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アビスミスト  作者: Ten10
Side:Algida
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Side:A ②

 

 

 黒い世界で声が聞こえた。

 あたりは全て暗く、目を開けているのか閉じているのかさえ分からない。

 そんな世界でアルジダは空中を漂っていた。


(私は死んだのか?)


 そんな独白に黒い世界から答えが帰ってくる。


「いいや。君はまだ生きた個体だ。ここは死後の世界などではなく、アルジダが見ているただの夢のようなものだ」

「誰だ……?」


 アルジダの目の前に光の粒が集まってくる。それらは互いを結合して形を成し、やがては色を帯びる。

 そうして姿が明らかになった個体を見て、アルジダは目を見開いた。


「お前は……ニヒツ」

「初めまして、本当のワガハイ。こうして向かい合うことなど有りえないと思っていたが」


 現れた女性はアルジダと瓜二つだった。それもそのはず、ニヒツというのは以前はアルジダ(・・・・)だった(・・・)ものだからだ。

 とある人工知能を模倣した人格。狂気の教授によってアルジダに植えつけられた偽の人格。それがニヒツだ。


「何故ここにいる。お前は既に消えたはずだ! そもそもお前は存在しない!」


 アルジダは虚ろな存在にそう叫んだ。

 彼女の言う通り、ニヒツという人格はとうに消失している。一時期は完全に乗っ取られていたが、敬愛する者の名を聞いて自我を取り戻したのだ。何より、ニヒツをつくりあげた(プログラミング)教授はもういない。


「君の言う通りだ。ワガハイはアルジダに統合された存在。こうして別の存在として出てくるのは、例え夢の中といえど不可能なことだ」

「なら、なんでお前は……」

「ワレワレの記憶が誰かに掻き回されている。ワガハイはアルジダの記憶から引っ張り出された再現体にすぎない」

「記憶……? 再現体……?」


 次々にニヒツの口から語られる内容がアルジダには理解できなかった。ニヒツの存在ですら認めきれていないというのに、その上第三者がアルジダに対し何らかの介入をしたなどと。言葉の意味は分かっても、脳が理解してくれようとしない。

 頭を抱え、情報を整理するアルジダ。そんな彼女をあざ笑うかのように、ニヒツは告げる。


「さて、そろそろ時間だ。目覚めの時だ」

「待て、ニヒツ! まだ聞いてないことが!」

「駄目だ、アルジダ。ワガハイにだって分からないし、だいいち真相は君が見つけるべきことだ」


 ニヒツの体が光りだし、再び粒となって霧散していく。おそらく彼女が全て消えてしまえば、この黒い夢は終わり、ニヒツのいう目覚めが訪れてしまうのだろう。


「だがひとつだけアルジダに伝えておこう。ワガハイの予測に過ぎないが、必ず役に立つ」

「教えてくれ。それはいったいなんだ」


 アルジダは耳を澄ませて、次のニヒツの言葉を待つ。

 ニヒツは息を吸い、自身の体が半分以上消えたところでアルジダに言葉を残す。


「最後には必ずワガハイが必要になる。それを忘れるな」


 その言葉を最後に、再び世界に闇が訪れた。



――――――――――――――――――――



「ア…ダ……っ! アル…ダ……っ!」


 夢の中から帰還したアルジダの耳に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。それは少年の声で、アルジダにとってとても聞き馴染みのあるものだった。


(私はあの男に襲われて、気絶したのか?)


