された時の動きは鋭く素早かった。この霧の街では圧倒的に殺人鬼トエンティが有利である。ランベルトが優れた戦闘員であったとしても、一対一で挑むには気圧されない精神力と競り負けない絶技が必要になってくる。


「それで……トエンティとやらはどこにいるんだ」

「20番街を中心に出没してるね。アルジダさんが遭遇した蟲屋の近くも20番街のすぐそばだ。もしかしたら彼が霧を産み続ける為に遠くまでは行けないのかもしれない」

「そうか。それだけ分かれば十分だ」


 アルジダは軽く礼をすると、踵を返そうとする。

 しかし一歩踏み出す前に、背後からランベルトに強く肩を引っ張られてしまった。


「まさか、トエンティを倒そうとか思ってないよね?」

「そのまさかだが。何か文句があるというのか」

「君がさっき言ったばかりじゃないか。トエンティは強いって。非戦闘員の神官の上に、左足が動かないのなら」

「私の左足がどうかしたか」


 アルジダはランベルトを強く睨みつける。彼がこの足についてどれだけ知っていようと、軽々しく触れようものならば流石に気に障る。

 それに勝算がないわけでもなかった。アルジダとて、伊達に修羅場を乗り越えていないし、何より殺人鬼(ニュナス)ならよく見ている。同じ殺人鬼でも、殺人鬼(トエンティ)殺人鬼(ニュナス)に比べて狂気も恐怖も劣る存在だ。


「……だけど、君はこの街に詳しくないだろう。20番街の方向すら分からないはずだ」

「それなら問題ない。明星にいる他の者に聞けばいいだけだ。例えばさっきまでお前が聞き取り調査をしていた若者にでも……」


 ランべルトの手を振り払ったアルジダは近くで床に座り込んでいる男の若者に話しかける。背後から、その人はやめた方がいい、というランベルトの制止が聞こえた時には既に遅かった。


「なあ君、20番街がどこにあるか知っているか。私はそこへ行きたいんだ」

「20番街……?」


 若者が顔を上げる。酷くやつれていて、目の下にはどす黒いクマが浮かんできていた。彼は20番街という言葉を二、三回反芻(はんすう)すると、突然立ち上がってアルジダの首元をつかんできた。


「やめろ! 20番街に行くのはやめろ!」

「リッキーさん! 彼女を放すんだ!」

「駄目だ駄目だ! 外へ出ては駄目なんだ! 奴ら(・・)がいる! 奴ら(・・)が大切なものを奪ってしまう!」


 リッキーと呼ばれた若者の顔が目の前に迫る。充血して、真っ赤に染まった双眸がまっすぐにアルジダを捉える。首元に回った手に力が込められて、息が詰まってしまう。

 ランベルトが若者をアルジダから剥がそうとすると、必死の形相とは裏腹に彼はあっさりと手を離した。

 アルジダはようやく息を吸えるようになり、せき込みながら右手で喉をさする。いきなりのことで気が動転したが、それでも気になることをなんとか口に出した。


「奴らとは誰だ。トエンティか、それとも堕ちた住人か?」

「違う違う。いいや違うんだ! そいつらも恐ろしいが、奴らはもっと恐ろしい。あの霧の化け物(・・・・・)たちは!」

「霧の……化け物……?」


 彼の発した言葉は、まるで奴らというのが人間ではない、この世の者ではないといった風であった。そしてその後に続く単語が、それを証明する。


骸骨(スケルトン)幽霊(ゴースト)一つ目の巨人(サイクロプス)!」

「は……?」


 若者の言う奴らとは空想上、あるいは架空の物語でしか存在しない化け物だった。嘘をついているとは思えない表情だったが、流石に荒唐無稽すぎて首を傾げてしまう。


「奴らが襲ってきて母さんを、俺の大事な人をさらっていったんだ!」

「落ち着くんだ、リッキーさん。ここは安全だから、ゆっくり座って休むんだ」


 喚く若者を穏やかな口調でなだめるランベルト。若者も暴れて疲れたようで、大人しくさっきと同じ場所に座りなおした。

 ちょっとした騒動も収まり安堵する。霧の化け物が、母さんが、と彼がぶつぶつ呟くさまは若干不気味ではあったが。


「ランベルト。彼の言う霧の化け物や彼の母親のことなのだが……」

「気にしない方がいいよ。おおよそ彼の幻覚だ。彼の母親は去年亡くなっている」

「……」


 アルジダが抱いた疑問を、ランベルトは若者に聞こえないように小声で教えてくれる。


「堕ちる前には幻覚症状が現れる。彼が典型的な例だ」

「幻覚症状?」

「そう。おおまかにいって見てしまう幻覚は二種類。自分が恐怖するモノ(・・・・・・)と自分が愛するモノ(・・・・・)だ」


 つまり若者にとっては、恐怖するモノが霧の化け物とやらで、愛するモノが母親ということになる。


「まあ愛するモノの方の定義は曖昧なんだけどね。どうやら自分にとって都合の良い幻覚を見るらしい」

「都合の良い幻覚……」

「彼みたいに幻覚を見ているとはっきり分かっている場合はまだいい。厄介なのは区別がつかない時だ。なにしろ本人にすら自覚がない。いずれ現実と幻覚に矛盾が生じるだろうが、その時まで幻覚だと判断することができない」


