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アビスミスト  作者: Ten10
Side:Algida
3/37

Side:A ③


 蟲屋をでたアルジダとレディは、とりあえず最後にエディを見た場所へと向かっていた。そう、あの目隠しした男に襲撃された道である。

 貧民街は入ってきた時と変わらず灰色の霧だらけ。平屋の建物はなんとか分かるが、三階建て以上になると上の方は全く見えない。突如として目の前に出現する街灯にはぶつかりそうになる。先導するレディの背中を追いかけるだけで精一杯だった。

 視界は最悪だが、唯一の救いは昼間だから明るいこと。夜になれば視界の悪さに拍車がかかることは間違いない。懐中電灯程度の明るさでは霧に光を拡散されてしまって大して役に立たない。つまり夜になれば捜索は不可能。日が沈むまでにエディを見つけ出さなくてはならない。


「もうすぐ例の場所だが、ちゃんとついてきてるか」


 長い青髪を揺らしてレディが振り返りアルジダの姿を確認する。

 彼が言うにはあと少しで着くらしい。だとするならば、襲撃された場所は蟲屋から歩いて約15分といったところだろう。通常なら霧がないからもっと早いかもしれないが。


「ここだ。何か手がかりでもあればいいが……」


 アルジダは目を凝らしながら周りを見渡す。

 そこそこ幅の広い通り。前方と後方、そして右横にも道があるT字路。

 間違いない。この場所がアルジダが襲われて気絶したところだ。


「エディ! 私だ、アルジダだ! いるなら返事してくれ!」


 アルジダの声は街に反響し、吸い込まれていくかのように消えていく。当然の如く反応する者などいない。


「……アルジダ、悪いがあまり大声を出さないでくれ」

「すまない。軽率だったな」


 レディが静かに咎める。

 幸いにも襲撃してきた男もこの場にはいなかったが、いつまた遭遇するか分からない。まして大きな声を出せば尚更気付かれてしまうだろう。


「……? これは……」


 その場を右往左往するアルジダの左足のつま先に黒い物体がぶつかった。なんだろうと、屈んで持ち上げてみる。

 それは手で簡単に持てる長細い黒い物体。ダイヤルやボタンがついてることから機械の類。


「それはなんだ、アルジダ」

「……多分、トランシーバー。いわゆる無線機だな」

 

 伝聞で聞いたことがあるレベルだが、アルジダは一応その黒い物体について知っていた。遠く離れた人間同士でも、この無線機をお互いが持っていれば会話ができるらしい。

 そしてこれはその中でも更に進化した携帯できる無線機(トランシーバー)。こんな精密機器を持てるのは三区の中でも少人数であろう。それがここに落ちているということが持ち主をはっきり示している。


「これはレディのだろう。きっと私を助けた時に落としたんじゃないか?」


 アルジダは配線が垂れ下がった無線機をレディへと差し出す。

 プラスチックの外殻が一部壊れて配線が飛び出てしまっているのは、青竜刀の男に斬られたのかもしれない。多分壊れて使えないだろうが、たとえ壊れてなかったとしてもアルジダには使い方は分からない。レディに渡すのがベストだ。


「……うん、ああ、そうだね。これは僕のだから、僕が預かっておくべきか」


 レディはうつむきながら、そっと無線機を受け取った。微妙な反応だったが無理もない。折角見つけた外部との通信手段が破壊されてたら、落胆もするだろう。


「しかし見つかったのは壊れた無線機ひとつか」

「落ち込むことはないよ。血痕の類が見つからなかったということは、少なくともここでエディは怪我をしてないということだし」

「そうだな。ポジティブに捉えよう。……さて、次はどこに向かうべきか」


 アルジダが顎に手を当てて次の探索場所への思案を始める――まさにその時だった。


「――――――!」


 街に響きわたる甲高い子供の悲鳴。さきほどのアルジダの声の何倍も大きな絶叫で、声の主に大変な危機が起きていることがふたりにはすぐに理解できた。


「エディかもしれない! 行こう!」

「待て、アルジダ! ここで走り出すのは!」


 レディの忠告を無視してアルジダは声の方向へと走り出した。

 子供の声というのは分かったが、少年か少女かの判別はできなかった。それでもエディである可能性は少なくない。ならば、彼女には迷っている暇などなかった。


「エディ! 今行くぞ!」


 駆ける、駆ける、駆ける。虐待の後遺症でうまく動かない左足を、無理やり前に出して進んでいく。

 徐々に息は荒れ、足取りが覚束(おぼつか)なくなる。一歩進むごとに左足に痛みが走るようになり、ほとんど片足を引きずっているような状態になったところで、ようやくアルジダは止まった。


