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アビスミスト  作者: Ten10
Turn Side:Nihitsu
29/37

Turn Side ②



 レディバードは貧民街で生まれ育った。

 親の記憶はない。最初に見た光景は貧民街の街並みだ。寒空の下、ストリートチルドレンとして少年時代を過ごした。そういった意味ではカワードと同じく、トエンティに殺された子供たちと似たような人生を送ってきたと言える。

 唯一違かったのは眠る心臓の首領アリアに拾われたこと。もしあの時アリアに出会ってなかったら、行き倒れる骸の一つになっていたことは間違いない。

 そうでなくともストリートチルドレンの時の仲間はほとんど死んでしまった。成人を迎えることもなく、今のレディの歳にすら届くことなく。彼らの最期をレディは記憶に刻み込んでいる。

 あの時は恵まれてはいなかったが幸せだった。仲間の笑顔は未だに忘れられない。



 ホールへの突入作戦が決行された頃、レディは街中を走りまわっていた。目的はただ一つ、霧の異能を弱体化させること。

 霧の異能の凶悪さは他人に感染させ、強制的に異能の宿主にさせることにある。ならば堕ちた人間を治し異能の宿主を減らせば、その影響は弱まっていく。暴れている狂人の方は難しいが、昏倒しているだけの人間なら容易く治療できる。

 その為、突入部隊とは別にレディとカワードは街の住人に片っ端から特効薬を渡していた。効率よく行う理由で今はカワードとは別行動を取っているが、ふたりとも特に支障はない。戦う必要もなく薬を渡すだけなら単独行動で十分だ。


「またオマエか」


 レディのいる大通りに巨大な影が悠然と現れる。昨日対峙した一つ目大巨人(サイクロプス)だ。

 斬られた右足を引きずっていることから同一個体だろう。この前は対処法が分からず立ち竦んだものだが、今は違う。仲間がくれた武器がある。


「消え失せろ」


 レディはクラップから貰った冷凍弾を取り出すと、巨人に向かって投げる。戦闘は得意ではないが投擲にはそれなりの自信がある。

 見事に冷凍弾は巨人の顔面あたりで炸裂した。一気に周辺の空気を冷やし、霧を固体化させる。霧で構成されている巨人も頭部を喪失した。化け物の性質も無視する反則チート武器は強い。どんな強大な敵も当たれば必殺だ。

 流石に頭を失った巨人は声も上げられず、倒れる音を轟かせながら霧へと還っていた。やったという表情を浮かべ、レディは小さくガッツポーズをする。


「ブルーバード」


 そんなレディの名前を呼ぶ者がいた。

 ブルーバードとはレディの孤児時代の名である。誰も知らないような懐かしき名を呼んだ者がいる。この街にはもういないはずのに、確かに呼ばれたのだ。

 先ほどの喜びはあっという間に消え失せ、驚きながら声の主を探す。


「誰だ! どこにいるんだ!?」

「僕たちだよ、ブルー」


 そこに立っていたのはよく知る亡者たち。まだ小さかったレディを育て、そして無念のまま朽ちていった孤児の仲間たちだった。

 あの日から姿も変わっていない、みすぼらしい恰好をした少年や少女。数人のかつての仲間たちが笑顔でレディを見つめている。


「落ち着け。落ち着くんだ。あいつらは存在しない。もう死んでいる。存在しないんだ」


 レディは目を閉じ、ぶつぶつと自分に対して言い聞かせ続ける。

 間違いない。彼らはレディの抱く恐怖の具現化だ。ならばここにはいないという認識を強く持てば消えてくれるはず。そう信じて何度も何度も、彼らの最期を頭の中で再現する。歯を食いしばり息を荒くしつつ、彼らの無残な死体を思い出ていく。


「無駄だよ」

「私たちはブルーの恐怖から生まれたけど、ブルーは私たちが怖かったわけじゃないでしょ?」

「僕らはブルーの罪悪感の象徴だよ。友達を残して自分だけが生き残っちゃったっていう」


 目を開き、彼らの姿を再確認する。確かに恐怖というには彼らの姿は温かさを感じる。

 だが罪悪感などどうすればいい。今更過去を変えることも忘れることも出来ない。出来るのは懇願することぐらいだ。


「頼む……消えてくれ」

「消えてくれって酷いなあ。ブルーは僕らが邪魔?」

「そうじゃない! そうじゃないけど……ボクにはまだやることが……」

「そのやることってのは私たちと一緒にいることより重要?」


 呆気にとられる。彼らの言う通り、事件の行方はもうレディの手から離れている。それは突入した部隊が決めることだ。勝つにしても負けるにしてもレディのやることはもうない。


