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アビスミスト  作者: Ten10
Side:Algida
1/37

Side:A ①

 アビスミスト

 

――――――――――――――――――――


 コンコルディア地上第三区。

 商業連合『眠る(ドルトミート)心臓(・カルディア)』が支配する地区。技術が発達したこの街では

他の地区にはない華やかさと活気がある。だが、その賑わいの裏で人知れず死ぬゆく者たちが集まる場所があった。

 通称『貧民街』。ここでは犯罪は日常のように横行され、それを気に留める者はいない。貧民街にいるのは誰に必要ともされず、誰を必要としない人間ばかり。今日もまた誰かが、誰の記憶にも残らずひっそりと死んでいるのだろう。

 そんな貧民街で、とある日を境に霧が立ち込めた。その霧はあっという間に貧民街を包み、果ては周辺の街をも飲み込んでしまった。

 

 自然現象か、それとも人が成したことなのか。それらが一切わからないまま二週間が経過した。

 そしてそこで起こる異常現象に怯えた住人たちは、その霧をこう名付けた。

 ――アビスミスト(地獄の霧)と。


―――――――――――――――――――――


Side:Algida


―――――――――――――――――――――



「アルジダさん、こっちですよ」

「ちょっと待ってくれ、エディ。お前は少し早足だ」


 三区の商業街を歩く神官服を着た女性と、その先を歩く金髪の少年がひとり。

 女性の方はアルジダといい、一区で神官の職に務めている。もう一方の少年の名はエディといい、アルジダの付き人だ。

 その職業から分かる通り、彼女らは絶対神ゼウスを信仰する一区から来た者たちだ。……もっとも、アルジダは真っ当なゼウス信者というわけではないのだが。


「蟲屋まであとどれぐらいなんだ。そろそろ疲れてきたぞ」

「もうすぐ貧民街に入りますよ。そこに入ったらすぐです」


 蟲屋というのは三区にある薬屋のことである。貧民街に店をかまえており、様々な効能のある漢方を販売している。店名に由来してある通り、薬の材料が虫であることに(いと)う者も少なくない。が、店主であるレディバードという少年は優れた技術者である為、常連となっている客も多い。

 アルジダもその一人であり、いつもは付き人であるエディに買わせていた。しかし今日は働きづめであるアルジダを気遣い、気晴らしがてらにエディが一緒に行くことを提案したのだ。

 本当ならばアルジダは長距離を歩くのは苦手だが、エディにやや強引に連れて行かれた。普段は彼女の言うことを素直に聞くエディにしては珍しかった。


「まったく……蟲屋ならちょっと前にお前が行っただろう。散策なら何もこんな遠くまで来なくてもいいだろうに」


 ややうつむきながらアルジダは愚痴と溜息をこぼした。いつもはフワフワの茶色の長髪も、心なしかしぼんで見える。


「まあまあ。三区の賑やかな街をまわるのもいいと思いますよ。一区とはまた違った魅力があります」

「賑やか、ねえ……」


 そう言って、アルジダは(いぶか)しげに周りを見渡す。

 三区は賑やかな商業街。それはコンコルディアの住人なら誰もが知っていることである。もちろんアルジダもそういったイメージを抱いているし、先日実際に三区に訪れた時も同様の印象を受けた。

 だが、今日の三区はどうやらそのような感じではなかった。確かに商売している人々はいるが、そこに笑顔はない。いつもならひとりやふたりぐらい、強引な呼び込みが来るものだが、それもない。どことなく空気が()()()()

 更には今歩いている道は大通りから離れている。というより先ほどから、どんどん入り組んだ街道を進んでるような気がした。


「……なあ、エディ。本当にこの道で合ってるのか?」


 目の前には細い路地が直線に伸びていた。その道は今いる街道よりも何倍も狭い。前方から人が来たら、まずすれちがえないだろう。

 そのあまりの違和感に、アルジダは思わず足を止めた。


「合ってますよ。ここを抜ければ貧民街に入ります」

「だが何もこんな道を通らなくとも……」

「こっちの方が近道なんですよ。大通りだと遠回りになっちゃうので……」


 エディは綺麗な碧眼をアルジダに向けてそう言う。

 嘘や冗談を言っているような感じではなかった。しばしの逡巡ののち、渋々ながら彼の後に続いていく。


「……」


 通ってみると分かるのだが、ここは道というより建物と建物の隙間といった方が正しかった。入ってきた場所からして既に狭く、薄暗さから先も見えなかったため、普通の人間なら行き止まりだと思い、進むことはない。

 誰も知らない隠された近道、抜け穴。そういうのは存外こういうものだろう。

 そう自分自身に言い聞かせたアルジダだが、先が見えない理由が薄暗いということだけではなかったことにすぐに気付くことになる。


「なんだ、これは……」


 数分ほど路地を進むと、唐突に大通りに出た。普通ならば暗い路地に大通りの明かりが差しこんでくるため、出口だと知覚できる。

 だが、それが出来なかった。本当に唐突で、一瞬の出来事だったのだ。

 何故そうなったのか、アルジダは目の前の光景を見てすぐに理解した。


「霧……?」

「霧、ですね……」


 そう、ふたりが言う通り、三区の貧民街は(・・・・)霧に包(・・・)まれて(・・・)いた(・・)のだ。

 頭上を見上げても空は全く見えず、前方に目を凝らしても向かいの建物の輪郭さえ分からない。視界が悪いせいで通行人がいるかどうかも分からない。

 確実にこの場所だけではなく、この一帯、この貧民街ごとが霧の中にあった。


「……どうします? 引き返しますか?」

「いや、ここまで来たんだ。貧民街にさえくれば蟲屋もすぐだろう」


 冷や汗を一粒垂らしながら不安がるエディに案内を促した。

 確かにこの霧は異様で不気味だ。しかし、それだけである。身の危険がある事件が起きたわけでもない。ただコンコルディアではすごく珍しいというだけだ。引き返す理由にはならない。いざとなればさっきの路地から帰ればいい。

