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アビスミスト  作者: Ten10
Side:Rambert
11/37

Side:R ③


 

 その声があがったのは、宿屋から帰る途中の事だった。


「誰か助けてくれ……!」


 助けを求める声に反応して、ランベルトとスズナはその方向を素早く振り向く。霧の中から出てきたのは一人の若者だった。


「君は……」


 ランベルトは若者の顔に見覚えがあった。明星で半錯乱状態になっていたリッキーという男だった。

 リッキーは明星にいた時よりも、更に憔悴した顔だ。外への恐怖心が人一倍あった彼がここにいる。何かあったのは間違いない。


「リッキーさん、どうしました。明星で何があったんですか」

「いきなり、店の奥から霧が出てきて……誰かが扉や窓を開けたわけじゃないのに!」


 扉も窓も開けてないのに霧が出てきた。それは霧が外ではなく中から生まれたことを指している。

 リッキーは自分の手足を震わせながら、叫ぶように話を続けた。


「そして……そしたら、スケルトンが店の中に現れたんだ! 誰も信じてくれなかったけど奴らは本当にいたんだ! もうみんなパニックで……俺もここまで逃げるので必死で……」


 とても正気だとは思えない。だが、もし本当ならば見過ごすわけにもいかない。

 ランベルトはリッキーの両肩に手を乗せると、落ち着かせるように瞳を見据える。


「いいですか。この先の建物のどれでもいい、鍵の開いているところに避難してください。そこで鍵をかけて隠れるんです」


 ランベルトの言うことにリッキーは何度も首を振って頷く。フラフラした足取りが少し心配だったが、少なくとも一人で逃げるだけのことは出来そうだ。

 リッキーが去ったあと、ランベルトとスズナはお互いの顔を見合わせる。どうやら考えていることは同じのようだ。まずランベルトが明星の方向へと先頭立って走り出し、スズナもそれに続いた。




 ふたりが明星に突入すると、そこで信じられないモノを目撃してしまった。

 店内には霧が蔓延しており、避難していた人たちは既に誰もいなかった。人間はひとりもいない。しかし、人ならざる者が闊歩していた。


「まさか本当にいたなんて……」


 骸骨スケルトン。肉体のない人型のモンスター。リッキーが言っていた荒唐無稽の存在が目の前に三体もいたのだ。

 ランベルトは思わず息を呑んだが、躊躇している暇はなかった。

 店の奥には自力では動けない店主がいたはず。彼を一刻も早く、この異常な場から連れ出さなければならない。


「こいつらにも銃が効くと信じたいな」


 そう呟いたランベルトは全力でスケルトンに向かって走り出した。スケルトンたちは攻撃する構えを取る。明らかに敵意ある行動だ。

 前方にいた二体の攻撃をかいくぐり、奥の個体の頭を掴むとそのまま顔面に膝蹴りを喰らわせる。頭蓋骨にひびが入ったスケルトンが倒れこむと、すかさず肋骨あたりを足で踏みつけ拘束し、懐から抜いた銃で三発撃ちこんだ。


「ふぅ」


 スケルトンの頭部に三つの丸い穴が開くと同時にその活動が停止した。

 どうやら空想上のモンスターでも銃は有効らしい。物理攻撃が通るなら人間とそう大差はない。


「スズナちゃん! 残りの二体を頼む。俺は店主を見てくる!」

「了承した!」


 スズナは懐刀を取り出し臨戦態勢に移り、スケルトンたちを牽制する。彼女が噂通りの実力なら二対一でも問題ないはずだ。

 ランべルトは店の奥へと続く扉を蹴破り、銃を構えたまま急ぎ店主の元へと走った。

 


 奥の部屋に入ると、店主が未だ横たわったまま動いていなかった。騒動には気づいていないらしく、眠っているその表情は穏やかで、瞼を開けようとしない。


「起きてください! 化け物たちがすぐそばに……」


 そこでランベルトは言葉を止めた。

 もしも熟睡してたとしても気付いていない訳がない。店内にいた住人たちが悲鳴をあげて、大きな音を立てて逃げ出したはず。例え動けなくとも、安らかな顔で眠っていられるはずもない。

 店主は完全に堕ちた(・・・)のだ。こうなってしまえば手の施しようがない。幸いなことに、一旦堕ちてしまえば敵とみなされない。これは堕ちた住人同士の話ではあるが、恐らくは化け物も襲ってはこないだろう。

 心苦しいが、今はこのままの状態で放っておくことが一番の対処法だ。


「……?」


 店主に背を向けてスズナのところに戻ろうとすると、ランベルトはあることに気付いた。

 ベッドの近くにある窓、そこの隅が一部割られているのだ。一瞬、この窓から霧が入り込んだのかと考えたが、それにしては割られたところが小さすぎる。これでは店内どころか、この部屋ですら霧で満たすのは難しいだろう。まるで息継ぎをする為の空気穴、そんな印象を受けた。

 とりあえず誰が何の目的で割ったのかを推理しつつ入口の方へと戻った。



 店のホールではスズナが刀を片手に待っていた。スケルトンの姿は既にどこにもない。恐らくはスズナが倒してくれたのだろう。

 だが先ほど倒したはずの残骸・・すらないのは一体どういうことだろう。

 不思議に思うランベルトの顔を察してか、スズナが正直に報告する。


「彼奴らなら消えてしまったでござるよ」

「消えた……?」


 スズナの表情は至って真面目だ。とても冗談で言っているようには見えない。

 だからこそ不可解だ。逃げ出した、ではなく消えたとはなんだ。


「二体ともそんな強くはなかったでござる。しかし倒してしばらくすると霧に溶けてしまった。もう跡形もないでござるよ」


 その説明を受けて、ランベルトは静かに笑みを浮かべた。謎のひとつが唐突に解けていく。

 化け物たちが霧のない建物内には出現しなかったこと。倒された化け物は霧となって消えること。この二つは一つの事象だったのだ。つまり化け物たちは霧によって構成されており、霧を媒介にしなければ出てくることができない。

 スケルトンが明星内に現れたのも霧が立ち込めてからになる。あいつらが無理やり押し入ったわけではない。


「ランベルト殿、ここの店主は?」

「……彼は大丈夫。それよりもGasseに戻ろう。クラップさんが心配だ」


 そして分かったことがもう一つある。霧の化け物は無作為に形を成しているわけではなく、住人たちの恐怖を具現化しているということ。

 今回は単なる一般人のリッキーが想像した外見だけの弱々しいモンスターだったが、もし色々と経験豊富なクラップが想像した恐怖が出現したら……。

 クラップがゴキブリが苦手であることを祈りつつ、ランベルトはその足を急がせた。



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