Turn Side ⑥
突然現れたニュナスの幻影。それを前にしてランベルトは苦戦を余儀なくされていた。
「化け物ですか、この人は……」
ランベルトが驚くのも無理はない。
目の前のニュナスは銃弾を軽々避け、まるで踊るが如くこちらに歩み寄ってくる。素早く動いて狙いを定めさせないというテクニックはあるが、彼の場合はそうじゃない。見てから避けている。反射神経が異常すぎる。
だが近づいてくれるのなら逆に有り難い。ランベルトとしては銃よりも体術の方が得意だ。
近接攻撃が届く距離になると、拳銃を持つ方とは反対の手にナイフを握りしめ、得物を振るう。銃、刃物、蹴りの三種をバランスよく繰り出していく。
「いける……倒せる……!」
ランベルトは徐々にニュナスを追い詰めている実感が出てきた。巧みな連続攻撃にニュナスの幻影は遅れを取りつつある。最初は衣服の一部、次に皮を、そして今は血が出るほどの傷を負わせることに成功していた。
相手は幻影。アルジダが認識した偽者だ。当然偽者には本来の技術など備わっていない。そうである以上、倒せないわけがない。
意気込むランベルトの勢いよく繰り出す心臓への一撃。突き出されたナイフはニュナスの胸に刺さるはずだった。しかし幻影は上半身を90度回転させて避けてしまった。
そこまではまだいい。問題はその後だった。
「えっ……」
ニュナスはそのまま上半身を更に270度回転させたのだ。つまりは360度、一回転。人間技じゃない。普通だったら背骨が折れるはずが、幻影は平気な顔で手を伸ばす。
ランベルトとて知っているはずだった。ここにいる彼は本物ではなく幻影だということを。アルジダが想像した、ニュナスならこれぐらい出来るだろう、というのを幻影は精確に再現してるだけなのだ。
「フフフフフ……」
完全に形勢は逆転した。
不敵に笑うニュナスはランベルトの顔を鷲掴みにして持ち上げる。ランベルトも反撃に出るが、全てニュナスのもう片方の手で防がれてしまう。
「こんな無粋なものを持っているからいけないんですよ」
そう言って、ニュナスはランベルトの銃を持つ手を上から握りしめる。
そして聞こえるランベルトの絶叫。幻影は手をまるでプレスのよう握り潰したのだ。ばきばきと骨が折れる音が鳴る。あえなく強制的に開かれたランベルトの拳から銃が落ちた。それを見たニュナスはとても満足そうだった。
ランベルトはこの状況を打破する為に、まだ動くもう片方の手を使って腰の冷凍弾のピンを抜いた。
「……!」
炸裂音の後に辺りを冷気が包んだ。いくらニュナスの幻影だろうと、彼を構成しているのは霧。冷凍弾が当たれば消滅してしまう。
といってもピンを抜いてから起爆するまでタイムラグがあるせいで、幻影には距離を取られただけで傷一つ負わせられなかった。
なんとかニュナスから解放されたランベルトは骨が折れていない手でナイフを構える。両手でも倒せないのに、片手となるともはや絶体絶命だ。
「俺はまだ戦えますよ」
ランベルトはあの嘘の笑顔を顔に張り付けた。どんな時も、ピンチの時だって周りや敵に自分の心情を察せられてはいけない。だからふてぶてしく笑ってやった。
だけど、ランベルトにもまだ勝算はあった。ニュナスの幻影を無視し、母柱の中にある核のエディを殺す。あとはアルジダを見捨てて逃げれば、最終的に時間が解決してくれるだろう。
「そんなことするわけには、いかないよな」
アルジダに対しランベルトは苦い過去があった。それなのにまた彼女に負い目を作るというのか。いや、そんなことは出来ない、したくない。
彼女には幸せになって欲しい。これは兵士ではなく、情報屋でもなく、人としての願いだ。
「この街が願いを叶える街なら、俺の願いも叶えてみせてよ」
「……叶うさ、ランベルト。なにしろ君のお陰で時間が稼げた」
気付くと、ランベルトの前をアルジダが歩いていた。
ランベルトですら勝てなかった相手だ。アルジダが勝てるわけがない。最悪、殺されてしまう。
ランベルトはアルジダの背中に向かって叫ぶが、彼女は無視してニュナスに近寄っていく。
「おやおや。次はお嬢さんが相手ですか」
「そうだな。相手になるといいが」
相手になるわけがない。それなのにアルジダは無警戒に無造作にすたすたと歩いていく。
そしてナイフを取り出したかと思うと、ニュナスの胸へ深々と突き刺した。
「えっ……」
その場にいたアルジダ以外の全員が呆気にとられたことだろう。どうして、ああもあっさりとニュナスの幻影にナイフを刺せたのか。
か弱い少女が化け物を討ち取る。ありえない光景に口が塞がらない。
「何故避けられなかったのでしょう。というか、何故これぐらいで私が死ぬのでしょうか」
「それはワガハイが君のことを知らないからなのだよ。アルジダにとっては常軌を逸した化け物でも、ワガハイからは殺人鬼という人間に過ぎない。人間ならば殺せない道理はない」
あの一人称には聞き覚えがあった。あそこに立っているのはアルジダじゃなく、ニヒツだ。
ニヒツだからこそ幻影を弱くすることが出来た。ニヒツだからこそニュナスを倒せたのだ。
「フフフフ。それはそれは。まあ偽者の私では、ここら辺が限界といったところでしょうか」
「随分と潔ぎがいいのだな」
「貴女が認識した偽者の私ですからね。もし本物だったら、この苛立ちを鎮める為に、貴女たちもあの醜い柱もまとめて道連れにさせていたでしょう」
そんな不穏な言葉を残してニュナスの幻影は霧へと還っていた。いくら幻影といえど勝てたことが不思議だが、ともかく障害は取り除かれた。
残留思念の子供たちもそれは理解しているらしく、母柱はこの場所を守るため、あの触手のような長い手を柱から何本も生やす。
「ランベルト、ここからはワガハイに任せてくれ」
再び戦闘態勢に入ったランベルトを制止して、ニヒツは母柱の前に立つ。
ただ無為に立っているのではなく、彼女には伝えたい言葉があるのだろう。そう思ったランベルトは静かに見守ることにした。




