(11)水の大精霊の噂と来襲
ノーランド王国の王都に入ったその日は、夕方に近付いているという事もあって、すぐに宿に入って過ごした。
ちなみに、シゲルたちが取っている部屋は、いわゆるスイートのような一つに複数の部屋があるタイプの場所だ。
冒険者はパーティ単位で利用する者たちも多いので、よほどの安宿でなければ、大抵はそういう部屋が用意してある。
もっとも、フィロメナたちは、揃ってお金を持っているので、大抵は高級宿と呼ばれる宿を選んで泊まっている。
勿論、田舎の村に泊まるようなときは、そんな贅沢は出来ないのだが。
王都に着いた翌日は、折角だからということで、一日王都の観光に当てた。
町の中を水路が入り組んでいるノーランド王国の王都は、それだけでも見るべきところがたくさんある。
小舟を利用した観光船のようなものもあるので、折角なのでそれを使って半日を過ごした。
残りの半日は、自前の足であちこちを見回った。
勿論、市場のチェックも忘れない。
フィロメナは勿論のこと、ミカエラやマリーナもシゲルの料理にあやかっているので、それに反対することはなかった。
そんなこんなで、観光をした翌日は、朝から冒険者ギルドやその他の場所で二つに分かれて情報収取をすることになった。
分け方は、当然フィロメナとシゲルが一緒である。
一応フィロメナはどうすると聞いたのだが、ミカエラとマリーナから呆れられたような視線を向けられて、無言のまま決まっていた。
フィロメナと一緒に行動することになったシゲルは、適当な店に入って冷やかしをしながら店員を相手に情報収集をしていた。
冒険者ギルドとどっちがいいと言われて、シゲルが店巡りを選んだのだ。
もともと店でのシゲルの対応を知っていたので、フィロメナも特に反対することもなく受け入れていた。
「――へえー。ということは、やっぱり有名なのは、オモニ湖なんだ」
「そうですね。さすがに数年に一度とは言えないですが、長くても十年に一度は目撃されているようです。まあ、会ったとしても隠している場合もあるのでしょうが」
何のことかといえば、水の大精霊の目撃情報だ。
シゲルがこの店員から聞いた話だと、水の大精霊は頻繁(?)に人前に姿を見せているらしい。
内容としては、道に迷った人を案内したりといったごく軽い物から、神託のような言葉を授けたりするような重い物まで様々だ。
「一番最近の噂では、湖で釣りをしていて怒られたというのがありますね」
「おっと。湖って釣りしたら駄目なんだ」
「ああ、いいえ。釣りそのものではなく、ごみを散らかして怒られたようですよ」
「ごみって……」
そのあまりに普通な内容に、シゲルは思わず肩の力を抜いた。
ちなみに、その怒り方も大精霊らしい力を使ったものではなく、ご近所さんに怒られているといった感じだったらしい。
どうやら水の大精霊は、思った以上に気さくというか、庶民的な方のようだとシゲルは思った。
ただし、そんな水の大精霊だが、ノーランド王国の国民から軽く見られているわけではない。
むしろ、身近に接する可能性がある分、普段から敬意の対象として見られている。
この国では、水の大精霊が一番で、二番目に代々の国王が来るのである。
むしろ、姿を見せることが無い神々よりも、人々の祈りの対象としては強いかも知れないと言われるほどであった。
ノーランド王国の民にとって水の大精霊は、とても身近な守り神といった対象なのだ。
シゲルとフィロメナは、あまりに湖周辺での目撃例が多いため、出現場所の確認はそこそこにして、出現時の話を集めることにした。
そのほうがより会える確率が増えると考えたのだ。
その際に、とある屋台の主人が興味深い話をしてくれていた。
それは、フィロメナが首を傾げながらとある質問をした時のことだった。
「それにしても、以前私がこの町に来たときには、こんなに大精霊の目撃例があるなんて話、聞いたことが無かったがな?」
勿論、ある程度の噂が流れていたためこの国に来ることを選んだのだが、これほどまでとは考えていなかったのだ。
そのフィロメナの疑問に、主人が笑いながら言った。
「そりゃ、そのときはそっちから聞いてくることがなかったからじゃないか? 今回は、お前さん方から大精霊について聞いて来ただろう?」
その主人の回答に、シゲルは少し驚きながら聞いた。
「もしかして、この町というか国では、聞かれない限りは答えたらダメと決まっているってこと?」
「俺はこの町の事しか知らないがね。それから別に決まりとしてあるわけじゃないぜ? 何となく昔から暗黙の了解としてある感じだな。それから、大精霊様の扱いが悪そうに見える奴には話さないしな。お前さん方は違うだろう?」
