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(8)冒険者登録

 フィロメナの家から一番近いタロの町に向かう最中、シゲルは自分自身を鍛えないことにはどうにもならないことを痛感していた。

 そもそも植物の研究を主にしていたシゲルは、山道を徒歩で歩くことには慣れていた。

 ただし、それはあくまでも日本での基準であって、この世界ではまったく参考にならなかった。

 何しろ、ただ歩いていくだけではなく、途中で出てくるモンスターと戦って、後処理をしながら移動しなければならないのだ。

 よほどのことが無い限りでは野生動物と出くわさなかった日本とは、比べものにならない。

 勿論、勇者であるフィロメナと比べること自体間違っていることはわかっているが、それでもあまりに不甲斐ないと思っていた。

 

 シゲルがそんなことを考えている一方で、フィロメナはいい意味で感心していた。

 フィロメナは、前もってモンスターとの戦闘経験がないと聞いていたので、かなり気を配りながら戦っている。

 ところが、最初の戦闘こそ初心者丸出しの対応をしていたシゲルだったが、二度目の時はかなり周囲に目が配れるようになっていた。

 そして、いま戦った三回目の戦闘の時には、少なくともフィロメナの邪魔になるような行動はほとんど取らなくなっていたのだ。


 さらに、人によっては嫌悪することがある解体も、特に嫌がることなく、むしろ自分から進んで行うようになっていた。

 これにはきちんと理由があって、シゲルはちょっとした縁でマタギの人と一緒に狩りに出向いたことがある。

 そのときに、動物を解体するところを見たことがあったのだ。

 だからこそ、たどたどしい手つきではあるものの戻すといった醜態(?)は晒すことなく、最初から処理を手伝うことができたのである。

 

 

 そんなこんなで、初戦闘というイベントもこなしつつ、シゲルとフィロメナは家から四時間ほどをかけてタロの町に着いた。

 町に入るためには、検問を通る必要があるのだが、よくあるようなイベントは起こらずに、すんなりと通ることができた。

 間違いなく一緒についてきてくれていたフィロメナのお陰である。

「――どうしたんだ、そんな顔をして?」

 すんなり通れたことを喜んでいいのか、頼りっぱなしで情けなく思ったほうがいいのか、微妙な気持ちになっていたシゲルに、フィロメナがそう声をかけてきた。

「いや、随分とすんなり通れたなと思ってね」

「ああ、それは……私がいるからだな」

 微妙に視線を逸らしつつそう言ってきたフィロメナに、シゲルは苦笑をした。

 

 シゲルは、フィロメナが勇者であることを誇りに思ってはいても、周囲からの評価を重荷に考えていることを知っている。

 だからこそ、今回のように特権のようなことが起こると、あり難いと思う反面、複雑な感情になるのである。

 そのため、シゲルはそのことには触れずに別に疑問に思ったことを聞いた。

「なるほどね。でも、自分は身分証を出さなくても良かったのかな?」

「うん? シゲルの身分証はギルドで作ると話はしておいたが?」

「えっ!? あれ?」

 シゲルは、街の様子に気を取られて、フィロメナと門番のやり取りを聞き逃していたのだ。

 

 そのことに今更ながらに気付いたフィロメナは、シゲルにジト目を向けた。

「……物珍しいのは分かるが、本当に大丈夫か? この分だと、歩いているだけでスリにやられそうだな」

「アハハハハハ」

 まったくもって反論の出来ないフィロメナの言葉に、シゲルは誤魔化すように笑う事しかできないのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 冒険者ギルドに入ってすぐに、シゲルはとげとげしい視線を感じた。

 勿論、それらの視線の主は、併設された酒場で寛いていた男たちからのものだ。

 昼間から酒を飲んでいる者はほとんどいないが、昼食を取ったり情報収集するのに他の冒険者との交流をするため、意外に人は入っている。

 そのため、シゲルはかなりの人数からの視線にさらされることになった。

 

(まあ、気持ちは分かるけれど)

 町に入ったフィロメナは、既に兜は取っている。

 そのため、その美しい顔が分かるようになっているので、一緒についてきているシゲルを見て、男どもがそういう態度に出るのは当然だろう。

 その気持ちはシゲルも良くわかるので、どうこう言うつもりはない。

 ただ、後のことを考えて顔をひきつらせただけだ。

 

 そのシゲルの顔に気付いたフィロメナが、首を傾げながら聞いてきた。

「どうしたんだ?」

 まったく周囲の様子に気付いていないフィロメナに、シゲルは首を左右に振って答える。

「ああ、いや、うん。何でもないよ。それよりも、登録するんだよね?」

「ああ、そうだな。……あっちだ」

 シゲルの答えに、フィロメナは小さく首を傾げたが、すぐに二人いる受付嬢のうちのひとりに向かって歩き出した。

 

