(10)マリーナの話し合い
シゲルたちが宿で暇を持て余していたその頃、マリーナは一応のホームである教会に入り、リゼムトゲルトとの対面をしていた。
マリーナが教会に戻るなりすぐに部屋に通されたので、最初からそういう対応をすることになっていたのは、間違いがない。
大司教であるリゼムトゲルトは、非常に忙しいはずなのだが、なぜこんなに簡単に時間が取れるのだろうとマリーナは少し不思議に思っていた。
答えは、たまたま時間が空いていただけなのだが。
それはともかく、別室に通されたマリーナは、少しの間待たされることになった。
とはいっても、リゼムトゲルトは、十分もせずに部屋に入って来たのだからさほど待ったとは言えないだろう。
本来、リゼムトゲルトはそれくらいに忙しいのだ。
マリーナもそれがわかっているので、そんなことでいちいち怒ったりはしない。
そんなことよりも、これから行われる会話のことについて、思考が向いていた。
向かい合わせに座ったリゼムトゲルトは、まっすぐにマリーナを見ながら言ってきた。
「それでは、話を聞かせてもらおうかな?」
「話と言われましても、何をお話すればよろしいでしょうか?」
既に話すべきことを決めてあるマリーナだが、まずは牽制の意味も含めてそう聞いた。
さらにいえば、今この場でリゼムトゲルトが聞いてきていることが何の事かは、見当がついていたりする。
それでもあえてそう切り出したのは、今後のことを考えてということもある。
マリーナの言い回しで自分が聞きたかったこと以外にも何かがあると察したリゼムトゲルトは、ため息をつきながら答えた。
「……まずは、空飛ぶ船について話をしてくれるかい?」
敢えて目立つようにして現れたのが功を奏したのか、既にリゼムトゲルトはアマテラス号についての情報を持っていた。
町についてからほとんど真っ直ぐに神殿に来たマリーナだったが、噂が流れる速度はそれよりも早かったということだ。
リゼムトゲルトが少しだけ遅れて来たのは、それについての詳しい情報を待っていたからという事もあるのだ。
「あれについては、私からあまり話せることもないのですが……ああ、そうですね。先に言っておきますが、あの船には直接手を出さないほうがよろしいですよ?」
「どういう事かな?」
「どうもこうもありません。無造作に置かれているように見えるでしょうが、あれには大精霊の守護がかかっています」
さらりと告げられた事実に、リゼムトゲルトは少しだけ顔を青くした。
普通は大精霊が直接関わってくることなどほとんどないので、そうなるのも当然だ。
リゼムトゲルトがどういうことだと問いかけるよりも先に、マリーナがさらに続けて言った。
「あれは、風の都で手に入れた物ですが、置いてあった場所は風の大精霊が守護をしていました。新しい物を見つけようと思ってもそう簡単にはいかないと思われます」
風の都と聞いてリゼムトゲルトが何かを考えるような表情になっていたが、それはすぐに曇ってしまった。
魔の森と同じように、大精霊が直接守護している場所は、下手に手を出さないほうが良いというのが、フツ教内での共通した認識なのだ。
ちなみに、魔の森の遺跡に関しては、様々なところが手を出そうとしているが、リゼムトゲルトは、今のところそれらが上手くいったという報告は聞いていない。
マリーナは、そんなことを考えていたリゼムトゲルトに、さらに追加の情報を話した。
「さらにいえば、いま城壁の傍にある船も、譲り受けようなどとは考えないほうがよろしいかと思います。所有者が許可を出さないと思いますし、出したとしても動かせるとは思いませんから」
「……どういうことかな?」
眉をひそめてそう聞いて来たリゼムトゲルトに、マリーナは、表情を変えることなく事実を教えた。
「あれは、今の所有者が、風の大精霊から借り受けているだけです。そういう認識でいた方がよろしいかと思います」
事実は厳密にいえば少し違うのだが、一般にはそう思わせておいたほうが良いと判断しての言葉だ。
それに、シゲル自身が、アマテラス号は自分が生きている間だけエアリアルから借り受けているだけだと考えているので、完全な間違いでもない。
マリーナの微妙な言い回しに、リゼムトゲルトはさらに突っ込んで聞こうとしたが、途中で思いとどまった。
