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アビスミスト  作者: Ten10
Side:Ladybird
20/37

Side:L ③



 レディとカワードは倒れた蜜を霧のない住宅に避難させるとベッドに寝かしつけた。

 どうやらまだ蜜は堕ちていないらしく、彼の身体から霧は出てきていない。


「ただいま、レディ」

「おかえり。どうだった」

「駄目。あそこにアルジダは、もういなかった」


 蜜を運び終えた後、カワードには先ほどの現場に戻ってもらってアルジダを探してくる手はずだった。しかし結果は空振りに終わったみたいだ。既に誰かが回収したか、それとも目覚めて自力でどこかに行ったか、どちらにしてもカワードには無駄足を踏ませてしまったようだ。

 ちなみにカワードもガスマスクをつけていない。原因となっている病気を特定できた以上、あとは時間との勝負だからだ。


「それよりも、蜜はどう?」

「……芳しくない。解熱剤と抗生物質は打ったけど、根本的な解決じゃない」


 カワードは心配そうに蜜の顔を覗き込む。

 病気の侵食のスピードは人それぞれだ。トラウマが深い者ほど堕ちやすくなるのは言うに及ばず、身体的にも病気の耐性がない者は堕ちやすい。どんなに肉体的にタフでも、通常ならば高熱がでるほど悪化する前に堕ちる。

 それに蜜は気を失ってしまった。自分の身体の異変を察して薬の持っているレディを探したのだろうが、手遅れだった。熱で倒れてしまった蜜の精神的抵抗力はゼロのはず。


「でも、蜜はまだ堕ちてない。それは彼の顔が証明している」


 堕ちた人は自身が抱える恐怖から解放される。昏倒するにせよ、狂人化するにせよ、その顔は晴れやかで安らかなものになる。苦痛に満ちた表情はない。

 だが眼前で横たわる蜜はそうは見えない。汗をダラダラとかきながら悪夢にうなされ続けている。

 身体的にも精神的にも蜜はとっくに堕ちて(・・・・・・・)いておかしくない。それなのに彼はまだ必死に戦っている。


「こうなったら一刻も早く蟲屋に急ごう。あそこなら特効薬がある。蜜だけじゃなくボクたちにも必要だ」


 カワードは静かにうなづいた。

 レディもカワードも感染している。今、彼らが無事なのは適切な対処療法を街に来た日から行っているからだ。そうでもなければ7日間も持ちはしない。

 ただそれは侵食を抑えているだけ。発症する危険性は常に孕んでいる。

 それを再認識したふたりは慌てず冷静に、地図を取り出して蟲屋までの経路を確認する。


「……待て、私も行く」

「蜜!?」


 そんな中、蜜がむっくりとベッドから起き上がった。堕ちたことがレディの頭をよぎったが、霧は立ち込めてないし口調もまともだ。蜜はまだ堕ちていない。

 汗で失った水分を補給させ、蜜の具合を尋ねてみる。


「蜜、動けるのか?」

「熱は下がったし当分は平気さ。ただ足に擦り傷が出来ているが」

「あっ、ごめん。それはボクらがここまで運んできたときに……」

「そうか。まあ私は身長が高いからな。ふたりで運ぶには引きずるしかなかっただろう」


 レディの申し訳なさそうな顔をみて蜜は苦笑する。会話も通じることからますます蜜は平気なことが分かる。

 知っての通り彼は戦闘のプロだ。昏倒寸前でもトエンティを易々と撃退できるほどの人間。同行してくれればこれほど心強い人間はいない。


「熱が出てからどれくらい経ってる? 何か幻覚が見えたりしてないか」

「そうだな。熱自体は数日前から。幻覚……もそのあたりから見始めた」

「……」


 レディとカワードはお互いに顔を見合わせる。

 発症しているのが数日前。やはり堕ちていないのが不思議なくらいだ。果たして連れて行っていいものかどうか。


「私のことは私がよく理解している。だが、蟲屋にさえ着けば治せるんだろう?」

「ああ、ボクらが感染してるのは弱毒性の流行性感冒インフルエンザさ」

「弱毒性だと? 難病ではなくてか」

「そうだよ。発症しても死ぬことはない。放っておいても治るような病だ」


 流行性感冒インフルエンザは感染力こそ爆発的だが、身体に重大な損失を与えることはない。子供や老人、身体の弱い人間なら命の危険性も生まれてくるが、成人男性などにとっては強い風邪程度の症状しか出てこない。

 ましてやコンコルディアでは既に克服された病気。特効薬なら何種類も開発されているぐらいだ。


「この事件の首謀者は私たちを殺そうとしているわけはないということか」

「そういうことになるね」


 致死性の難病ではないというだけで、そこまでの答えを導きだせたのか。レディは蜜の言葉を肯定した。

 首謀者とやらはこの街を破壊したいわけではないらしい。だからこそ感染力の強い病気を異能の媒介に使ったのだろう。

 奴らは仲間を増やしたいだけ。それが目的なのか手段なのかは分からないが、危害を加える意思がないことだけは汲み取ることが出来る。


「だけど蜜、オマエの症状が堕ちる一歩手前までに至っていることは確かだ。一秒でも早く治す必要がある」

「それは一緒に行っても良い、ということか」

「ああ。それでもし途中で具合が悪くなったら教えてくれ。その時は……」

「分かっている。足手まといになりそうなら遠慮なく置いていけばいい」


 蜜の覚悟にレディは頷くと、三人で蟲屋に向かうことを決意する。

 不安要素はあるが、これぐらいの賭けに打ち勝たなければ、この貧民街で生きていくことなんか出来ないのだ。




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