 受付嬢は、シゲルとフィロメナに気付いて頭を下げた。

「いらっしゃいませ。……そちらの方の登録でよろしいでしょうか?」

 フィロメナのことを知っているらしい受付嬢は、すぐにシゲルを見てそう聞いて来た。

「ああ、頼む。規則などは私から説明する。あと、魔力の審査もしてくれ」

「畏まりました」

 フィロメナに向かって頭を下げた受付嬢は、次にシゲルに視線を向けて一枚の紙を出してきた。

「こちらに記入をお願いします。全てを書く必要はありませんが、名前の記入だけはお願い致します」

「わかりました」

 受付嬢から紙とペンを受け取ったシゲルは、そこでハタと止まった。

 自分の知っている文字が、この世界で通用するかが分からない。

 

 困った顔で固まっているシゲルに気付いたフィロメナが、「ああ」という顔になった。

「そうか。すまないな。こっちの文字は知らなかったか」

「そうだと思う。どう考えても文字は違うよね?」

 今まで一度も文章でのやり取りをしていないので、日本語が通用するかが分からない。

 というよりも、通用しないと考えるほうが自然だろう。

「そうだな。うっかりしていたな。……どれ、私が書こう」

 フィロメナはそう言ってシゲルからペンを受け取って書き始めたが、実際書ける場所は名前くらいと冒険者登録の有無があるかどうかだけだった。

 他には使う武器の種類や魔法のことについての欄があったのだが、シゲルが書けることは何もない。

 そもそも武器は使ったことなどないし、魔法はこれから調べるのだから書きようがないのだ。

 

 申請用紙には本当に名前だけ書いていれば良かったようで、フィロメナが受付嬢に渡すとすぐに頷いて受け取っていた。

 そして受付嬢は、シゲルに向かってなにやら金属板のようなプレートを差し出してきた。

「こちらに触れてください。……犯罪歴の有無を調べます」

 プレートを差し出されて不思議そうな顔をしたシゲルに、受付嬢は付け加えるように言ってきた。

 それを聞いて納得の顔になったシゲルは、プレートの金属部分に触れた。

「――問題ないようですね。カードの受け渡しまではしばらくかかりますが、先に魔力検査を行いますか?」

「ああ、そうだな。やってしまってくれ」

 受付嬢の問いに、シゲルが何かを言うよりも早く、フィロメナが答えてしまった。

 もっとも、検査にどれくらい時間がかかるかわからなかったシゲルが答えるよりも、フィロメナが答えた方が早かったので、それで問題ないのだが。

 

 フィロメナの返答を聞いた受付嬢は、「失礼します」と断ってから奥に行った。

 そして、戻ってきたときには、上部に透明な水晶のようなものが付いた道具らしきものを持っていた。

 それをカウンターの上に置いた受付嬢は、シゲルに向かって言った。

「こちらの水晶にしばらく触れてください」

 受付嬢がそう言って指したのは、上部にある握りこぶし大の水晶(もどき?)ではなく、下に付いていた小さめの水晶だった。

 

 てっきり上の部分に触れると思っていたシゲルは、なんとなくばつが悪い思いになりつつ、それを顔に出さないようにしながら受付嬢から言われた部分に触れた。

「むっ……?」

 すると、なぜかすぐ隣で見守っていたフィロメナが、低い唸り声のような音を出した。

 シゲルがその声の意味が分からずに受付嬢を見ると、彼女も驚いたような顔になっていた。

 そのふたりの様子を見て、シゲルは内心で「これはあかんやつや」とついテンプレな台詞を思い浮かべていた。

 もっとも、その装置(?)で何かが起こっていることが分かっていても、具体的にどういう反応が出たのかまではわからない。

 迂闊なことは口にできないと考えたシゲルは、黙ったままフィロメナを見た。

 

 そのシゲルの視線を受けて、フィロメナが受付嬢を見ながら言った。

「……シゲルには私から話をしておく。そなたはそのまま手続きを進めておいてくれればいい」

「か、畏まりました。ですが……」

「ああ。勿論、ギルドマスターに報告するのは構わない。それがそなたの職務であろう?」

 若干優し気な表情になってそう言ったフィロメナを見て、受付嬢はあからさまにホッとした表情になった。

 そのやり取りを見ていたシゲルは、面倒なことになったみたいだなあと考えていたが、勿論口に出すことはしない。

 わざわざフィロメナが伏せてくれているものを、自爆するつもりはないのである。

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