Rambert
カワードと入れ違いで蟲屋に来たランベルトは、机の上に紙の束を置くと席に着いた。
紙のほとんどは霧の事件の調査報告に関わるものだ。報告書をまとめるにあたって、聞きたいことがレディにあった。
「紅茶でいいか?」
「うーん、ごめん。コーヒーでお願い。ここのところ徹夜でさ」
ランベルトは苦笑いを浮かべた。後始末に追われていたせいで仮眠すら取れていない。これが終わったらゆっくり休もうと思案する。
レディはランベルトの方にコーヒーの、自分の方に紅茶のマグカップを置いて座った。
「それで聞きたいことって? ボクはもう話せることは全部話したつもりだけど」
「そうだね。これはただの確認さ。それじゃあこの報告書のページを見てもらおうかな」
ランベルトは一枚の紙を対面するレディに渡す。
そのページに書かれていたのは霧の異能についてだ。
「異能について聞きたいのか。だけどこれに関してはもう判明しているだろう」
「それがそうでもないんだよ。実際、核だったエディ君は異能の持ち主ではなかった。発現者は別にいることになる」
「じゃあ犠牲者の子たちが……」
「便宜上はそう書いてるけどね」
あれだけの強力な異能。死んでしまったら維持が出来ないというのが調査隊の結論だった。だからこそ生きた核、発現者がいるという推論を立てていたのだ。
しかしエディは核ではあったが発現者ではなかった。現に彼は異能を持っている様子はない。
ならば、あの強力な異能の説明をどうつけるか。ランベルトは、あの夜に20番街で殺された犠牲者たちが一斉に同じような異能を発現させたと報告したのだ。
「でも、そんなことがあると思う? 無関係な子供たちが同じ異能を発現させたなんてさ」
「……ありえないことじゃない」
「そうかもね。でも、もっと簡単に説明できることがあるよ」
それはなんだと、レディが冷や汗を垂らして聞いてくる。
「誰かが彼らに異能を配ったんだよ。生成した異能を。だから同じ異能が彼らに行き渡った」
「そんなこと出来る奴がいるとは思えないけどな」
「アラクネ……とかどうかな。レディ君もよく知っているだろう」
「なるほど。だからボクのところに来たのか。残念だが、アイツはそんな器用なことは出来ない。一人に渡すのが精々だ」
なんて愛しい絶望の結末。アラクネの異能は対象一人の設定を全て書き換えることが出来る能力。当然異能を付与することも可能だが、レディの言う通り、彼女はそこまで便利な異能ではない。
「でも俺はこうも考えているんだ。もしアラクネに家族」
ランベルトがそこまで言ったところでレディは思い切り机を叩いた。アラクネは彼の過去に関わることだ。あまり刺激すぎると怒るかもしれない。
素直にランベルトは謝っておく。しかしレディは怒っているというよりは焦っているようにも見えた。
「それは推論だろ。例え血が繋がっていても、似た異能が発現するなんて限らない」
「それもそうだね。……話はここまでだよ。報告には子供たちが発現した異能って書いておくさ」
ランベルトは出されたコーヒーを飲み干すと、帰る為に立ち上がる。扉の方を見ると幼い少女が不安そうにこちらを覗いていた。
「喧嘩? お客さん?」
「大丈夫だよ、マリー」
怯える少女をレディは優しく諭す。
そういえば蟲屋には住み込みで働いている少女がいたことをランベルトは思い出した。
だけど、この少女は事件が起きた時は何をしていた。貧民街にある蟲屋に住んでいるのなら、20番街の惨劇が起きた時も現場にいた可能性があるのではないか。
ランベルトはそんな愚にもつかない自分の考えを一笑すると、マリーと呼ばれた少女の頭を撫でる。
彼女の瞳は紅かった。どこかで見た狂気に満ちたような紅い双眸は、深淵に続く穴のようにも見えた。
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the end of story,Abyss mist
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