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幼馴染の彼女

作者: 雲居瑞香
掲載日:2017/08/07

『あなたを思う恋心』の知哉視点。

私ですら書きながら、こいつはダメだ、と思ったので、読む方は自己責任でお願いします。

自己責任でお願いします!重要なので二回言いました。











 俺には、仲の良い幼馴染がいる。


 三原みはら知哉ともやは現在高校三年生。弓道部所属で、夏休みの前には高校最後の大会も控えている。そんな彼には、幼いころからの友人、つまり幼馴染がいた。斜め向かいに住んでいる二歳年下の女の子、河野こうの志乃しのである。知哉は彼女を妹の如く可愛がっていた。


 志乃は背の高い知哉に比べるとやや小柄に見える。本人によると比較対象が悪いらしいが、華奢であるのは事実だ。家が近く、昔から一緒に遊んでいたし、一時期同じ弓道道場に通っていたこともある。なかなかセンスが良かったのだが、志乃は中学生に上がるときに弓道をやめてしまった。地味にショックだった。


 子供時代の二歳差と言うのは、大きい。志乃がほっそりした子であったのもあるだろう。彼女は知哉の妹分だったし、それはずっと変わらないと思っていた。


 知哉が高校三年生になる年、志乃は知哉が通う高校に入学した。彼女ならもっと上の学校も狙えただろうに、この高校を選んだのは、通学の利便性の問題らしい。確かに、もっと偏差値の高い高校は、知哉や志乃の家からは遠い。


 同じ高校に入学したと言っても、行きも帰りもめったに一緒にならない。知哉には朝練や午後の部活があったが、志乃は部活には入らず、直行直帰だからだ。たまに志乃は図書館で勉強していることもあるが、それでも知哉が部活を終えるより前に帰ってしまう。それがちょっとさみしい知哉だった。


 新学年がスタートしてからしばらくして、知哉は目を疑った。志乃が髪をバッサリ切っていたのだ。腰近くまであった黒髪が、肩より短くなっている。それだけで、ずいぶん大人びて見えた。


「なあ、裕一! 志乃を見たか?」

「志乃? ああ、髪切ったみたいだな」


 知哉は同じクラスの友人渡邉わたなべ裕一ゆういちに声をかけた。彼は、志乃の従兄だ。一年生の時からずっと同じクラスなのだが、話してみて志乃の従兄だと知った時にはとても驚いた。世の中せまい。


「何で切ったんだ?」

「知らねぇよ……いいじゃん。似合ってるし」


 裕一はあっさりと言った。確かに似合っている。似合っているが。


「俺があげた髪飾り、もうつけてもらえないだろ……」


 しゅんとしていうと、裕一が怪訝な表情になった。

「何言ってんだ、お前」

「昔、誕生日にこう、髪を束ねる……そう、シュシュ! あげたことがあって、ずっとつけてくれてたんだけどなぁ」

 あの髪の長さでは束ねることはできないだろう。知哉が知っている限り、志乃があそこまで短く髪を切ったことはない。


「知らねぇよ……髪なんてすぐ伸びるだろ」

「や、そうなんだけど……」


 知哉は顔をしかめた。なんだかもやもやする。志乃だって髪が伸びてきたら切るし、今回は短めに切ってみようと思うことだってあるかもしれない。だが、それでも、なんとなく釈然としなかった。


 ところで、知哉には彼女がいる。英理子という同級生の女の子だ。ちなみに、クラスは違う。新学年がはじめってしばらくしたころ、告白されそれを受け入れたのだ。

 知哉は、そこそこモテる方だと思う。顔面偏差値だけで言えば裕一の方が明らかに上だが、裕一に彼女がいると聞いたことは、そう言えばない。理由を聞いてみたところ。




「裕一君ってかっこいいんだけど、親戚のお兄ちゃんっていうか、むしろお母さんみたいよねって言われる俺の気持ちがわかるか」




 とのことであった。いや、お母さんと言えるほど面倒見の良い性格ではないと思うのだが、親戚のお兄ちゃんみたいだというのは少しわかる気がした。要するに、恋愛対象と見られていないのだ。


 話を戻して。英理子とは住んでいるところが離れているので、もっぱら学校の最寄駅でデートをしていた。休みの日ともなれば遠出などもできるが、知哉には部活もある。必然、放課後の駅でのデートが多くなる。その日も、駅の中にあるカフェ併設のコーヒーショップで英理子と話していた。

