Side:R ⑥
スズナにとって忍としての生き方は日常であった。
幼き頃から主に仕えるべく、忍者としての教育を日々受けていた。寝る時も食べる時も、それこそ生活の全てが忍に至る道であった。
そういった環境で育ったスズナは、少女という身でありながら男の大人をも超える技を身に着けていた。身体能力では他の忍に劣るものの、その差は技で補った。それこそ平時のぼんやり加減からは考えられないほどの巧みを任務では見せたものだ。
だけども心は技量に追いついていなかった。
忍たる者、主の命令は絶対だ。どんな非情なものであれ、徹底して行わなければならぬ。しかしスズナはどんな悪人であろうと殺す際には一抹の憐憫を感じざるを得なかったし、弱者を犠牲にする命令には躊躇することもあった。
それでも忍としての生き方を貫けたのは、ひとえに主という存在があったからだ。おおよそ普通という言葉からは最もかけ離れているような人間で、御庭番さえもその心中を推し量ることは出来なかった。
例えその心が見えなくとも、知れなくても、スズナにとっては大切な人だった。かの者からかけられる優しき言葉はスズナを何度でも死地に立たせる勇気をくれた。
だからこそ御庭番を離れコンコルディアにきた今でもスズナの心の奥底には主の幻影が色濃く残ってしまっている。
「遅いッ!」
スズナはトエンティの首元を斬りつける。確かな手応えからいって、相手は致命傷だ。
これで20番街に来てから倒したトエンティの数は三人目。奴の強大な殺意に誤魔化されていたが、実力はさほどでもない。例え相手が二人かがりで向かってきてもスズナが負けることはないだろう。
見せかけだけの殺意は逆に不気味に感じる。まるで達人の技を劣化コピーした模造品だ。製造主はきっと戦闘経験のない素人のはず。力と速さ、そして殺意だけは完璧に模倣してあるが、技に関しての知見がなさすぎる。
「スズナお姉ちゃん……」
「大丈夫。すぐに切り抜けますからね」
ここに来て保護した少女ララは不安そうな顔つきでスズナの袖を掴む。先ほどまでトエンティや堕ちた住人たちに追われていたのだ。怯えるのも無理はない。
ランベルトが何か言っていたが、襲われる少女を見捨てることなど到底出来るわけがない。
「審判の時が来たのだ」
「コイツ、また……!」
霧の中から現れたのは、先ほど殺したはずのトエンティだ。スズナは冷や汗を垂らしながら刀を構える。
斬り伏せても斬り伏せてもトエンティは再び出現する。なかなかに不可解だ。だが、ここまで状況証拠が集まればスズナでもある程度理解できる。トエンティの正体がなんであるか、すぐにでもランベルトたちに報告せねばならない。
まずは目の前の四人目のトエンティを倒すことが先決。そう決めたスズナの心に悪魔が隙間を見つけてしまった。
「――――鈴菜」
それは気付いてはいけない声。聞いてはいけない声。そして忘れるはずもない声。
「あ、主殿……?」
それが懐かしき主君の優しい呼びかけだとしても、スズナは決して振り向くべきではなかった。
忍にとって一瞬の油断こそが命取りになるのだと知っているのだから。




