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(13)あり得ない光景

 フィロメナの説教は、主にシゲルを心配してるからこそのものだった。

 正座をさせられた上に、ミカエラとマリーナからは生暖かい視線を向けられて、シゲルとしては非常に居心地の悪い時間を過ごすことになった。

 ただの自業自得なのだが。

「シゲル、聞いているのか?」

「あ、はい。キイテオリマス」

 いつまで続くのかな~、などと余計なことを考えていたら、それを察知したのか、ただの偶然なのか、フィロメナが目を吊り上げてそう言ってきた。

 下手に何かを言おうものなら、さらに説教時間が伸びると判断したシゲルは、黙って反省の色を示す。

 自分を心配しているからこその説教なので、シゲルとしては余計なことは言えないのである。

 

 実際の時間にして十分ほど、シゲルのとっては永遠に続くかと思われた説教は、天の助けによって止められた。

「フィー、そろそろいいでしょう? 探索する時間が無くなってしまうわ」

「むう。しかしな……」

 渋い顔をしてみるフィロメナに、マリーナが笑いながら続けた。

「フィーがシゲルのことをとても心配していることはわかったから――」

「なっ!? い、今は、それは関係ないだろう!?」

 遮るようにして言ってきたフィロメナに、マリーナはため息をついた。

 

 そのマリーナに代わって、今度はミカエラが笑いながら言ってきた。

「あのねえ。今のは、どう見てもマリーナの方が正しいわよ?」

「そ、そんなことは……」

 シゲルも含めて、自分の言い分を聞いてくれる者がこの場にはいないと悟ったフィロメナは、視線を彷徨わせながら弱弱しく反論した。

 だが、そんな抵抗(?)もむなしく、マリーナがズバッと言った。

「今のフィーの姿を上の人たちが見れば、どう思うかと考えれば、すぐに分かるわよね?」

「ウグゥ」

 反論の余地がないことを言われたフィロメナは、ついに黙らされた。

 

 ちなみに、シゲルもミカエラやマリーナからの情報によって、フィロメナが『氷の微笑』やら『動く人形』と呼ばれていることは聞かされていた。

 もっともそれは、貴族たちの間で言われていることであって、一般の者たちからそう呼ばれているわけではない。

 貴族の前でフィロメナが冷たい顔をしているのは、煩わしい社交などを繰り返してきたフィロメナが身に着けた、一種の防衛手段である。

 勿論、貴族の中にもきちんと表情を見せる相手はいるのだが、数が少ないので訂正されていない。

 まあ、身近にいる者たちにとってはどうでもいいことなので、言われるままにされているのだ。

 

 黙ってしまったフィロメナに代わって、マリーナがシゲルに笑顔を向けた。

「シゲルはそろそろ立ちなさい。足がしびれたままだと、この先に進むのも危険よ」

「あ、はい」

 近所の親切なお姉さんに助けられた気分で、シゲルは足をほぐしながらゆっくりと立ち上がった。

 床に絨毯なんてものが敷かれているわけではないので、流石に少し痺れ始めていた。

 

 そんなシゲルに、フィロメナがチロチロと視線を向けてきた。

 やってしまったと大きく書いている顔をみれば、フィロメナがなにを考えているのか、シゲルには丸わかりである。

「あ、あの……シゲル……」

「いや、自分が悪いことはわかっているから。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。こんなことで怒ったりはしないよ」

「そ、そうか……?」

 シゲルの言葉を聞いて、フィロメナはあからさまに安堵の表情になった。

 そのクルクル変わる顔を見て、どこが『氷』何だと思ったが、氷になっている場面を見たことがないシゲルが言っても仕方がない。

 逆に、そんなフィロメナを散々見て来たミカエラとマリーナは、ニマニマとした笑みを浮かべながらフィロメナを見ている。

 だが、残念ながら今のフィロメナはそれどころではなく、結局最後まで気付かないのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 シゲルが見つけた空間は、ちょうど一般的なエレベーターくらいの大きさだった。

 その先は地下に向かう階段になっていて、方角は昨日シゲルたちが通って来た道と同じ方向に向かっている。

 つまり、森の奥に向かって道が続いていた。

 

 ある程度まで下がった先は、昨日の通路と同じような通路になっていて、先が見えないほどの距離がありそうだった。

「――この分だと、本当に森の奥につきそうね」

 ミカエラの感想に、全員が同意するような顔になっていた。

 その予想は当たっていて、通路の終端に着くまでにかなりの距離を歩かされることになった。

 しかも、昨日通って来た通路と同じように、途中に何も置かれていない小さな部屋もあった。

 

 