 外向きのカウンター席に座っていたので、構内を歩く人が良く見える。知哉の視界に、自分が通う高校の制服が眼に入った。スカートのチェックとネクタイの色が青だったので、同じ高校の女子。肩までの髪がまだ見なれなくて一瞬気付かなかったが、あれは志乃だ。


「三原君?」

「ごめん、英理子。何でもない。遅くなるし、そろそろ帰ろう」

「そうだね」


 もっともらしい理由を並べたが、知哉は志乃を早く追いかけたかった。


 バス停に向かう英理子と別れて志乃を探したが、見つからない。もともと、あまり目立つ方ではない。背が高いわけではないし、はっとするような美人と言うわけでもない。模範的な生徒で、黒髪でスカートも膝丈。スクール鞄に目立つキーホルダーをつけているとかもなく、ただ電車の定期がくっついていた。


 探すのは難しいが、ホームに行けば会えるだろう。そう思って知哉は改札に入った。


 果たして、知哉の読みは当たり、先ほどまで知哉がいたコーヒーショップとは別の店の容器を持った志乃がスマホに目を落として列に並んでいた。思わず声をかける。


「お、いたいた。志乃!」


 名を呼ぶと、志乃は顔をあげた。はっとするような美人ではないが、知哉は彼女は可愛らしい顔立ちをしていると思う。


「やっぱお前だったか。珍しいな、こんな時間に」


 部活に入っていない志乃の帰宅時間は早い。いつもより遅いなと思って尋ねると、志乃は素っ気なく「委員会があったの」と答えた。知哉は納得してうなずいた。


「ふーん。なるほど」

「彼女さん、いいの?」


 志乃の問いに、知哉は一瞬考えてしまった。なんのことだ? と。


「ん? あー、お前見かけたから。英理子えりこ……あ、彼女の名前な。英理子はここからバスで帰るからな」

「……意味が分からないし、彼女さんを送っていってあげればいいじゃん」

「方向が反対なんだよ。前に送ってったら、英理子も気まずそうだったし」

「そう。なら別にいいけど。私には関係ないし」


 クールにそう言い切った志乃。かわいらしい顔をして、結構いうことがきついのはもとからだが、いつもより言い方がきつい気がする。

 ホームに入ってきた電車に乗り込む。知哉は志乃に話しかけるのだが、彼女は頑として答えない。妙なところで頑固だ。


「なあ志乃。何で髪、切ったの」

「……」


 電車を降りて、同じ帰路をたどりながら知哉は気になっていたことを尋ねた。イメチェンを計るにしては微妙な時期だ。そう言うのをするのなら、春休みの最中とか、大型連休後とか、何かの区切りがあるときの方が多い。それなのに、彼女は入学してから一か月もたたない微妙な時期に髪を切ってきた。


