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(3)更なる拡張に向けて

 味噌と醤油の扱いをどうするかは決めたが、まだアマテラス号の公表というわけにはいかなかった。

 何しろ、フィロメナたちの開墾作業がまだ終わっていない。

 そのため、シゲルはその時間を使って、これまで放置気味だった『精霊の宿屋』について、いろいろと手を入れることにした。

「ラグは、他に何か欲しい物はある?」

 具体的にどこにとは言わなかったシゲルだが、傍で護衛をしていたラグにはすぐにわかったようだった。

 ただ、シゲルの言葉に、ラグは首を左右に振っていた。

「私は、いまのところ特にはありません。強いて言うなら森を増やして欲しいとは思いますが、広げるのはまだ先なのですよね?」

「あー、そうだねえ」

 ラグの問いかけに、シゲルが頷いた。

 

 現在の『精霊の宿屋』は、東京ドーム四個分くらいの広さがある。

 そこからさらに広げる条件は既に出ているが、その条件を満たす方法が分からないのだ。

「契約精霊の数を六体にしろって言われてもねえ……」

 シゲルは、メニュー内にある拡張条件の文章を見ながら、ため息をついた。

 

 そんなシゲルに、ラグがキョトンとした顔で聞いて来た。

「契約をすればいいのではありませんか?」

「いやだから、その契約をどうやってすれば…………あれ? もしかしてラグは知っているの?」

 そんなまさかと思いつつ、シゲルはラグに恐る恐る問いかけた。

 

 するとラグは、あっさりと頷きつつ、申し訳なさそうな顔になった。

「申し訳ありません。まさか、そこで悩んでいるとは思っていませんでした」

「あ~、いや、自分もちゃんと確認していなかったのが悪いから、仕方ないよ」

 ラグとリグは、Aランクになって会話をすることが出来るようになったが、こうした認識のすれ違いはよく起こっている。

 お互いに、知っていることと知らないことの差がわかっていないので、ある意味仕方ないことではある。

 それは、時間をかけて埋めていくしかない。

 

 とにかく、ラグのお陰で、精霊との契約をしようと思えば出来ることが分かった。

 そもそもシゲルは、これまで『精霊の宿屋』のシステムでほとんど自動的に契約精霊を得て来た。

 だが、ほかの精霊使いたちは、別にそんなものを通さなくても契約を行っている。

 その方法を使って契約すればいいだけなのだ。

 

 ラグから教えてもらった方法に、シゲルは目から鱗という顔になっていた。

「確かに、言われてみればそうだね」

 ラグにそう答えたシゲルは、すぐにガクリと肩を落とした。

 他に精霊と契約している人がいることは知っていたのに、そこから自分のことに結び付けられなかったのは、シゲルの失態である。

 

 

 なぜ思い付かなかったんだと反省しているシゲルを、ラグがおろおろしながら見ていた。

 丁度その時、外から戻って来たミカエラが、首を傾げながらラグを見て聞いた。

 ちなみに、シゲルは昼食の準備中だったので、リビングで『精霊の宿屋』をいじっていたのだ。

「あら? シゲルが落ち込んでいるみたいだけれど、なにかあった?」

「は、はい。その……」

 シゲルの汚点(?)を口にしていいのか分からなかったのか、ラグが途中で口籠っていた。

 

 そんなラグを見て、シゲルが苦笑しながらミカエラに言った。

「いや、ちょっと自分が間抜けだったことを思い知らされただけ」

「間抜け? なによ、それは」

 そう重ねて聞いて来たミカエラに、シゲルは『精霊の宿屋』と契約精霊のことについての話をした。

 

 シゲルからその話を聞き終えたミカエラは、

「ああ、それは確かに間抜けと言われても仕方ないわね」

 と、宣った。

 そして、さらに畳みかけるように、続けて言った。

「契約精霊については、あれだけ私が教えて来たのに、何故思い付かなかったのかしらね?」

 別にミカエラは、シゲルのことを責めているわけではない。

 単に、珍しく(?)揶揄うためのネタができたので、遊んでいるだけだ。

 ミカエラのその顔を見れば、そのことはシゲルにもわかる。

 そもそも、自分の失態だという事はよく理解しているので、強く出ることもできない。

 

 しばらくこのことで揶揄われることを覚悟したシゲルは、今はとりあえずの難を逃れるために、話題を変えることにした。

「申し訳ない。どうも無意識のうちに、『精霊の宿屋』の契約精霊と普通の契約精霊は違うものだと考えていたみたいだ。それよりも、精霊との契約ってどうやるのかな?」

 シゲルは、自然にいる精霊との契約をしたことがないので、どうやって契約するかは知らなかった。

 ミカエラもそのことは話していない。

 そもそも五体も契約精霊がいる時点で普通ではないのだから、ミカエラはシゲルがそれ以上を望むなんてことは考えていなかったのだ。

 

