Turn Side ⑤
アルジダとランベルトは驚愕していた。
ホールの中心にある劇場。ふたりが突入したその先にあったのは巨大な白い柱だった。それは太さも高さも尋常ではなかった。不気味にうねうねと動く柱はどう見ても天井を突き破っている。霧のせいで見えにくかったとはいえ、外観で分からなかったのが不思議なくらいだ。
「彼らはあれを母柱と呼んでいます」
崩れかけた檀上の上にはひとりの金髪の少年。アルジダの従者、エディだ。今度こそ見間違えることはない。
彼はアルジダに向かって丁寧にお辞儀をすると、母柱に関する説明を続ける。
「人々の愛する者を集め、融合させた結果があれです。もはや思考も感情もなく、ただ愛するという機能を備えた醜い化け物ですよ。まあ彼らは満足してるらしいですが」
淡々と話し続けるエディにランベルトが拳銃を向ける。確かにどれだけ御託を並べようと、核たるエディを撃ち殺せば終わる話だ。だが、それで終わらせない為にアルジダは来たのだ。
アルジダは銃の前に手を伸ばし、撃つのを制止する。
「ランベルト、ここは任せてほしい」
「……チャンスは一度きりです。貴女が説得に失敗したと判断した瞬間、俺はするべきことをします」
「ああ、それでいい」
銃口を下げたランベルトの前に出るアルジダ。徐々に壇上へと近づいていく。
「やあ、エディ。昨日はご苦労だったな。気絶した私を蟲屋まで運んでくれて」
「いいえ、大丈夫ですよ。それよりもお怪我はありませんか。僕はそれが心配で」
「お前のお陰で大した傷はない。エディの方こそ無事で良かった」
やはり昨日蟲屋にいたレディバードはエディが化けた姿だったようだ。
いつもの顔で、いつもの口調で、いつものやり取り。ここが霧に包まれる異様な場所でなければ、ふたりの会話は日常の一コマであっただろう。
そしてアルジダはいつものようにエディに語りかける。
「もういいだろう、エディ。私たちの一区に帰ろう」
「……何故ですか」
エディの表情が途端に険しくなる。理由を聞いているが、彼は明らかに拒絶している。
アルジダの返答を聞くよりも先にエディはここに残るべきと主張し始めた。
「ここは幸せですよ。アルジダさんを苦しめるようなものは何もない。それどころか、貴女が欲するものが何でもある。望んできた人生、願ってきた家族、ゼウス様だって欲するがままだ」
「トラウマも化け物もウロウロしてるがな」
「それはこの場所を受け入れないからですよ。堕ちた人たちを見てください。彼らは幸せそうでしょう? だって、失った愛も手に入らなかった愛も自分のものに出来る。愛されて、必要とされて生きていく。こんなに幸せなことはない」
エディの言うことにも一理ある。辛い現実よりも幸せな夢を望んでも悪いことじゃない。戦うことを諦めた人がいたとしても、それはそいつの人生だ。口出しする権利はない。
それでもアルジダは現実を望んだ。だからこそ、どんなことを言われようとエディを見据えて動じない。
「駄目なんだよ、エディ。ここにはニュナス様がいない」
「だからそれは貴女が望めば」
「私が想像するニュナス様、だろ? あの方は我々の常識で収まる人じゃない。それに私を救ってくれたあの方に尽くすのが使命であって、愛されたいなんて願っていない。そんな偽者は必要ない」
それがアルジダの答えだった。誰があのニュナスの心までを推し量れる人がいるだろうか。そんな人間はいやしない。親衛隊の古参でも、同じような殺人鬼でも、人間が彼を理解できるわけがない。
例え偽者に尽くしても心は満たされない。ここがどんなに心地の良い世界だとしても、本物のニュナスがいる世界がいい。
「エディ、お前も本当は分かっているんだろう。偽物の愛では自己満足すら出来ないと」
「そんなこと……ないです」
「そうでもなければ私を連れてこなかったはずだ」
そうだ。最初から答えは出ていた。
もしエディが偽物の愛で満足していれば、この霧の街から出る必要なんてなかった。偽物のアルジダに愛されながら過ごしていれば良かったはずだ。
だけどエディは分かっていた。望んで出てきたアルジダが偽者で、愛されても虚しいだけだと。だからわざわざ本物のアルジダを連れてきて、共に暮らそうとした。愛されなくても一緒にいることを選んだのだ。
「私はお前を愛することは出来ない。でもな、こんな街じゃなくても一緒に生きることは出来るんだよ」
「アルジダ、さん……」
「帰ろう、エディ。みんなが待っている」
いつの間にかアルジダはエディの目の前に来ていた。膝をつく彼に精一杯の微笑みを向けながら、手を差し伸べる。
もうここにいる理由はない。エディはアルジダの顔を見上げながら手を取ろうとした。
「どこにも行かせやしないよ」
突然聞こえる子供の声。これはトエンティに殺された子供たちの声だ。
アルジダの手とエディの手が離れていく。エディが母柱から伸びる何かによって引きずられているのだ。
「エディ!」
母柱から伸びていたのは人間の手だった。壇上に登り、よく観察して初めて気づいたことだが、あの母柱というのは全て手で構成されていた。波打つようにうねうね動いていたのは無数の手が集まっていることによって見えていたのだ。
通常では考えられない数メートルもある手に掴まれるエディ。彼も当然抵抗するが、何本もある手には無力だ。あっという間に母柱の元まで引きずりこまれると、柱の中へと飲み込まれた。
「アルジダさん、さがって! ここからは俺がやります」
こうなってしまえば力づくで母柱を倒し、エディを取り戻すしかない。左足が不自由なアルジダに代わってランベルトが飛び出した。
「許さないよ」
「わたしたちはここで生きていくんだから」
「誰にも邪魔されず今度こそ愛されてみせる」
「だから、やっちゃって!」
子供たちの声に応えるように母柱とランベルトの間に何者かが舞い降りた。それは天使ではなく、悪魔でもなく、もっと危険な人物。
「ぎゃあぎゃあうるさいですねえ。どこですか、喚き散らす不躾な子供は」
――ニュナス。凶悪な一区の殺人鬼。アルジダが見てきた中で、最も禍々しく、最も美しい人間。
もちろん本物ではない。きっとアルジダが想像した愛の、もしくは恐怖の幻影だろう。でも今出てくるのは危険すぎる。
「……私は今、とっても機嫌が悪いんですよ。それなのに銃を向けるとか、よほど私と戦いたいようですねえ!」
ニュナスはこの異様な光景の一切を無視して、銃を構えるランベルトへ襲いかかった。
いくらランベルトが戦闘経験を積んでいる者だとしても相手が悪すぎる。今すぐにでもニュナスに退場してもらわないといけない。
彼はアルジダが想像した人物だ。なら認識を変えてしまえばいい。ここにニュナスはいない、そういう認識をすればララと同じく消え去るだろう。
だがそれは無理だった。いるはずはない、が、もしかしたらあのお方ならいるかもしれない。そんな考えが心の隅に残ってしまっている。
「認識を……変える……」
そう呟いたアルジダは何かに気付いた。
そして目を閉じると内なる精神へと意識を集中させていった。