「その髪型も可愛いけどさ、俺があげたやつ、つけてくれなくなったの地味にショックなんだけど」


 以前、志乃にあげた髪飾り、シュシュがある。気に入ったのか、彼女はずっとそれを使ってくれていた。それが突然使われなくなれば、驚くし、ショックだ。


「……だから、そう言うのは彼女さんに言えって言ってるじゃん」


 機嫌悪そうに志乃は言うが、知哉もめげない。付き合いの長い彼は、志乃が実はツンデレ気質だと知っている。


「いや、だって、志乃の方が付き合い長いし。ちょっとした違いでも分かるっつーか。妹分だし」

「……あ、そ」


 非常に興味なさそうな声だった。さすがにめげそうになる。


「なあ~。何で髪切ったんだよ」

「しつこい。私の勝手でしょ」


 うん。しつこい自覚はある。だが、気になる。


「俺があげたやつ、付けたくなくなった? あ、高校生になったし、ちょっと子供っぽかったか?」

「そんな理由で髪切ったりしないよ」

 志乃は呆れたように知哉を見上げて言った。ちょうど、家の近くまで来ていた。志乃はあっさりと手を振った。

「じゃ、ばいばい」

「また明日な!」

 つられて知哉も手を振る。今日聞けなくても、明日以降も会えるのだから、また機会を見て聞けばいい。そう思った。
















 中間試験が終わった日曜日。英理子とデートに来ていた知哉は、見知った顔を見つけて足を止めた。


「知哉君、どうしたの?」


 英理子が不思議そうな顔をして知哉を見上げ、それからその視線を追った。


「あっ、副会長。隣の子、彼女さんかしらね。お似合いね」


 裕一だった。裕一と、おめかしをした志乃。二人が、何やら楽しそうにショッピングをしている。


 裕一は生徒会の副会長で校内でも有名だが、志乃はそうではない。渡邉副会長の従妹が同じ学校にいる、という話は広まっているが、志乃の顔まで認識されていることは珍しい。なので、英理子が志乃の顔を知らなくても不思議ではない。

「ねえ知哉君。私たちも行きましょ。上映時間に遅れちゃうよ」

「……そうだな」

 後ろ髪を引かれるような思いでよく見知った二人から視線をそらす。裕一はインテリ風の面立ちで、志乃も年の割に落ち着いた子だ。お似合いと言えば、そうなのだろう。いとこ同士だから親戚だとは言っても、結婚することだってできるのだ。


 なんだかもやもやした。めったにしないおめかしをした志乃は可愛らしかったし、楽しそうに笑いかける相手は知哉じぶんではなく、裕一だ。そのことに、無性に腹が立った。


 だが、知哉に志乃や裕一を責める資格がないこともわかっている。理性と感情は別物なのだ。

 英理子はいい子だし、映画も普通に面白かった。楽しく過ごせたと思ったのだが、付き合い始めて三か月ほどたったころ、英理子に「ごめんなさい」という言葉と共にふられた知哉である。


 驚いた知哉に、英理子はさみしそうに微笑んで言った。



「私は知哉君を見てるけど、あなたは違う子を見ているわね」



 違う子を見ている。そう言われて、思い出したのは志乃のことだった。知哉にとって小さいころから一緒の彼女を見ていることはとても自然なことで、指摘されるようなことではないと思っていた。


 だが、毎回ふられる時に似たような言葉でふられる。今回、英理子もそうだった。


 みんな、自分と付き合っていても知哉は別の子を見ているという。はっきりと、彼女よりも志乃を構っている、という人だっていた。落ち着いて考えてみると、心当たりは、ある。

 知哉にとって志乃を構うのは当然のことで、意識したことはなかった。だが、言われてみれば、彼女がいるのに他の女の子を構うのは失礼だった。彼女らが怒るのも当然だ。


 知哉の中で志乃は『志乃』という枠に入ってしまっていて、指摘されてそう言えば彼女も女の子だった、と思う始末だ。

 そんな知哉だが、先日、志乃と裕一が一緒にいるところを見て、今まで付き合った彼女が腹を立てた理由をついに正確に理解できるようになった。つまりは嫉妬だ。知哉も、志乃と二人きりで買い物をしている裕一に嫉妬した。


 そのあたりのことを裕一に聞くと、



「はあ? 俺の母さんの誕生日プレゼント選びに付き合ってもらってたんだよ」



 ということで、完全に身内としてのお出かけだったようだが、面白くないものは面白くない。


 さすがに、知哉も志乃を大切に思っている……ありたいていに言えば、好きなのだと気付かざるを得ない。

 意識すれば、自分がどれだけ志乃を見ていたかわかる。これは英理子たちも怒るはずだ。

 そして、そうなると志乃が知哉をどう思っているのかが気になってくる。幼馴染であるぶん、知られたくないことまで知られているのは覚悟している。その分、志乃のことも知っているつもりだが。


