(12)精霊の成長
シゲルの問いに元気よく返事をしてきたリグに、一同は唖然とした表情をすることになった。
昨夜まで手のひらくらいの大きさしかなかったはずの精霊が、いきなり大人の女性になって現れれば、そうなるのも当然だろう。
中でも、一番動揺していたのが、フィロメナやマリーナではなく、ミカエラだったというのが、あり得ない現状を一番よく表していた。
「シゲル、どうしたの?」
小さく首を傾げながらそう聞いてくるリグに、シゲルは口をパクパクとさせたまますぐに答えることが出来なかった。
もっとも、他の面々も同じように言葉を発することが出来なかったので、シゲルが責められるようなことはなかった。
そんな状況に助け舟が現れたのは、次の瞬間だった。
「リグ。シゲル様を困らせてはいけませんよ」
少し困ったような表情になっている別の女性が突然現れて、リグにそう言ってきた。
「えー。でも、折角お話しできるようになったのに」
「気持ちはわかりますが、状況を考えなさい」
今度は子供を叱るような顔になったその女性――ラグに、リグはプックリと頬を膨らませるのであった。
ラグとリグがワイワイと会話をしている間に、シゲルたちもようやく落ち着きを取り戻していた。
シゲルの女性連れ込み疑惑(?)などは、とっくに吹き飛んでしまっている。
「あー、盛り上がっているところを悪いんだけれど、どうしてそうなったのか、状況を説明してもらえないかな?」
一同を代表してそう問いかけたシゲルに、リグが喜び勇んで話そうとしたのを、ラグが止めた。
「リグはもう少し落ち着きましょう。今回は、私が説明をします」
「えー、ずるい」
そう抗議の声を上げたリグだったが、ラグはそれをきれいに無視をして、シゲルに向かって話し始めた。
「説明といっても大したことではありません。昨日の間に上級精霊となれたので、その分力が上がって、姿も変えられるようになったのです」
メリヤージュやディーネのことを考えれば、精霊がいつまでも小さいままであると考えること自体が不自然であることはわかる。
ただ、シゲルとしては、まさかこのタイミングで変わるとは考えていなかった。
いや、上級精霊になったのだとすれば、それくらいのことをできても不思議ではない。
前触れもなくいきなり成長した姿を見ることになったので、気持ちの整理が中々追いつかなかっただけだ。
「話が出来るようになったのも?」
「その通りです。もっとも、こちらは大精霊とお会いできていたからというのもありますが」
「え? どういうこと?」
「人の子が親から言葉を学ぶように、私たちも言葉の話せる精霊の傍にいる必要があります。いくら力があっても、そうした精霊の傍に行かないと話は出来ないのですよ」
「へー、そうなんだ」
ラグの説明に、シゲルはそういうものかと軽く納得した。
ただし、そう簡単にはいかなかったのは、同じように話を聞いていたミカエラだった。
「し、知らなかった…………」
呆然とした様子で呟いているミカエラの肩を、フィロメナがポンと叩いてからリグを見た。
「とりあえず私たちの誤解だということは分かったのだが、なぜリグはシゲルのベッドに入っていたのだ?」
フィロメナのその言葉を聞いたシゲルは、内心でやっぱり怒っているなと思った。
一応表面上は平静を装っているように見えるが、こめかみ辺りがぴくぴくしているように、シゲルには見えた。
そんなフィロメナに、リグはあっけらかんとした表情で答えた。
「えー、だって、そのほうがシゲルが喜びそうだったし……」
そこで一度言葉を区切ったリグは、なぜかフィロメナとマリーナの顔を交互に見てからニヤリとした笑みを浮かべた。
「それに、いつまで経っても煮え切らない二人の代わりを、私がしてあげようかと思っただけだよ?」
「な、ななな……!」
リグの落とした爆弾に、フィロメナは顔を真っ赤にしながらシゲルを見て、マリーナは口元を右手で覆ってからそっと視線を外していた。
その態度を見れば、リグの言わんとすることを、二人ともきちんと理解していることはシゲルにもわかった。
ちなみに、ミカエラは面白そうな顔になりながら全員の顔を見回していた。
このまま話の主導権を渡したままだと駄目だと判断したシゲルは、ため息をつきながらリグに言った。
「リグ、気持ちは嬉しいけれど、あんなことまでしなくてもいいから」
「えー、でも~」
「でも、じゃありません」
シゲルが少しだけ厳しい顔をしてそう念を押すと、リグは渋々といった顔で分かったと頷いた。