目の前にいるマリーナの態度を見ていれば、それ以上を聞いても答えてくれないということは分かるし、下手につつくとさらに大精霊が絡んできそうだった。
リゼムトゲルトは、フツ教内で大司教であり枢機卿でもあるが、そんな立場は大精霊には何の関係もないのだ。
マリーナに向かって大きくため息をついたリゼムトゲルトは、少しだけ厳しい顔になって聞いた。
「その所有者のことについては、教えてもらえるのかい?」
「それは、そのうちに噂が広まると思います。すぐにでも王との話し合いが始まるでしょうから」
マリーナは何気ない調子でそう言ったつもりだったが、リゼムトゲルトはそれだけではないことをすぐに見抜いていた。
「そうかい? 私としては、マリーナの個人的な感想を聞きたかったんだけれどね?」
そう言ったリゼムトゲルトの言葉に対して、マリーナは不覚にもすぐに答えることができなかった。
今の言葉は、リゼムトゲルトのカマかけでもあったが、マリーナのその態度が答えを言っているようなものだった。
あっという間にそのことを察したマリーナは、すぐに開き直った。
「私の想いを語ろうとすると、いくら時間があっても足りないのですが、本当にお聞きになりたいのでしょうか?」
「おやおや、これはこれは……」
マリーナからの反撃に、リゼムトゲルトはそう言って苦笑を返すことしかできなかった。
勿論、そんな惚気を長々と聞いている時間は、リゼムトゲルトにはない。
開き直ったマリーナの勝ちである。
苦笑をしていたリゼムトゲルトは、マリーナに向かって一度だけ首を左右に振った。
「それは遠慮しておくよ。それにしても、あのマリーナがね……。何ともいえない気分だが、本当に大丈夫なのかね?」
大いに含みを持たせて聞いて来たリゼムトゲルトに、マリーナは涼しい顔のまま応じた。
「大丈夫かどうかは私が決めることではないですよね? それに、教会がどういう答えを出そうが、私の気持ちはもう定まっていますから」
きっぱりとそう言い切ったマリーナに、リゼムトゲルトはもう一度苦笑をすることしかできなかった。
小さいときから面倒を見て来たマリーナが幸せになってほしいという思いは、当然のようにリゼムトゲルトにもある。
だが、自身の立場が、それを許さないときがあるということも重々に承知しているのだ。
目の前にいるマリーナを見て、既に気持ちを固めているのを理解しているリゼムトゲルトは、余計なことをしでかす者が出ないことを祈ることしかできない。
普段は穏やかに見えるマリーナだが、いざという時は反撃することも厭わないことを、リゼムトゲルトはよく知っている。
またそうでなければ、勇者と一緒に魔王を倒す旅になど出れるはずがない。
時に思い切った決断をする(できる)のが、マリーナの本質なのだ。
いつまでもあるかどうか分からないことを考えていても仕方ないと、リゼムトゲルトは頭を切り替えてマリーナを見た。
「それにしても、私にはいつ紹介してくれるのかな?」
大司教ではなく、育ての親の顔になって言ったリゼムトゲルトに、マリーナはさっと頬を赤く染めた。
「そ、それは……まだ先のことで……先ほど言ったように、王との対面が終わってからのほうが良いかと思います」
口籠りながらも最後にそう言ったマリーナに、リゼムトゲルトは満足げに頷いた。
「そうかい? まあ、マリーナに紹介してくれる気があるならよかったよ」
場合によっては、何もせずにそのまま消えてしまうこともあり得るので、リゼムトゲルトは半ば本気でそう答えていた。
マリーナがこう答えた以上は、時間がかかってもいつかは目の前に思い人を連れて来てくれるという確信が、リゼムトゲルトにはある。
視線を逸らしながら顔を赤くしているマリーナという滅多に見ることが出来ない稀有な表情を見ることが出来て、リゼムトゲルトは内心で感心をしていた。
まさか、マリーナにそんな表情をさせる者が出てくるとは思っていなかったという事もあるし、その気持ちが浮ついた物だけではなく、本気のものだと理解できたのだ。
そんなマリーナを射止めた相手は、立場を抜きにしても是非会ってみたいと考えるリゼムトゲルトなのであった。
マリーナが惚気ているところはあまりかけていないので、リゼムトゲルトの力を借りて惚気てみせましたw