 当たり前だが、知哉と志乃が使用している駅は同じである。ある雨の日、電車から降りると、駅の出入り口で志乃が空を見上げていた。珍しく、傘を忘れてきたらしい。


「志乃、何してんだ?」

「……知哉」


 後ろから声をかけると、志乃は短くなった黒髪を揺らして振り返った。さすがに見なれたこの髪型であるが、湿気の多い雨の中でもふわりと広がる髪に少しどきりとした。

「傘……忘れたから、親に迎えに来てもらおうかなって……」

 言いづらそうに志乃は言った。基本しっかり者の彼女は、こうした忘れ物をめったにしない。珍しいこともあるものだ。

「この時間ならまだ仕事中じゃね? それに、わざわざ呼ばなくても、ほら」

 知哉は志乃にツッコミを入れて、傘を差し出した。志乃が目をぱちぱちさせる。


「え?」


 志乃は何を言われたのか理解できなかったのか、ぽかんとして首をかしげた。知哉は笑って言う。

「え、じゃねーよ。お前さして帰ればいいじゃん」

「いや……知哉は?」

「別に俺は濡れてもいいし」

「それは……なんか悪い」

 そう。志乃はこういう子。いくら気心の知れた相手だろうと、相手を気遣って遠慮する。ならば、と知哉は自分で傘を開き、志乃の手を引いた。


「じゃあ相合傘だな」

「や……っ! ありがたいけど、彼女さんに悪いよ!」


 驚いたのか、大声で叫ぶ志乃に、知哉は思わず「は?」と間抜けな声をあげてしまった。それから納得する。


「……ああ、お前知らないのか。英理子とは、わかれた」


 そう言うと、やはり知らなかったらしい。志乃は目を見開いた。


「別れ……た?」

「ああ」

「なんで?」


 志乃は首をかしげる。珍しく知哉のことを聞いてくれたのだが、これは答えにくい……。

「なんでって……お前。何となく?」

「私が聞いてるんだよ」

 適当に答えると、冷静に返された。しかし、志乃もそれ以上深く突っ込んでくることはなかった。それほど興味がなかったのかもしれない。……と思うと、うれしいようなさみしいような。

 知哉はちらりと志乃を見る。眼にかかる前髪を止めているヘアピンが目に入った。


「……そのヘアピン」


 話をそらすように、知哉は言った。思わずじっとヘアピンを見てしまう。視線に気づいた志乃がそれに触れた。大切そうにそっと触れるのに、何故か胸がもやもやした。


「これ? 似合わないかな」


 黒髪の中に映える、アクセント。正直、よく似合っている。だからこそ気にくわない。むすっとしたまま知哉は言った。


「……いや、可愛いけど、それ……もらいものなんだろ」

「うん。裕一兄さんから」


 知哉の心のうちなど気づかないように、志乃はきょとんと首をかしげている。


 そう。知哉も、従兄の裕一が志乃にあげたのだと知っている。たぶん、裕一も兄が妹に買い与えるような気持ちで彼女にヘアピンをあげたのだろう。志乃も同じように思っているだろう。

 でも、気にくわないものは仕方がない。

「……志乃は、裕一が好きなのか?」

「なんで?」

 本気で不思議そうな声音だった。知哉は「あー」と言葉を探すようにうなる。話してしまおうか、と思った。


「……前、一緒に出掛けてただろ。それに、そのヘアピンだって」


 仲がよさそうだった。裕一は面倒見がいいし、優しいし、志乃が懐くのもわかる。わかるが。

 そんな知哉に、志乃は呆れたように冷静に言った。

「私と裕一兄さん、いとこ同士だよ」

「いとこでも結婚できるじゃん」

「そうだけど、親戚でしょ。裕一兄さんは兄さんだし。ヘアピンだって、兄が妹を甘やかす感じでしょ」

 冷静な志乃の言葉に、知哉は頭では理解した。理性ではわかっていても、感情が追い付かない。

「……じゃあ、志乃は裕一が好きなわけじゃないのか」

「もう。しつこいよ」

 志乃が呆れたように知哉を見上げて言った。だが、対照的に知哉はほっとして微笑んだ。

「そうか」

「……なんなの」

 傘の中で、志乃は心もち引いた様子だ。あまり離れると濡れてしまうので、知哉は彼女の腕を強めにつかんだ。


 無言のまま、志乃の家の近くについた。彼女は傘から出る。まだ降っているが、すぐそこまでの距離なら問題ないだろう。だいぶ小雨になってきていた。


「……それじゃ、ありがとう、知哉」


 行ってしまう。そう思ったとき、知哉は志乃の腕をつかんだ。志乃が驚いたように振り返って目を見開いていた。その瞳を見つめながら、彼は言う。

「……あのさ、志乃」

「……何」

 志乃の声は強張っていた。しかし、知哉も同じくらい緊張している。知哉はたっぷりと沈黙をはさんだ後、意を決して言った。



「今度、部活の試合があるんだ。俺の、高校最後の……。お前、見に来てくれないか?」



 まさか、応援をお願いするだけのことに、こんなにも勇気を振り絞るとは思わなかった。志乃は知哉を見上げて何度か瞬きする。


「へ?」


 少し間抜けな声をあげて、志乃は小首をかしげた。そこで動きを止めてしまったために、傘から出ていた彼女は雨に濡れていた。知哉は彼女の方に傘を差しだし、ぽかんとしている彼女が濡れないようにした。