主人がそう答えるのを聞いたシゲルは、思った以上にこの国(町?)の住人たちは、大精霊を大事に扱っているようだと思った。
なにも言わずに、全ての住人が同じ行動を取るなんてことは、ある種の教義を実践している宗教と変わりがない。
その対象があまりに身近なために、堅苦しい空気になっていないことが、この雰囲気を作り出しているとさえ思えた。
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町の住人たちの大精霊に対する思いを確認したシゲルとフィロメナは、その後も精力的に噂を集めた。
それから宿に戻ったわけだが、ミカエラとマリーナに話をする前に、ちょっとした事件が起こった。
それは、宿の前に泊まっている馬車を見てフィロメナが眉をしかめたところから始まった。
「フィロメナ? どうかした?」
フィロメナの表情に気付いたシゲルが、何か起こったと察してそう聞いた。
そのシゲルの問いに対して、フィロメナは首を左右に振った。
「いや、まさかとは思うが、そんなことはないはずだ。とにかく、宿に入ろう」
明言を避けてそう言ったフィロメナに、シゲルは首を傾げたが、とにかく言う通りにすることにした。
何やら嫌な予感がしたのだが、敢えてそれを無視していた。
ところが、シゲルの嫌な予感は的中することになる。
自分たちが泊まっている部屋に入るなり、ミカエラとマリーナが応対している相手を見て、フィロメナが立ち止まってこう言ったのだ。
「…………ここで一体何をされているのですか、女王陛下」
「あら。随分なお言葉じゃないかしら。人の営みを、魔王という絶対の破壊者から守った勇者に、国の王が挨拶をするのは当然ではなくて?」
オホホと口元に手を当てながらそう言った女性を見て、シゲルは少しだけ呆然としていた。
目の前にいる整った顔立ちの女性は、どうやらこの国のトップであるらしい。
そんな人物が、一体こんな場所で何をしているのかと思ったのだ。
いや勿論、その女王――ユリアナが言ったことは、一部正しいことはわかっている。
シゲルがミカエラとマリーナを見れば、揃って何とも言えないような顔をしている。
それを見たシゲルは、ユリアナ女王が、元からこういう性格をしているのだと理解した。
同時に、一日歩き回って集めた水の大精霊とどこか似通っているような感じを受けた。
それが何かと考えたシゲルは、すぐに思い当たりに気がついた。
水の大精霊もユリアナ女王も、揃って重い立場にいるはずなのに、妙にフットワークが軽いのだ。
もしかしたら、敢えて代々の国王がそうするように合わせているのかと余計なことまで考えるシゲルだった。
そんなことを考えていたシゲルを余所に、フィロメナとユリアナの会話は続いている。
「だからといって、女王自らこんな場所にまで来る必要はないかと思われます」
フィロメナのその言葉に、後ろに控えていた侍女らしき者たちが、コクコクと頷いている。
それをしっかりと無視をしたユリアナは、ドア付近にいたままのフィロメナに座るように指示しながら言った。
「あら。貴方たちは、堅苦しい場所は嫌ではなくて? なぜ、わざわざ勇者たちに嫌われるような真似を私自らしなくてはならないの」
言っていることは正しいのだがそれを女王が言ってどうするというのが、この場にいたシゲルたちの共通した思いだ。
勿論、そんなことを口にする勇気は、誰も持っていなかったが。
皆が言葉を失っている隙に、ユリアナはさらに続けて言った。
「ところで、そちらの殿方は紹介して下さないのかしら? もしかして、フィロメナのイイ人?」
「なっ……!?」
フィロメナが思わずといった様子で驚き、それを見てミカエラとマリーナがほぼ同時に眉間に人差し指を当てていた。
シゲルもミカエラとマリーナとまったく同じ気持ちだった。
自分から弱点になりそうなことをばらしてどうする、と。
シゲルとミカエラ、マリーナの簡単な予想が当たり、ユリアナが驚いた顔になって言った。
「あらあら。まさかと思っていたけれど、本当にそうだとわね。これは、いろいろなところに話さないといけないかしら?」
ユリアナからそう言われたフィロメナは、仏頂面になりながら答えた。
「お止めください。もしそんなことをすれば、少なくとも私から会いに行くことはなくなります」
「それはちょっと困ったことになるわね。わかったわ。私から言うのは、やめておきます」
ユリアナは、にこやかな笑顔を見せながらそう言って頷くのであった。