 現在の自分の状況を把握するために、最後に体験した記憶を思い出そうとする。

 エディ。霧の街。青竜刀の男。ガスマスクたち。レディバードの声。


(そうだ。気を失う直前にレディの声が聞こえたんだ。とすると、あの場から助けてくれたのは彼なのか)


 アルジダは瞼を開き、周りを確認しようとする。いきなり明かりを直視したことと未だクラクラする頭のせいで、視界がボンヤリとしている。

 横たわった自分の身体を上半身だけ起こしてあたりを見渡す。独特の内装や商品棚を見る限り、ここは蟲屋である。そしてアルジダの傍らで、彼女を見つめる少年がひとり。


間違いない(・・・・・)。ここは蟲屋で、私はレディに助けられてここまで運びこまれたんだ)


 そう思うと、急速に視界の(もや)が晴れてくる。


「お前はレディだな。どうやらまたお前に助けられたようだな」

「……」

「どうした?」

「……いや、僕はレディだよ。見たところ外傷はないけど、痛むところはあるかい?」


 長い沈黙こそあったが、少年は自分をレディと名乗りアルジダの体調の心配をする。

 状況を完全に把握した途端、視界は完全に回復し意識も元通りになる。青い髪にハンチング帽、目の前にいる少年は間違いなくレディバードだ。


「少しばかり頭が痛むが、特に酷いものはない。動くのにも支障はなさそうだ」


 アルジダはそう言って、それを証明せんばかりと勢いよく立ち上がる。多少の立ちくらみこそあったものの、重大な問題はなさそうだ。あの男から繰り出された青竜刀の一撃は、幸運にも刃には当たらずに柄の部分に当たったのだろう。


「それよりも説明を頼む。私が気絶してから何があった? そもそもこの街に何が起こってる? この霧はなんなのだ?」

「待ってくれ。ひとつずつ説明していくよ。とりあえずこっちに来て座ってくれ」


 レディは蟲屋の奥にあるカウンターへとアルジダを連れていき、背もたれのない丸椅子に座らせる。

 アルジダを落ち着かせるためか、透明なコップに入れた白湯を彼女に差し出すと、向かい側へとレディも座った。

 コップに口をつけると温かい液体がアルジダの喉を下りていく。緊張や恐怖からの渇きが癒されると、心も自然と落ちついていった。


「だいぶマシな顔つきになったね。それじゃあ何から話そうか……」


 どうやらアルジダ自身が思ってるより彼女の表情は酷かったらしい。ここまでの混乱と憔悴からすれば無理からぬ話だが。

 ともあれ、なんとかこの事態の話にこぎつけられた。レディはこれまで起きたことを振り返りながら、順序立てて話していく。


「まずこの霧について話そうか。霧は二週間ほど前に突如として貧民街に立ち込めたものだ」

「二週間前?」


 ちょうどその頃にエディは蟲屋でアルジダのお使いを済ませていた。とするならば、霧の発生と入れ違いになったのかもしれない。


「そう、二週間前だ。その時はまだ霧は貧民街のごく一部の地区でしか発生していなかった」

「霧が起こった原因に心当たりは?」

「ないね。霧なんてものは文献上でしか見たことがない。そもそもコンコルディアは乾いてる土地のせいか、霧は起きにくいんだ」


 レディは暗に、この霧が自然に起きたものではなく人為的に起こったと言っているようであった。


「霧が立ちこめてから数日、徐々に範囲が拡大していく中で、住人たちはとある異変に気付き始めた」

「異変?」

誰も(・・)霧の中から(・・・・・)出てこない(・・・・・)んだよ。霧の街に入ると、二度と戻ってこれない」


 そんな馬鹿な。アルジダはそう言いかけたが、その言葉をぐっと飲み込む。


「それでも貧民街の連中がどうなろうと意に介さない人間の方が多い。そんな異変も初めは無視されていた。だが一週間経ったあたりで、霧は貧民街どころか周辺の街まで範囲を広げた。そこでようやく眠る(ドルミート)心臓(・カルディア)のアリアたちは対策を練り始めたのさ。周辺住民の避難、対象地域の隔離、調査隊の結成……。僕は先遣調査隊のひとりでね、こうして先に蟲屋を拠点にして調査をしてたんだ」