「どうだ?」

「いや……」

 祈るようにもう一度尋ねると、志乃は戸惑ったように視線をさまよわせる。それから、言った。

「い、いいけど……」

 その返答を聞いた知哉はほっとして微笑んだ。

「約束だ」

「うん……その代り、物理教えて」

「お、おお……わかった」

 交換条件を出されて少し慄いた知哉であるが、とりあえず志乃と約束、ということで指切りをした。指きりなんて十年ぶりくらいだ。またやるとは思わなかった。


 ばいばい、と手を振って家の中に入った志乃を見送り、知哉は「よし」と気合を入れた。そうでなくても高校最後の試合だ。さらに志乃が見に来るのなら、みっともないところは見せられない。


 高校最後の部活の試合は、夏休みに入る間際にある。平日もぶっ続けで試合があるので、準決勝まで行かなければ志乃は見に来られないだろう。気合も入るというものだ。


 試合の日、道着姿で弓道場の外に出た知哉は、日よけの白い帽子をかぶった女の子が道着をきた学生に絡まれている。その女の子の横顔を見た知哉は、二人に近づいていった。


「どうした?」


 声を聞いた途端、女の子の方がはじかれたように振り返った。日よけの白い帽子にプリーツスカートを合わせたその子は志乃。彼女は知哉を見てあからさまにほっとした表情になった。


「あ、えっと。どこに行けばいいかわからなくて」


 志乃がちらっと絡んでいた学生を見ながら言った。どうやら、探している間に絡まれたらしかった。


「……迷ってるみたいだから、声をかけたんだ。知り合いに会えたならよかった」


 どこか不満げにそう言って、その学生は離れて行った。知哉は志乃を見下ろして「大丈夫か?」と尋ねる。


「うん。道場までの道を教えてくれたんだけど、なんかしつこくて……」

「ああ、まあ、志乃、可愛いから」


 自然にそう言うと、志乃はきょとんとした顔になった。


「私別に可愛くないけど。生意気だし」

「ああ、うん。それはちょっとある」


 確かに志乃は生意気なところがある。それは認めざるを得ない。そんなところも可愛いのだが、と思っていると彼女から蹴りが繰り出された。痛くはなかったが、普通、スカートの女子が蹴りを入れてくるだろうか……。


「そんなこと言ったら応援してあげない」


 むくれて言う志乃に、知哉は「え」と間抜けな顔になった。


「いや、応援してくれよ。そうしたらいつもより頑張れる気がするし。それに、俺は多少生意気でもいつも通りの志乃が好きだ」


 勢いに任せて言ってしまってから、「あ」と思った。知哉を見上げていた志乃も目を見開いて顔を赤くしたが、すぐに表情を引き締めた。


「何それ。私じゃなかったら勘違いしちゃうよ」


 つんとした表情で言われたが、付き合いの長い知哉はこれが照れ隠しだとわかっていた。軽く笑い声をあげる。


「そうか。勘違いしてくれてもいいんだが」

「馬鹿なこと言ってないで、試合、始まるんじゃない?」

「そうだな」


 知哉は時計を見てうなずいた。いや、時間はまだあるが、待機しなければならないので、どちらにしろそろそろ行かなければならない。


「志乃。観戦はそこの柵の向こうからな。知らない人にはなしかけられてもついていくなよ」


 ナンパを警戒しての言葉だったが、志乃はつんっとそっぽを向いた。


「私だってそんなに子供じゃないよ」


 そんなに子供じゃないことを知っているからこその言葉だ。知哉はそれには答えず、「応援してくれよー」と一方的に言った。道場に向かって行く知哉の背中に、志乃の声がかかった。




「応援するから、怪我しないくらいに頑張って!」




 こういうところが可愛いのだ。知哉は振り返らず、返事の代わりに片手をあげた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


うん、たぶん……友達でいる分には楽しいんだよ、知哉は。

とりあえず、もう書きません。


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