 シゲルのあからさまな話題転換だったが、ミカエラは素直に答えを教えてくれた。

 さすがに、質問を放置してまで揶揄い続けるほど意地が悪くはないのだ。

「そうね。契約といっても色々あるけれど……シゲルの場合は、『精霊の宿屋』に来ている精霊に聞いてみればいいんじゃない?」

「『精霊の宿屋』に……? いや、どうやって?」

 シゲルにとっては、『精霊の宿屋』に来ている精霊は、あくまでもシステムの中に来ているだけであって、直接触れ合ったりしているわけではない。

 それらの精霊と契約をするといっても、どうすればいいのかなんてことは分からない。

 

 そう言ったシゲルに、ミカエラは不思議そうな顔になった。

「何を言っているのよ。そこで張り切って声を掛けられるのを待っている精霊がいるじゃない」

「え……?」

 シゲルは意味が分からずに首をかしげたが、それを見たミカエラがついと視線をずらしたのを見て理解した。

 ミカエラと同じ方向を見た視線の先では、ラグが期待するようにシゲルを見ていたのだ。

 

 シゲルの契約精霊たちは、当然ながらなんの問題もなく『精霊の宿屋』の世界に入ることが出来る。

 そこで聞いてきてもらえばいいだけなのだ。

「あー、ラグ。すまないけれど、自分と契約してもいいって言う精霊がいたら連れて来てもらえるかな?」

「勿論です。ですが、少しだけお時間を頂いてもいいでしょうか?」

 ラグの問いかけに、シゲルは首を傾げた。

「うん? それは構わないけれど……やっぱりそんなに簡単に契約したい精霊っていないか」

 ラグの言葉にすぐに同意したシゲルは、そう納得をした。

 

 だが、そんなシゲルに、ラグは慌てて首を左右に振ってみせた。

「いいえ、そう言うわけではありません。ですが、シゲル様のお傍に仕えることになるのです。皆としっかり吟味したうえで、連れて来ます」

「……あー、そういうこと」

 何やら張り切っている様子にラグに、シゲルはそこまで頑張んなくてもとは言うことができかった。

 それを言ってしまうと、ラグが落ち込んでしまうことは、これまでの経験でよくわかっている。

 

 そんなシゲルとラグの様子を、ミカエラは笑って見ていた。

「契約したいという精霊がいるなら、あとは簡単よ。当人を前に、きちんと契約の意思があることと確認して、シゲルがそれを了承すればいいだけね」

「へー、そんなことをする必要があるんだ」

 今までそんなことをやったことが無いシゲルは、なるほどと頷いた。

「むしろ、本人の意思を無視して勝手に契約しているということのほうがあり得ないのだけれど?」

 シゲルの言葉に、ミカエラが少し呆れながらそう答えた。

 それに対するシゲルの返答は、視線をずらして誤魔化すだけだった。

 

 

 とにかく、契約精霊のめどがついたので、ほぼ『精霊の宿屋』が広げることが確定した。

「それにしても、次に広げることが出来たら、ほとんど小さな町内会程度の広さになるんじゃないか?」

「町内会?」

 シゲルの呟きに、そのまま残っていたミカエラが聞き返してきた。

「うーん、こっちではなんていうんだろう? 町を細かくわけて、その上で生活に必要な細かいサービスを行う単位、かな?」

 要するに最小限の行政サービスの一種なのだが、それをこの世界でどういえばいいのかは、シゲルにはわからない。

 この世界では、周りに何もないフィロメナと宿暮らしだったので、そうした細かい生活に必要な知識はあまり知らないのだ。

 

 とはいえ、エルフであるミカエラもあまり人の世界の生活に詳しいというわけではない。

 首を傾げて「寄合みたいなものかしらね」などと呟いていたが、すぐに頭を切り替えたのか首を振っていた。

「まあ、いいわ。とにかく、ラグたちがどんな精霊を連れてくるのか、楽しみね」

 多分に揶揄うような表情を含めて言ってきたミカエラに、シゲルはジト目を返した。

「なにか不穏な空気を感じるんだけれどね?」

「さあ? 気のせいじゃない?」

 その後、お互いにフフフ、ホホホと笑い合うシゲルとミカエラの姿は、誰がどう見ても仲が良いようにしか見えないのであった。

次話には新しい精霊を紹介できると思います。


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