「なるほど。霧については分かった。じゃあ次にこの街で何が起こってるか話してくれ」


 レディの険しい表情。通りを歩かない住人。目隠しした青竜刀の男やガスマスクたち。

 どう考えても濃霧以外の問題が貧民街に起きてることは確かであった。


「ここで生じてる問題はふたつある。まずひとつは、さっきも言った、霧の街から出られないこと」

「そのことなんだが、本当に出られないのか? レディは試したのか?」

「もちろん僕も試したさ。だけど結果はみんなと一緒。出口に向かって進んでも、同じような道をグルグルと歩きまわされて最初のところへ戻ってしまう」


 レディは貧民街の住人だ。この街のことなら誰よりも詳しいだろう。そんな彼でも脱出が不可能というのだから、だいぶ深刻である。


「もうひとつの問題は住人たちが正気を失って昏倒(・・)したり凶暴(・・)になったりすること。これは霧の中に入って、初めて分かったことだね」

「昏倒に、凶暴……。もしかして、さっきの男たちもそうなのか?」

「多分ね」


 住人が凶暴化することについてはアルジダにも覚えがあった。

 凶器を振り回しながら襲ってきた男。あれは間違いなく凶暴化した人間だろう。おそらくは、その後に走ってきたガスマスクたちも。


「正気を失う原因が霧なのは明らかだ。霧に飲み込まれたのが早かった住人からそうなっていったからね」

「錯乱した人間が暴れ出すのは痛いほど理解したが、昏倒というのはどういうことだ?」

「そのままの意味だよ。眠ってしまい、どんなことをしても夢から覚めない。他人を傷つけない分、こちらの方がマシかもしれないけど、こうなってしまえば行動の選択肢を奪われたも同然だ」


 つまり、このままただ救助を待ち、イタズラに時間を浪費しているだけでは助からない可能性が高い。何もしなければ昏倒か、凶暴化のどちらかの運命を辿ることになる。

 何よりこの街がとても危険なことが分かったいま、アルジダには探さなければいけない人がいる。


「レディ、私が倒れていた場所で男の子を見なかったか? 歳は10で、金髪碧眼の子だ」

「それは君の従者のエディのことかい? 残念だけど、僕がアルジダを助けた場所には彼はいなかったよ。もしかしたら隠れてたかもしれないけど、なにせあの霧だからね……」


 レディの言葉を聞くと、アルジダは急いで立ち上がった。いくらエディが多少戦えるとしても、こんなイレギュラーだらけの土地で無事でいるわけがない。焦燥に顔を歪めながら、足早に蟲屋の出口へと向かう。


「待ってくれ! まだ霧は全然収まってないんだ! ここも扉と窓を開けてないから霧がないだけで、外は一面、視界の悪い濃霧だらけだ!」


 アルジダは足を止めて窓の外を見る。確かに明るい昼間にもかかわらず、視界は依然として霧に阻まれている。

 それに霧も建物の中には入ってこれないのだろうか、店内の空気はスッキリしていることにもようやく気付いた。

 安全なのはどう考えても店の中だ。外には先ほどの男たちや、レディの言うような錯乱した住人がいるかもしれない。


「それでも、エディを独りにしとくわけにはいかない」

「……分かった。そこまで言うのなら止めないよ」


 レディはそう言うと、棚に置いてあった小さな鞄を取る。そのまま渋々といった表情でアルジダの横で扉の前に立ち並んだ。


「まさか一緒に行く気か? レディには関係のないことだ。私ひとりでも十分だぞ」

「わざわざ助けた相手がまたピンチになっても困る。それに情報収集も必要だからね」

「というと?」

「僕はエディの捜索を手伝う。アルジダは霧についての調査を手伝う。お互い、一人より二人の方が効率がいいだろ?」


 ギブアンドテイクの提案。アルジダに断る理由はない。口元を少し緩めると、二つ返事で了承する。


「それでいい。はぐれるなよ」

「そっちこそ」


 お互いに軽口を叩くと、ギィとうるさく鳴る扉を開けて霧の街へと足を踏み出した。

 

 

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