Side:R ⑤
堕ちた住人たちの包囲網を脱出したランベルトとクラップはようやくGasse内に避難することができた。
室内には霧がなく一応の安全が保たれていた。クラップによれば来たときにはGasseにも充満してたらしいが、彼が持ってきてくれていた換気装置で全ての霧を排出してくれたそうだ。
なにはともあれ、これで一息つける。
「スズナからの連絡はまだないな……。ランベルト、外の様子はどうだ」
「追手は来てないようです。スズナちゃんが上手く時間を稼いでくれたお陰ですね」
ランベルトは窓から外を確認しながらそう言った。
置いてきたスズナのことは気がかりだが、今は彼女からの連絡を待つしかない。それに情報が出揃った今なら、この霧の街の真相を解くことも出来る。
「しかしよお、この霧が異能のせいだとしても、一人でなんとかなるものなのか」
クラップが当然の疑問を呈する。貧民街という巨大な街ひとつを飲み込み、あまつさえ人の恐怖を複数具現化する。人間ひとりの異能にしてはあまりに強大すぎる。
だが、それに対する解は既に出ている。
「いえ、これは誰かひとりの異能ではありませんよ」
「なんだって?」
「これは俺たち全員が発現してる異能です。あえて言うなら感染型の異能といったところでしょうか」
店主が堕ちて明星店内に霧があふれたこと、先ほどの堕ちた住人が集まってきて霧が濃くなったこと。これらは全く無関係ではない。むしろ密接に関係している。
堕ちた人間は霧を発するようになる。これが解答だ。特に明星では霧が内部から発生したことを考えると、原因はあの店主でしかありえない。
「神堕としのアラクネは知ってますか?」
「ああ、名前だけはな」
「彼女のは他人に異能を貸与する異能ですが、今回も大体同じです。発現者は霧の中にある何らかを媒介して、他人に霧の異能を強制的に貸与させる。そして感染した住人が完全に堕ちると、今度はそいつが霧を発生させる媒介主となって他人に異能を感染させる。これが感染型異能のサイクルです」
霧が徐々に範囲を広げていったのも、おそらくこれが原因だ。最初は堕ちた人間が少なかったため、霧の範囲も狭かった。しかし感染し堕ちた人が増えれば増えるほど、その範囲は加速度的に広がっていく。
そして異能はどうやって感染するか。まず考えられるのは霧そのものだろう。霧を吸い込むことで感染するというのは一番筋が通っている。
だが、それだけではないような気がする。現に明星の店主は堕ちる前に風邪のような症状を見せていた。もし病気が媒介原だとするのならば、ランベルトやクラップだけでは手に負えない。一刻も早くレディバードと合流しなければ。
「じゃあ異能の大元を叩けば、堕ちた連中も元に戻るんじゃねえのか」
「ええ、その可能性はあるでしょう。問題は誰がその異能の発現者ということですが……」
「ん? さっきのトエンティとかいう奴じゃないのか。あいつが元凶なんだろう?」
「……」
ランベルトは神妙な面で押し黙ってしまった。
20番街での惨劇が事件の発端になっていることは間違いない。しかしながらトエンティの手記にもある通り、奴が異能を持っていた様子はない。それにあの囲まれた時の異様な感じ。あの時はトエンティが複数人いたように感じたが、実はそれが正しかったとしたら。本当にトエンティが複数いたとしたら。何故奴の数が増えているのか、その答えは一つしかない。
「聞こえるでござるか! スズナでござる!」
突然、机の上にあった無線機から声があがった。
二人はすぐさま無線機に近寄り、スズナに応答する。
「スズナか! 良かった、無事だったんだな」
「クラップ殿! そちらも上手く逃げれたようで」
声量こそ大きかったが、彼女の声は落ち着いていた。大した怪我もなさそうだ。たったひとりであの場に残ると言い出した時は肝を冷やしたが、なんとか切り抜けてくれたらしい。
互いの無事を確かめ合うと、ランベルトとクラップは安堵の溜息を漏らした。
「ところで、今はどこにいる? 敵は周りにいるのか」
「20番街という地区にいるでござる、が……」
20番街。あのトエンティが惨劇を起こした、事件の始まりの場所。逃げてやむを得ずといったところだろうが、あまり安全とは言えない。しかしランベルトも真犯人の確証を得る為にはいずれ行かなければいけない。
スズナの返答に濁りがあったことに気付いたクラップは急ぎその訳を聞く。
「が? 何か問題でもあるのか」
「住人をひとり保護してるでござる。ララちゃんという少女で……」
明星の店主の娘のララ。その彼女が今スズナと一緒に行動しているというのだ。
それはとても不味い。現状集まった証拠からいって彼女を信用するのは不可能だ。慌ててランベルトは無線機に向かって話しかける。
「スズナちゃん。その少女はダメだ、一緒にいちゃいけない!」
「ランベルト殿? いったいどうして……敵!?」
いきなり無線機越しに銃声が聞こえた。どうやら向こう側では戦闘が始まったらしい。スズナの声からも落ち着きがなくなり、早口になる。
「申し訳ないでござるが、一旦切るでござる! なんとかそちらに向かいますが、余力があったらどうか助力を!」
「スズナちゃん!? スズナちゃん、応答してくれ!」
それきりスズナからの声は入らなくなってしまった。ランベルトの呼びかけも、もはや虚空に消えるのみ。
ララという少女のことは置いといてもスズナが危機なのは言うまでもない。もう連絡をただ待っている状況ではなくなった。
「……俺たちも行きましょう、20番街に」
「おうよ。借りを返さなくちゃな」
二人は戦闘用の最低限の装備を整えると、駆け足でスズナの元へ向かうことにした。