「僕らと一緒にいてももう堕ちることもないんだろ? じゃあ何も問題ないよ!」

「一緒にいていいの……? ボクはみんなを置いて生き残ってしまったのに」

「当たり前じゃないか! 僕らはブルーといたいよ。昔のように一緒に遊ぼうよ!」


 特効薬を使った今なら一緒にいても堕ちない。彼らの言いなりになって誰かの敵になることもない。

 どうせもうすぐ事件は解決する。それならば、それまでの僅かな時間ぐらい彼らと過ごしたっていいじゃないか。ここまで頑張ってきたんだ。少しぐらい報われてもバチは当たらない。

 例え夢幻でもいい。あの日の、あの時の、あの幸せな時間をもう一度過ごせるのなら。


「ほら、みんな待ってる。辛いことも悲しいことも忘れて、今は私たちといよう」


 レディは笑顔で待つ彼らの元へ踏み出そうとする。でも、それは叶わなかった。

 誰かがレディの手を掴んで離さないのだ。前に進むことが出来ないレディは思わず振り返る。


「レディ、駄目だ。そっちへ行くのは、よくない」


 手を掴んでいたのはカワードだった。今までにない表情でレディを睨んでいる。

 苛立たしげに何度手を振っても、カワードは強く握ったまま離さない。


「なにするんだよ、カワード! 手を放してくれ!」

「いや、だ。レディが諦めるまで、離さない」

「ふざけるなよ! いくらカワードでも許さないぞ!?」


 許さない。その言葉を聞いてカワードは打って変わって怯えた目になる。目尻には涙も溜まっている。

 それでも手だけは離そうとしなかった。


「許されなくても、いい。嫌われても、いい。でも、レディをあそこにだけは、行かせない」

「なんでだよ……もうボクのやることは終わっただろ……? 今更何をしろって言うんだよ……」


 カワードよりも先にレディが涙を流した。

 あそこに懐かしき友がいる。もう二度と会えない仲間がいる。それがレディの記憶から生まれたものだとしても、一緒にいれるのは霧のある時間だけだ。

 そんな駄々をこねるレディにカワードが一喝する。


「僕は優しくは、ない。だから現実を見ろ。目を逸らすな。逃げるな、レディ」

「現実がなんだっていうんだよ……」

「僕といるのが嫌か! アリアと出会ったのは無駄だったか! クラップやランは、みんなは過去に負けてしまう程度か!」

「そんなこと、あるわけがない!」


 思わず大声で反論してしまった。

 そうだ。そんなことはないんだ。昔は幸せだったけど、今だって十分幸せなんだ。辛い時はもちろんあるけど、それでも昔と負けないぐらいの大切な仲間がいる。

 もしここで罪悪感に負けて彼らのところに行ってしまったら、もうレディは二度と戻れない。彼らが消えてしまっても、また何度でも過去の記憶に浸ろうとしてしまう。現実を視ることはなくなってしまう。


「行くんだね、ブルー」


 レディの心を察したのか、答えを言うよりも先に少年たちは呟く。


「ごめん。ボクはみんなのところには行けない」

「いいんじゃない。ブルーの好きにすれば」

「いいのか。みんなは怒らないの?」

「僕らはブルーの罪悪感だけじゃなく、記憶からも来ているんだ。だから君が見た僕らならきっとこう言うはずさ。……ブルー、好きに生きろよ」


 レディは笑顔をみせる過去の幻影たちに背を向けた。肩は震え、今にも崩れ落ちそうな足を立たせて、振り返らぬよう堪えた。

 そんなレディを見てカワードはようやく手を離した。もうレディは平気だと、そう確信して。


「ありがとう、みんな。……行こう、カワード」

「うん」


 過去の思い出たちを残して、ふたりは走り出した。霧との戦いを続ける、その現実の為に。

 ブルーを頼む。走り去るカワードの後ろからそんな声が聞こえた気がした。

 

 

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