 アルジダは恐怖を感じる脳を論理で黙らせて歩き出した。


「それにしても妙だな。この前来たときはこんなだったか?」


 エディは二週間ほど前に、いつものアルジダのおつかいで貧民街を訪れていた。それで何か知っているかと尋ねてみたものの、エディにも心当たりはなさそうだ。


「いえ、僕が来たときは霧なんてなかったはずです」


 それきりふたりは喋らなくなった。口を噤み、静かに足を動かしていく。

 蟲屋は貧民街入ってすぐということであったが、なかなかに着かない。不安のせいで足取りが重いということもあるだろうが、霧のせいで普段使っている道がエディに分からないというのもあるだろう。さっきから曲がろうとして曲がらなかったり、進んだ道を引き返したりしている。

 ラチがあかないので、近くの住民に道を聞こうとアルジダがエディに提案しようとした時だった。


「……あそこに誰かいます」


 エディがそう言って、ゆっくりと指さす。

 霧でぼやけていたが確かに人間のシルエットが、彼女らの前に現れていた。


「都合がいい。ちょうどこの辺の道を誰かに聞こうと思っていたんだ」

「僕が迷ってたこと、分かってたんですね。すみません……」

「気にするな。こうも視界が悪かったら仕方ないさ」


 シュンとなるエディの頭を軽く撫でて、アルジダは人影に近づいていく。

 距離が縮まるほどに輪郭がはっきりとしてくる。身長は180センチほどで、やや高めである。更に筋肉質な身体つきからいって男だろう。相手もアルジダたちのことを伺っているのか、直立不動で動かない。


「……こいつ」


 男の姿がはっきりと視認できるところまで近づいたアルジダは足を止めて、息を呑んだ。

 浅黒い皮膚。丸刈りにされた白髪。まるで目隠しをしてるかのように、目元に巻かれたバンダナ。上半身は裸で、気味の悪い紋様の刺青(タトゥー)が腕や腹に至るまでに刻まれていた。そして何よりも目がついたのは腰に携えている二本の青竜刀、──そこから垂れている血である。


「審判の……時が…」

「エディ! 逃げろっ!!」


 男が何かを呟き動こうとするよりも早く、アルジダは振り返りエディに叫んだ。


「えっ……」

「いいから早く逃げろ! こいつは危険だ!」

「は、はい!」


 困惑するエディをもう一度逃走を促すと、彼は右横の通りへと走り出す。

 すぐにエディの姿は霧で見えなくなる。それを見たアルジダは少しだけ安堵した。


「来たのだ!」

「っ!?」


 男の大声と共に、何かがよそ見をしていたアルジダの頬を掠める。それは男の持っていた青竜刀の切っ先だった。

 青竜刀を二本構える男から素早く距離を取り、身構える。戦闘の経験は少ないが、それでも心得はある。

 しかし、そもそも戦闘は護衛兼付き人であるエディの役割である。エディの剣術の腕はなかなかで、アルジダもそれを認めていた。

 それでも彼にこの場を預けるわけにはいかなかった。この荒廃都市で最も殺人鬼(・・・)に近しい組織に身を置くアルジダは知っていたのだ。目の前にこの男が、自分が崇拝する人に似通った部分があることを。それ故に計り知れない凶悪さを秘めているかもしれないと、アルジダは直感でそう感じたのだ。


(いや違う。あのお方は愉悦をもって人を殺す。ここにいるのは知性も感情も忘れた、ただの獣だ)


 アルジダは一瞬といえど己の中に生まれてしまった不敬を恥じると、改めて敵を睨む。

 護身用のナイフを投げて逃げ出せば、この濃霧では追跡は難しいはず。だが故意かどうかは定かではないが、男は目をバンダナで隠している。これではアルジダにとって霧はアドバンテージにならない。逃走は困難かもしれない。

 逆に相手に視覚がないのならば戦闘に応じるべきか。しかしさきほどの一撃は正確にアルジダの位置を捉えていた。今こうして襲われないのは、アルジダが身動きひとつしてないからだ。動き出せば、必ず男は攻撃してくる。

 戦闘も逃走も駄目。どうするべきかと考えに明け暮れていると、後方から誰かが走ってくる音が聞こえた。


「……っ!?」


 駆け寄ってくる人影は二人。その両方とも黒いフードを被り、ガスマスクを被っていた。

 明らかに怪しい。もしかしたら男の仲間かもしれない。

 前に青竜刀の男、後ろにガスマスクたち。既にアルジダにとって相当な窮地であったが、更にミスを一つ犯してしまった。

 ガスマスクたちの登場に、大きく息を乱してしまったのである。


(──しまった)


 アルジダの位置を感じ取った男が距離を詰めて、持っている青竜刀を振り上げる。防ぐ暇もなく、その凶器はアルジダの頭上へと振り下ろされていく。

 頭に走る痛みと衝撃。瞬間的にアルジダの視界は黒く染まり、全ての感覚が失われていく。


「──アルジダ!」

(……レディ?)


 蟲屋の少年レディバードがアルジダの名前を叫んだのが聞こえた。何故ここで彼の声が聞こえたのか、そんなことを考える間もなく、彼女の意識は急速に黒い世界へと落ちていった。


 


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