 確かにランベルトの言う通りだ。もし若者の見た恐怖するモノが空想上のモンスターではなく生身の人間だったら、愛するモノが存命している母親だったら、誰がそれを嘘やまやかしだと断言することができるだろうか。


「とにかく、だ。彼以上に混乱してる人間はいないだろうが、明星に避難してきた住民は多かれ少なかれ外のことを恐れている。案内する者はいない。道順を教えてもらっても、この霧の中だ。土地勘もないのに20番街まで辿り着くことはできないだろう」

「大人しく解決されるのを待てということか」

「そういうこと。俺やレディ君を含めて優秀な調査員が現地入りしてる。じきに騒動も終わるからさ」


 それだけ言い残すとランベルトはアルジダの前から去って行った。どうやら店内にいる住人の聞き込み調査を続けるようだ。

 ランベルトの言い分が正しいと思う一方で、アルジダは焦燥を感じざるを得なかった。

 この街が危険なことは理解した。自分ひとりでは元凶のもとへ辿り着けないことも認識した。だが、そんな中でエディは未だ一人でさまよっている。その事実がどうしようもなくアルジダの思考に澱みを産ませているのだ。


(大通りの方の酒場の扉から出れば誰かに咎められてしまうだろう。だが裏口ならば)


 さきほどララの父親に会いに廊下に出た際、突き当りに扉があったのを覚えている。おおよその構造からして、あの扉の先は外へつながっているはずだ。

 そう考えたアルジダはひっそりと酒場から廊下へと抜ける。案の定、人の気配は感じられなかった。見張りもいないだろうと油断していると、扉の前に二つの人影があることに気付いた。


「やあ。どうしたのかな」

「アルジダさん、外へ行くの……?」


 仮面の男ミンストレル、そして明星の店主の娘ララ。この二人が裏口の前で待ち構えていた。

 思惑を察せられないよう、アルジダは冷や汗を垂らしながら言葉を選ぶ。


「ララの様子が気になってな」

「誤魔化さなくていいよ。ランベルト君との会話は聞いてたから」


 ミントの言葉一つで緊張の糸が一気に緩んだ。大きく息を吐き出し肩を落とす。

 最初からミントたちは知っていたのだ。恐る恐るやり過ごそうと自分が馬鹿みたいじゃないか。


「盗み聞きとは趣味が悪いな」

「聞こえてしまったものは仕方ないだろう?」

「そうか。それで私を止める気か? か弱い女性を力づくで?」


 半ば自虐のような質問にミントたちはあっさりと答える。


「いや僕たちも同行しようと思ってね」

「アルジダさん、この霧を止めるんでしょ。あたしも手伝いたい」


 正直、有りがたい申し出だ。ミントは男性の中でもかなり大柄であり、戦闘になったら頼りになることは間違いない。だが、ララの方はただの少女だ。特別な能力を持っているわけでもなさそうで、危険に晒すだけになるかもしれない。

 その心配をそれとなく視線で伝えてみた。


「……ああ、ララちゃんのことかい。僕もなるべく外へ行かせたくはないんだが、20番街の案内ができるのは彼女だけだ」

「ミントは三区の住人じゃないのか?」

「三区といっても広くてね。僕が住んでる場所はこの貧民街じゃない。もっと鐘の塔寄りだ」


 それでも買い出しに来て巻き込まれたというのだから、全く知らない土地というわけではないのだろう。しかし霧に包まれて視界が悪い状況では、より詳しい者、貧民街に住んでいる人間が必要になるということだ。

 理由は分かったが、本人の承諾も不可欠だ。わざわざここに来たからにはララも覚悟が決まっているだろうが、一応念押しをしなくてはならない。

 アルジダはしゃがんでララと同じ目線になると、彼女の目を見つめて真剣な口調で話す。


「いいか、ララ。外には怖い大人たちがいる。さっき私達が会った連中よりも余程危ない奴らだ。それでも行くか?」

「うん。この霧を止めないとパパが起きないから。あたしはパパを助けたい」


 想いは一緒か。なら止める理由はもうない。

 アルジダは立ち上がると、裏口の扉を開る。ひんやりとした霧の空気を肌で感じながら、足を踏み出した。



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