「ここらへんから声がした気がするんだが……。レディはどう」


 そこでアルジダは言葉を止めた。振り返ってもレディの姿はおろか、気配すらない。アルジダの顔にはしまったという表情がありありと浮かんでいた。

 今、アルジダがいるのは霧の街。それも十歩先も見えないような濃霧に包まれている街だ。そんなところで全速力で走り出せば、はぐれてしまうのは自明の理。レディも今頃見失ったアルジダを探していることだろう。


「……すまない。今は先を急ぐ」


 レディとはあとで合流できることを祈るしかない。ここまで来たのならレディと合流しに戻るよりも、声の主を見つける方を優先すべきだろう。

 そう思ったアルジダは虚空に謝罪の言葉を残し、路地を歩き出す。


「イヤだ! こないで!」


 路地の奥でさっきと同じ子供の声が聞こえた。霧に阻まれて見えないが、すぐ近くにいるのは確かだ。僅かに残った体力を振り絞り、まっすぐ進んでいく。


「大丈夫か!? 何があった!」


 駆け寄ったその先、路地の曲がり角に声の主はいた。

 壁際に追い詰められ、へたりこむひとりの少女。よっぽど怖かったのだろう。幼い顔を涙で濡らしていた。

 そしてそんな少女を今にも攻撃せんとばかりに立つ若い男が三人。それぞれの手に鉄パイプが握られていた。


「助けて……!」

「お前たち! こんな子供を襲う気か!?」


 少女の救いを求める声に応じて、アルジダは男たちを一喝する。男たちは反応してアルジダの方を向くが、その顔は常人のそれではなかった。

 焦点の合わぬ瞳、虚ろな目、口元からだらしなく垂れる涎、まるで呪詛を吐いてるかのごとく呟かれる謎の言葉。彼らは間違いなくレディの言っていた錯乱した住人だ。


「父さん……ああ、母さん。もうすぐだよ……」

「嫌だ! また奴らがひとり増えた! やめてくれ! やめてくれっ!」

「裏切り者を連れて行けばいいんだね。分かってるよ、分かってる。ちゃんと君のお話を聞くから」


 三人の若者たちの誰一人として会話が成立していなかった。完全に支離滅裂である。唯一分かるのは、アルジダと座り込む少女に敵意をもっていること。


「ガアアッ!」


 唐突に三人が一斉にアルジダに対し向かってくる。振り下ろされる三本の鉄パイプに対し、素早く身を屈めて横へと避ける。

 男たちの鉄パイプは、一本は壁に当たり、一本は空中を裂き、一本は最初に飛び出した先頭の男に命中した。お陰で三人中一人は気絶し、その影響で他の二人も足がもつれて倒れこむ。どうやら錯乱しているせいか、連携はおろか頭もろくに回ってないみたいだ。


「そこのお前! 今のうちだ、ここから逃げるぞ!」

「は、はい!」


 少女は震える足をなんとか立ち上がらせて走り出す。


「逃がさねえ……」


 うめきながら起き上ろうとする男たちに、アルジダは隠しもっていた短剣を投げつける。短剣は男たちの手の平を貫通して突き刺さった。あの状態では立ち上がるのもままならないだろう。


(あの目隠しした男と違って、こいつらの戦闘能力は低い。足止めはこれで十分だろう)


 痛みにもだえる男たちを尻目に、アルジダは先に逃げた少女の背中を追いかけようとする。ふと、何かを感じた彼女はチラリと振り返ると、そこで自分の目を疑った。先ほどまで男たちがいた場所にとてもよく見知った人物が、路地の隙間へと消える瞬間を目撃したのだ。

 スリットの入った神父服に美しい長髪。顔の上半分には包帯が巻かれていたような気がする。まさしく彼女が敬愛する人物(ニュナス)に瓜二つ。それどころか、もはや本人だと直感が告げていた。


(いや、あのお方がここにいるわけがない。何かの見間違えだ)


 霧が見せた幻想、錯覚。そんなものに気を取られている暇はない。

 既に走る少女の背中は霧で消えかかっている。見失わない為に、アルジダも即座に床のタイルを蹴って走り始めた。


 



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