(20)続く膠着状態
一進一退の攻防は、二十分以上続いていた。
そんな中で、騎士団と精霊喰いの戦闘音に紛れながら、シゲルの耳に隣に立つフィロメナの呟きが聞こえてきた。
「――むう……まずいな」
「え? まずいの? 自分にはまだまだに見えるけれど?」
冒険者としてそれなりの場数を踏んできているシゲルだが、今回のようにギリギリの攻防というのはそれほど見てきていない。
そのシゲルと、数々の修羅場を踏んできたフィロメナでは、見えている結果が違っているようだった。
どういうことかとシゲルが詳しく聞こうとしたところで、少し離れた場所で様子を覗っていたアンドレが近寄ってきた。
その表情が少し苦みを帯びていることに気付いたシゲルは、フィロメナの言葉が間違っていないということを理解した。
「どうにも上手くいきませんな」
「そのようだな。思った以上に硬い。そう考えているのであろう?」
「そうですな」
フィロメナの指摘に、アンドレは素直に頷いた。
精霊喰いに攻撃を加えている騎士団は、ある程度の敵の硬さというものを想定して戦っている。
というよりも、持っている武器で攻撃を与えられる硬さには限界がある。
その限界を超えてしまうと、敵の弱点を探したうえでそこだけをついて攻撃をしなければならなくなる。
そうなってしまうと、数で押すことを基本とする騎士団の戦い方が使えなってしまうのだ。
フィロメナが懸念したのは、それを前提にしたうえで、精霊喰いがそのことを見抜いて対処し始めたということにある。
簡単にいえば、近接攻撃をしてくる騎士の中で、自身に攻撃が通らなそうな相手を無視し始めたのである。
そうなってくると折角の手数が意味をなさなくなる。
ということは、これまで均衡を保つために放っていた攻撃が無視されることにより、騎士団側への攻撃がより多くなってしまうのである。
フィロメナ、ミカエラ、マリーナの三人は当然のこと、一国の軍を預かるアンドレもしっかりとそのことを見抜いていた。
だからこそ、こうして一時的にフィロメナたちのところまで近寄ってきたのだ。
「今はまだいいですが、これからどんどん厳しくなります。犠牲のない今の内に、手を打っておきたいというのが本音ですな」
「ということは?」
「我々が抑えに回りますので、攻撃に参加してもらえますかな?」
あっさりとフィロメナたちの参加を願い出てきたアンドレに、フィロメナはフッと笑みを浮かべた。
それは別に、アンドレを嘲笑してのことではない。
元帥という立場にありながら、しっかりと第三者に事を託す決断ができることに、好ましさを感じたのだ。
自らのプライドに固執するあまり自滅してきた者を多く見てきたフィロメナだからこそ、アンドレの決断の素早さを評価したのである。
とはいえ、この時点で自分たちが参加するかどうかは、また別の話である。
アンドレからの依頼を受けて、フィロメナはシゲルを含めて一同を見回した。
「――というわけだが、どうする?」
目の前で戦闘が続いているにも関わらずのんびりとした聞き方だったが、騎士団にもまだまだ余裕があると分かっているからこそだ。
フィロメナの問いに真っ先に答えたのは、精霊喰いの行動パターンを食い入るように見ていたミカエラだった。
「いいんじゃないかしら? 確かに、このままいくと騎士団が不利になるのは間違いなさそうだし」
「そうね。余裕のある今のうちに攻撃してしまうというのは、私も賛成だわ」
「そうなると、やはりフィロメナさんが……ということでしょうか?」
マリーナに続いてラウラがそう問いかけると、聞かれた本人は首を左右に振った。
「下手に私が攻撃をして、それに対処をされても面倒だからな。ここは専門家に任せるのが一番だろう」
フィロメナの『専門家』という言葉に、一斉に視線がシゲルへと向いた。
それらの視線を受けて、シゲルは苦笑をしつつ頷いた。
「まあ、フィロメナがそう言うんだったらいいんだけれど、本当にそれでいいんだね?」
「いいもなにも、それが一番だろう。考えようによっては、ちょうどいいタイミングともいえるだろうしな」
これまでシゲルは、戦闘という面において活躍を見せる場面は意外に少なかった。
勿論、闘技場や冒険者としての活動で人前で戦闘するところを見せることはあったのだが、限定的な場面であるともいえる。
それが、多くの騎士団員が攻撃をしている中で、彼らの注目を浴びるように戦闘を行うと、これまた違った話が噂として広まってくれるはずである。
そのことをフィロメナたちが期待していることを理解したシゲルは、あっさりと頷いた。
「そういうことなら分かったよ。自分が……というか、精霊たちに攻撃してもらおう。それで、どうやって仕掛ければいいのかな?」
シゲルがそう聞きながらアンドレを見ると、「いつでも」という答えが帰ってきた。
勿論その言葉には、団員に大きな被害が及ばないようにしてほしいということも含まれている。
ただし、ある程度の怪我を負ってしまうのは許容範囲内である。
アンドレの返答を聞いて頷いたシゲルに、ミカエラが興味深そうな表情になって聞いた。
「ラグに指示を出すの?」
「いや。折角だから、今回はヒカリとヤミに出てもらおうかと」
シゲルはそう言いながらすぐに両者を召び出した。
その呼びかけに応えて、ヒカリとヤミの二体がシゲルの目の前に現れた。
シゲルは、ヒカリとヤミに出来る限り騎士団には被害が出ないように攻撃を加えるように指示を出した。
ヒカリとヤミは言葉を発していないので、その指示はシゲルが一方的にしているように見えるが実際にはそうではない。
上級精霊になっているヒカリとヤミは、音という形で言葉を発することもできるが、無言のままシゲルへその意思を伝えることが出来るのだ。
その方法は、距離や物理的な障害も関係なく伝えられるので、こういう戦場では非常に便利な方法と言える。
もっとも、これだけ近い場所でその方法を使う必要はないので、今この場で使っているのは完全にヒカリとヤミの好みだ。
傍から見ていればよく分からないが、当人たちにとっては次々と内容が決まっていき、最終的に攻撃内容が決まった。
相手がある戦闘である以上は、予想通りにいくはずもなく、その場合は適宜対応していくことになる。
そのときはまた新たに指示を出すことになるのだが、その時のことを考えてシゲルはヒカリとヤミを呼び出したのだ。
ラグやリグを呼び出した場合は、どうしても二人を間に挟んで他の精霊に指示を出すというパターンになってしまう。
その時間がわずかとはいえ、それが戦闘にどういう影響を与えるかは未知数である。
だからこそ、直で指示が伝わるヒカリとヤミにお願いすることにしたのだ。
最後の確認を終えてヒカリとヤミがその場から離れるのを見たシゲルは、視線をアンドレへと移して言った。
「私の精霊が攻撃を加えたら、騎士たちにある程度の距離を置いてもらうことは可能ですか?」
「ああ。それは勿論可能だが……?」
距離を置くということは、近接攻撃の手が無くなってしまうことを意味する。
そのことを懸念したアンドレに、シゲルは頷き返しながら続けて言った。
「では、それでお願いいたします。精霊喰いはきちんと押さえますので、安心してください」
シゲルのその返答を聞いたアンドレは、同じように頷き返してからそのまま部下の元へと戻った。
シゲルからの指示を具体的に騎士たちに伝令を通して伝えることにしたのだ。
そして、その伝令が完全に騎士団に伝わると、これまで硬直していた状況に新たな変化が訪れることになるのであった。
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