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アビスミスト  作者: Ten10
Turn Side:Nihitsu
31/37

Turn Side ④



「なんでこんな大群がいるんだよ!」

「そんなこと知るものですか!」


 クラップとミンストレルはトエンティの集団に追いつめられていた。ホール内にある大きい倉庫の中で、何人ものトエンティが我先にと扉から入ろうとしている。

 囮役としてこれだけの戦力を引き付けられたのは重畳だが、一人でも手に余るようなトエンティの幻影を何体も相手するのは厳しいところだ。


「ミント! 足止めをしてくれ!」

「はいっ!」


 ミントがチカチカと光る頼りない電灯の下、入口にいるトエンティたちへと発砲をする。

 奴らの強みは霧が濃い場所でこちらの視界が効かないこと。しかし、この倉庫内は霧が薄かった。トエンティたちのアドバンテージはない。むしろ銃を持っているミントの方が有利だ。

 奴らの戦略は単純だ。まっすぐ突っ込むか、まっすぐ退くかのどちらかしかない。狂人として具現化されているせいか、完全に退くという選択も出来ない。なんとしてでも眼前の敵を倒す為に、一旦隠れていても痺れを切らして突入してくる。


「クラップさん! 奴らが来ますよ」

「任しとけ」


 一丁の銃で対処しきれない数がきた時は逆にチャンスであった。

 クラップは冷凍弾を取り出すと入口に向かって投げる。無策無警戒で入ってきたトエンティたちは爆発に飲み込まれ、まとめて消滅した。

 物音がしない。これでトエンティの幻影はほとんど倒したようだ。クラップたちは汗を拭きながら一息つく。

 すると、残った最後のひとりがのっそりと倉庫に侵入してきた。


「まだいるみたいですね」

「ああ。さっさと倒しちまおう」


 そこでクラップたちは目を疑った。

 あれだけまっすぐ突っ込むことしか能がなかったトエンティがミントの銃弾を避け、あまつさえクラップの投げた冷凍弾を青竜刀で弾いたのだ。

 意表を突かれたふたりはトエンティの接近を許してしまう。慌てて部屋の両隅へと逃げる。

 避ける、警戒する、防御する。このトエンティは明らかに他の個体と違う。クラップはある確信を持って幻影に話しかけた。


「お前、本物だろ」

「……よく分かったな」


 初めて聞く、審判の時がきた以外でのトエンティの言葉。

 クラップは懸念していた。この街にいたララという少女の正体は、殺された際の残留思念が具現化した霧に定着したもの。ならば、トエンティの残留思念も具現化している恐怖に定着していてもおかしくない。

 そしてその懸念は運の悪いことに的中してしまった。


「なんでお前が霧の連中の味方してるんだよ、この殺人鬼」

「私はあの子たちを殺したいわけではない。救いたいだけだ。あの子たちにとって愛されることが救いになるのなら、私が助けぬ理由はないだろう」


 今までの幻影とは違いまともな言動を吐くトエンティ。

 そんな奴に向かってミントが二発の銃弾を撃ち込むが、身体を傾けるだけで避けられてしまった。


「悪いが目が塞いでいるとはいえ、貴様たちの位置は正確に把握している。特に射手は警戒している。ただ撃っても弾を減らすだけだぞ。……それにこうしてしまえば迂闊には撃てまい」

「俺の方かよ!」


 トエンティはクラップの方へと走り寄る。いくら広い倉庫とはいえ限度がある。振りかざされる刀をステップで回避しつつ、接近戦で戦うしかない。

 そしてこうなってしまえば奴の言う通りミントは撃てない。ミントは射撃の名手ではなく、あくまで一般人だ。激しく動き回る二人のうち、一人だけを撃ち抜くなんて真似は出来ない。

 銃を構えたまま動けないミントにクラップは叫ぶ。


「ミント! 頼みがある!」

「……! なんですか」

目覚まし時計(・・・・・・)だ! 目覚まし時計を探せ。電気が通ってんだ。目覚まし時計もきっとある」

「目覚まし時計……?」


 突飛なことを言いだすクラップにトエンティも思わずニヤリと笑う。


「目覚まし時計だと? そんなものが何の役に立つ」

「へっ。俺はあいつがないと寝起きが悪くてね」

「死んで眠っても時計があれば起きられるとでもいうのか。笑わせる」


 笑い声と共にトエンティの斬撃が飛んできた。

 それにしても本当に奴は目が塞がっているのが不思議なくらいの動きをする。クラップの足音、繰り出した拳の空気を切る音を把握し、紙一重で避けて反撃してくるのだ。防御の心得など知らないクラップは当然何度も腕や足、身体を斬りつけられてしまう。