 途中で昼休憩を挟んでさらに歩を進めると、ようやく終点である上に向かう階段が見えて来た。

「やっと着いた」

 シゲルが思わずそう漏らすと、フィロメナたちも苦笑するような顔になっていた。

 流石に代わり映えしない道を延々と歩かされて、飽きが来ていたのだ。

 さらにいえば、ずっと歩いていて、一度も魔物と会うこともなく歩けるという経験もないに等しいことなので、体が変にこわばっていた。

 長時間、同じ筋肉しか使って来なかった結果である。

 

 階段を昇った先がどうなっているのかわからないので、シゲルたちはきちんと体をほぐしてから先に進み始めた。

 そして階段を昇り切った先にあったのは、反対側と同じような神殿ではなく、階段を置くためだけに作られたような小さな建物だった。

 平屋になっていて、二階に上がるためのはしごや階段も見つからない。

 そして、その建物から外に出たシゲルたちは、揃って絶句することになった。

 

 最初に復活したのは、その光景に見慣れている(・・・・・・)シゲルだった。

「――古代文明って、かなり発展した文明だったんだね」

 長い通路を抜けて来てシゲルたちの目の前にあった光景は、いわゆるビル群が立ち並んでいるものだったのだ。

 中には、二十階を超えていそうな建物もぽつぽつと見えている。

「それはそうなのだが……って、そうじゃない! なぜシゲルはこれを見て驚いていないんだ!?」

 そんなに高い建物など、生まれてこの方見たことがないフィロメナが、驚愕した顔のままシゲルを見てそう言って来た。

 ミカエラやマリーナは、未だに呆けた顔のまま目の前の光景を見ている。

 

「いや、どうしてって言われても、見慣れているから?」

 シゲルがそう答えると、三人の視線が一斉に集まった。

「いや、見慣れているって、どういうことだ!?」

「あり得ない!」

「何故なの!?」

「あ~、いや、三人とも、自分が別の世界から来たってこと、忘れていないよね?」

 今更ながらに確認するようにそう言ったシゲルに、三人はハッとした表情になった。

 揃って同じような顔になる様は、冷静なシゲルとしては見ていて何となく楽しくなってくる。

 

「いや、忘れていたわけではないが……シゲルがいた世界ではこれが当たり前だったのか?」

「うーん。当たり前というか、主要な国家の首都だと普通にあり得る光景だった、かな?」

 本当はもっとすごい建物が立ち並んでいたりしたのだが、今はそれを言っても意味がないので、控えめにそう答えておいた。

 それでもフィロメナたちにとっては衝撃だったのか、何ともいえない顔になっていた。

「ただ、見た感じ、建物の材質とかは、自分が知っている物とは全く違っていそうだね」

 シゲルは出て来たばかりの小さい建物を見ながらそう言った。

 

 シゲルたちが見ている遺跡(?)は、先ほどまであったものとは、完全に様子が違っている。

 それは、建物の高さを筆頭に、材質やら造りやらも、である。

 技術レベルが一段も二段も上であることは、一目見るだけで理解できるほどだった。

「もしかしたら、古代文明ってひとつだけじゃなくて、いくつかあったのかな?」

 最初に見て受けた印象をそのままにシゲルが感想を漏らすと、フィロメナたちはギョッとした顔になった。

 流石に驚きすぎとも思えなくもないが、それはこの世界の常識をあまり知らないシゲルだからこその感想だ。

 

 目の前の光景に慣れて来て割とのんびりとしているシゲルに対して、マリーナが絞り出すように言ってきた。

「それは、どういう意味かしら?」

「いや、ただの感想? 自分はいくつも遺跡を見たわけじゃないから単純にそう思っただけだよ。たまたまかも知れないし。……でも、皆の反応を見ていると、完全な間違いではないかなとも思うけれど」

 シゲルよりも多くの遺跡を見て来たフィロメナたちが、こんな反応をしているのだ。

 そう考えれば、目の前にある遺跡が、いかに異質であるかはよくわかる。

 となれば、シゲルがこれまでフィロメナたちが見て来た遺跡とは、まったく別物であると考えるのは、そうおかしなことではない。

 

 

 いつまでも呆けていても仕方ないとノロノロと動き出したフィロメナたちを見ながら、シゲルはこの先の調査はどうなるのだろうと考えていた。

 目の前の遺跡は、軽く見ただけでも小さな町くらいの規模が有りそうだった。

 それだけの数の建物をすべて見て回るなんてことは、不可能に近い。

 まずは重要そうな建物を見つけることが先決だろうなと、シゲルは漠然とそう考えるのであった。

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