それを見てシゲルはホッとした表情になるのだが、フィロメナとマリーナがほぼ同時に「嬉しいんだ」と非常に小さく呟いていたことには、気付くことはなかった。
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早朝の騒動が過ぎ去って、なんとか(?)朝食を終えたシゲルの足元には、白い毛並みの中型犬がいた。
姿が大きくなったのは、ラグやリグだけではなく、シロも同じだったのだ。
残念ながらシロは言葉を話せるようになったわけではないが、常にシゲルの傍に控えているその姿は、忠犬といった雰囲気を漂わせている。
もっとも、シゲルにとっては、シロは最初からそういう態度をしていたので、違和感を覚えるようなことはなかった。
そんなシロの様子を見ながら、対面の椅子に座っていたミカエラが大きくため息をついた。
「何度見ても信じられないわね」
「もういい加減に慣れろ。シゲルが非常識なのは、今更だろう?」
そう言ったフィロメナに、思わず抗議の声を上げようとしたシゲルだったが、それはグッと我慢をした。
視界に丁度マリーナがコクリと頷くのが見えたので、ここで反論しても三対一で敵わないと悟ったのだ。
今であれば、精霊たちが加勢してくれるかもしれないが、余計に火に油を注ぐような気がしたということもある。
フィロメナは、それはそうだけれどと呟いているミカエラにはそれ以上はなにも言わず、今度はシゲルを見て言った。
「それはともかく、今後は余計に姿を見せづらくなったな。……いや、むしろ、見せ易くなったのか?」
見た目ではただの犬(か狼?)のようにしか見えないシロもそうだが、ラグやリグも見た目だけでは、何かの亜人といった感じにしか見えない。
ヒューマンかと聞かれれば首を傾げる者も出るだろうが、初見で精霊だと見抜く者はまずいないはずだ。
それは、ミカエラが太鼓判を押していた。
ただし、シロはともかく、ラグやリグが成長した姿を見せられるのは、シゲルが力を供給し続ければという条件が付くらしい。
先ほど二人が姿を見せていたときも、シゲルはいつもと違いがあったわけではないので、力の供給といっても大したことではない――。
と、そうシゲルが主張したら、ミカエラが白い目を向けてきた。
普通は、その程度で済むはずがないというのが、ミカエラの主張だった。
そうしたやり取りを経て、先ほどの台詞に繋がるのである。
体を摺り寄せて、撫でろと主張してくるシロの体をモフりながら、シゲルはフィロメナに向かって頷いた。
「変に姿を隠したりしなくてよくなった分、色々と楽になったのは確かじゃないかな」
「そうね。それに、使える力も大きくなっているのでしょう?」
マリーナがラグに視線を向けながらそう聞いた。
ここでリグではなくラグに向くのは、先ほどのやり取りのせいであることは明白だった。
マリーナに問いかけられたラグは、はっきりと頷いた。
「はい。おかげ様で、よりシゲル様の力になれるようになりました」
「あれからさらに成長しているって、どうなっているのか、怖さもあるんだけれど?」
ラグの答えを聞いてミカエラがそう呟いたが、それはほかの者たちにはあっさりと流されてしまった。
上級精霊になった時点で、予想できる事なのだから別に驚くことはないというのが、ミカエラ以外の考えだった。
フィロメナはラグの言葉に感心した様子で頷いた。
「そうか。それなら今まで以上に安心して戦闘が出来るな。これから先、もっと厳しいところに行くことになるだろうしな」
これから向かおうとしている風の都はそうでもないが、基本的に大精霊がいるとされている場所は、どこも人里離れた場所で強大な魔物が出てきたりする。
そうしたことを考えれば、シゲルの護衛役となっている精霊たちが強くなれば、それだけフィロメナたちも集中して戦うことが出来る。
ついでに、今後シゲルが権力者に目を付けられずに済むとは限らず、いざというときにも役に立ってくれるだろう。
精霊たちが強くなっていいことはあっても、悪いことはほとんどないのだ。
シゲルの契約精霊たちで、成長した姿を見せることが出来るようになったのは、初期精霊の三体だけである。
今後、スイとサクラが同じようなことになるのかは、上級精霊に成長してみないことにはわからない。
その時がくるまで楽しみにしておこうと、シゲルは三体の精霊を見ながらそんなことを考えるのであった。
シゲルが『精霊の宿屋』を手に入れてから約半年(?)。
ようやく精霊さんたちが大きく成長してくれました。
これでも驚異的な速さで成長しています。
これで精霊たちの出番も増える……といいなあ。