 狂気のなせる業か、信仰心の賜物か、どちらにしても常人の領域ではない。


「もう二、三回は殺したと思ったのだがな。凄いな、貴様」

「褒めてくれてありがとよ。毎日鍛えてるもんでね、これぐらいはへっちゃらよ」

「そしてそれが貴様が強者たる証。道理で貴様が弱者の、あの子たちの気持ちが分からないわけだ」


 クラップのこめかみに筋が立つ。今のトエンティの言い草はクラップの心に火をつけた。

 フラフラになりつつもクラップはトエンティを強く睨み付ける。


「俺が強者だと。何もせずに強くなったとでもいうのか。ふざけるな、俺だって初めは弱かった。努力した結果、強くなったんだよ!」

「だが、今は強者だ。更に言えばそれはどうだろうか」


 その反論を待ってたと言わんばかりにトエンティは持論を披露する。


「恵まれた身体、不屈の精神、悪に堕ちぬ正義の心。それらが貴様を強者へと導いた。しかしあの子たちにはそれがない。何かしら欠けている」

「……欠けているからなんだっていうんだよ」

「分からないのか。貴様のような幸せを掴むことはあの子たちにはないのだ。だから私は狂気に堕ちて、あの子たちを殺した! あの子たちにこれ以上の不幸が襲う前に!」


 トエンティはクラップの腹部に蹴りを放った。それは今までの中で一番強烈な一撃だった。

 クラップは肺の中の空気を全て吐き出しながら、勢いよく吹き飛ぶ。床をごろごろを転がりながら、やがてゆっくりと止まった。


「そこで不様に倒れていろ。時が来たら私が再びあの子たちを斬る。それで霧が収まったら貴様も満足だろう」


 トエンティはそう言ってクラップに背を向ける。クラップはまだ諦めていないというのに。

 トエンティの言葉を聞いたクラップの脳内に飛来したのは、とある一人の仲間(レディバード)のことだった。


「……俺も知ってるよ。そういう奴をな」

「何?」

「よわっちい身体して、壁の前には何度も挫けそうになって、組織の立場とかいうクソくだらねえものに縛られて自分の信念一つ貫けないような仲間を。しかもそいつは親はいないし、貧民街でゴミを漁って生きてきた、お前の言う弱者そのものだ」


 クラップは怒りのままに拳を地面に打ち付ける。まずを右手を、次に左手を。拳がどれだけ痛もうと構わない。自分の仲間を、友達を侮辱する奴は許さない。

 身体中に走る痛みを耐えながらクラップは立ち上がろうとする。


「何故だ。何故立ち上がる」

「……もし、万が一でも、てめえが過去に戻ることがあって、てめえの勝手な救済とやらで、あいつの人生を奪おうとするならよ」


 クラップは両足で立ち上がり、そしてえる。


「俺は何度だって立ち上がって! てめえをタコ殴りにしてやる!」


 トエンティは一歩後ずさった。戦況を有利のはずのに、精神的にされてしまったのだ。

 そんな時、ミントの嬉しそうな声が届く。


「クラップさん、見つけましたよ! 目覚まし時計を!」

「……!」


 そう言うと、ミントは天井に向かって発砲する。あらぬ方向へ飛んでいく銃弾を、トエンティは全く気にも留めなかった。しかしその狙いは決して見当外れなどではなく、ふたりの目論見通りであった。


「うおっ!?」


 ジリリリというけたたましいベルの音が倉庫中に鳴り響く。

 ミントが撃ったのは火災報知器だった。見事に弾を命中させ、室内を大音響で満たしたのだ。目覚まし時計と言うには些か大きすぎる音量だったが。

 ともあれ、目を塞ぎ聴覚を頼りにしているトエンティはもはや闇の中だ。完全にクラップの位置も、ミントの位置も感知できない。悪あがきで二本の刀を振り回すのが精一杯だ。

 クラップはこの時を待っていた。一気にトエンティに近づくと拳をお見舞いしてやる。右、左、右、左と振り子のように身体を揺らしながら、拳を叩きこんでいく。

 もうこんな機会はない。ここで決める必要があった。


「子供たちの進む道を信じて待つのが大人の責任ってやつで! どんな惨たらしい結末でも最期まで見届けるのが強者の責任ってやつなんだよ!」

「オオオオッ!」


 ラッシュをする最中、ベルの音が鳴りやんだ。廃墟となっているホールの配線では通電に耐えきれなかったようだ。

 雄叫びを上げてトエンティは刀を突き出す。同時にクラップも最後の一撃(ストレート)を全体重を乗せて放った。

 ――――先に届いたのはクラップの拳だった。トエンティの顔面にめり込むその拳にはピンの抜かれた(起爆する)冷凍弾が握られている。


「もし次があったならよ、今度は最後まで目を開けてあいつらを見てやんな」


 爆発音と共に20番街の惨劇は消え失せた。

 クラップの手には剥ぎ取った目隠し用の布。消えゆくそれを眺めながら、珍しく祈りを捧げた。



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